第21話 託された言葉(執筆者:美島郷志)

 ヒマリは誰かに抱きかかえられたまま、アクロバティックなアクションを特等席で体感していた。






「キャアアアアアアアアアアアアアッッ!!」




 悲鳴を上げた所でどうにもならない。どうにかして脱出したいが、何しろアクロバティックなので、もがいて落下した暁にはもう意識が戻ってこないかもしれない。そう思うと、やりきれない衝動に苛まれて吐き気を催していた。




「うぐっ……気持ち悪い。ねぇここで吐いていい?」




 もちろんダメなのだが、そうでもしないと止まってくれそうにない。




 だがヒマリの期待も虚しく、建物同士の隙間に全速力で突っ込んでいく。




「ぶつかる! ぶつかっちゃううううううう!!」




 それはすぐに目の前にすれ違い、コンマ1ミリでも動いたら体のどこかがなくなりそうな幅を通り抜けていく。






「うひゃあああああああああああああっ!!」




 狭い通りを駆け抜け、暴れる心臓を落ち着かせようと深呼吸する。が、休む暇もなく今度は背の高い気が目前に迫る。






「ああああああああぶつかるうううううううううう!!」




 まっすぐ太い枝に突っ込んでいく。今度こそぶつかる! と思ったその時、突然視界が縦に揺れた。






「うおおおおおおおぉぉおうおうおぅぅぅううおおおおうううううっっ!!」




 私の宅配便は枝につかまり、そのまま2回転して枝を回避する。


 最初から1回転でいいのに、わざわざ2回転したのはきっと私で遊んでるからに違いないうおえっ……。




 弱った三半規管が悲鳴を上げる。だがまだまだ終わらない、今度は目の前に雑木林。それも一目散にそこに向かって突っ込んでいる。






「無理無理無理無理無理無理ィィイイーーーーーーッ!!」




 瞬く間に真緑になる視界。ガサガサと音を立てながら落下していくのを感じる。






「ぴぎぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいっっ!!」




 体中に何かが突き刺さるようなささらないような感覚を耐えながら、雑木林の中へ抜け出た。


 そして宅配便の着地が失敗したらしく、ぽいっと投げ出されたヒマリはゴロゴロと転がった。








 絶叫のバリエーションが増えてきたところで、ようやくこの無謀なアトラクションは終了したらしい。ひたすら振り回されただけのヒマリの目はぐるぐると回っている。




「ふぃー……疲れた。転んじゃったよー、あはは」




 かわいらしい、と言うよりは無邪気でおてんばな女の子の声?


 揺れる視界の焦点を合わせると、私を抱えていたらしき子が、身体についた土を払っている。




「あ、大丈夫だった? いきなりでごめんね、おねえちゃん」




 あ、はい、意外と大丈夫です。そう答えようとして違和感を覚えた。


 ……ん? おねえちゃん? 私妹なんていないはずだけど……。




「んー? おねえちゃん? ……あれ? 全然似てない?」




 向こう方も気が付いたのか、覗き込んだ私の顔に首を傾げる?


 というか……なんだかこの子、凄い見たことがある顔な気がするけど、ちょっと幼い?




「……あなた誰?」


「それはこっちのセリフなんですけど……」




 きょとんとする幼顔の彼女と見つめ合う。彼女はんー、と唸ったまま考え込み、しばらくするとうん、と頷いて言った。




「間違えちゃった」


「ええー…………」


「だって!「私に似て」いて「胸が大きい」ぐらいしか知らないんだもん! あと……そう! 背もこれぐらい! のはず!」




 なんという不確定情報。人攫いするならもう少し明確にしとこうよそこは……。


 というか、「この子に似て」いて「胸が大きい」人なんて、あの場にいたっけ?




「うーん……」




 じっと彼女を観察してみる。確かに見覚えはある気がするんだけど、なんか違うんだよなぁ。幼過ぎるような……。




「ごめんね、わからない」


「そっかー。じゃあしょうがないね」




 何がしょうがないのかはわからないけれど、本人の中で諦めがついたならいいのかな?






 いや待って、誘拐された私はどうやって帰ればいいの?




「あの、すいません、帰りたいんですが」


「やだ。疲れたから寝るzzz……」


「ええー……」




 ちょっと今寝られたら本当に困るんですが。って言うかもう寝た!? はっや!!






 恐ろしいほどの超展開。誘拐されたままひとりぼっちだし、私どうすればいいの? っていうかここどこ?




 そうして途方にくれていると、なんだかよくない物音が聞こえ始めた。


 パキッ、パキッ、と枝を踏みしめるゆったりとした足取り。恐らく、重くてもふもふで凄く強いアレ。






 雑木林の中からひょっこりと、気を見計らったように大きなヒグマが現れた。




(あっ、詰んだ)




 ヒグマだけじゃない。ウサギ、リス、牛、馬、鹿って後半から段々攻撃力上がってない? 全力で殺しに来てるよねこのメンツ。






 のっそのっそと近づいてくる動物の群れたち。ああやばいと思いながらも足は動かない。




「わたしおいしくないわたしおいしくないわたしおいしくないわたしおいしくない……」




 いつかの光景がよみがえるが、あの時のような頼もしい友達は居ない。いるのは隣でぐぅぐぅ寝てる女の子だけ。食べられる未来しかない。


 お祈りを捧げていた私の頭を、熊が鼻でつんつん突いた。ビクンと跳ねあがり、ガタガタと体が震える。




 だがすぐに気配は消えた。少し経ってから後ろを振り返ると、獣たちは少女の周りに寄り添うように眠り始めた。






 え、何これ、どういう状況?






「ヒマリ!」




 ほのぼのした空気に置いてけぼりにされていると、雑木林から声がした。




「クイーンさん!!」




 雑木林から出てきたクイーンさんの鎧はボロボロだった。たぶんトゥエルブさんとのいがみ合いでできた物じゃない。険しい道のりを潜り抜けて来てくれたんだ。




「はぁ……はぁ……よかった、無事ですね。それで、あなたを攫ったのは?」




 クイーンさんに尋ねられ、私は獣たちとぐぅぐぅ眠る彼女を指差した。




「……彼女が? 本当に? そうは見えませんが……」




 クイーンさんの言う通り、この子が私を抱きかかえてぴょんぴょんしてたなんて信じられないと思う。でも他に人影もない。




「……ヒマリ、下がってください」




 クイーンさんが柄に手を当ててこちらに近づく。私は言われるがままクイーンさんの後ろに回り込み、獣たちは戦う意思を持って迫るクイーンさんに注目する。


 鞘から銀色の刀身が見えると、動物たちは一斉に低い声で唸り始め、威嚇する。




「んぅ……誰か来たのぉ? ……」




 熊のベッドから身を起こした少女が、眠そうな目を擦りながらクイーンさんと対峙する。




「……あ、本物のおねいちゃぁzzz……」




 そして、対峙しているのがクイーンさんだとわかると、有無を言わせず寝落ちした。




「いや、そこは起きようよ」


「……お姉ちゃん? どういう事でしょう?」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








 その後、彼女が起きるそぶりを見せないまま30分が経過した。




「…………なんだか、緊張感がなくなりますね」


「ははは……私にも何が何だか」




 このままどうしていいかもわからず、その場に居座った私たちは不器用なドッチボールを繰り返していた。


 そうしているうちに、彼女がむくりと起き上がり、大きな欠伸を一つ繰り出した。




「……よく眠れましたか?」


「うーん……なんだっけ?」


「自由すぎるよこの子……」




 まるで動物。自分がどうして私を攫ったのかも、もはやどうでもいい様子で熊の毛づくろいを始める女の子。




 というか、服も必要最低限しかまとっていない。ボロボロのデニムショートパンツとさらし代わりに綿布を巻いているだけ。でも鉄板が付いたネックレスをしているあたり、お洒落さんではあるのかな?






「……その服、盗品ですね?」


「えぇ!?」




 クイーンは、その服(?)が盗んできたものだと気付いたようだ。


 少女はばつが悪そうに頬を膨らませる。




「……だって、「ニンゲンなんだから服はちゃんと着なさい!!」って、くまごろーがうるさいんだもん」


「その熊、くまごろーって言うんだ……」




 私がそう言うと、くまごろーさんは瞼をぱちくりとさせるアイコンタクトで挨拶した。一応、お辞儀を返す。






「……それで、あなたは何者ですか? それにこの森……こんな場所は、私達ダイヤの騎士でも知らない」


「えっ!? ダイヤの騎士でも知らない場所があるんですか!?」


「えぇ、お恥ずかしい限りですが。どうやら街並みの中にうまく隠されていたようで……」




 ダイヤシティを取り締まるダイヤの騎士たちが知らない場所だなんて、ここってもしかしてダイヤシティじゃない?




「あ、心配は無用です。ここは間違いなくダイヤシティの領内です。街からは外れていますが……」




 そっか、それならよかったと、心の内を読まれたかのようなクイーンさんの反応に胸を撫で下ろす。






「それで、あなたは?」


「なまえー……なんだっけ? 「フィフス」だっけ?」


「私に訊かれても困るのですが……」




 くまごろーと見合うフィフス。するとくまごろーがヒクヒクと鼻を動かしながらフィフスに擦り付ける。




「……あ、そっか! これを見せればよかったね!」




 何か二人にしか聞こえない会話でもしたのだろうか、フィフスは胸元を探り、何かを取り出してクイーンさんに差し出した。


 どうやら写真のようだが、それを見たクイーンさんの表情が、驚きに歪みだした。




「それを見せればわかるって、死んだお父さんが言ってた!」


「死んだ……お父さん?」




 クイーンさんは口元を歪め何かを噛み殺すと、目を見開き直してフィフスに向き合った。




「……お父様に、会わせていただけますか?」




 フィフスは、にっこりと頷いた。


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