壺毒の少女は死を孕む

文月 譲葉

僕等は自由の為に戦った

とある国の山奥。それは外部の人間に知られることなく行われた。


ドーンッッッ

ガンッ

バキッ


何かが爆ぜる音

何かが落ちる音

何かが折れる音

そして。

叫び声


アハハハハハッ

死んじゃえ

みぃんな、死んじゃえっ!!!

僕らはおまえらなんかに支配されたりしない!!!

僕らは自由だっっっ


逃げ惑う大人達に、中性的な顔立ちの子供が己の血を撒き散らしていく。血が触れた皮膚は赤く爛れ、大人達はもがき苦しみ死んでいく。

その様を見ながら、子供は心底嬉しそうに笑うのだ。


虐殺が終わり、その場に息をする者は大人になりきっていない者だけになった。

儚げな風貌の華奢な少女。地に倒れ伏し、虫の息を繰り返す幼子。そして、己の血を使い大人達を惨殺した子供。


「ねぇ、胡蝶こちょう。生き残ったのは僕らだけなんだね」


哀しそうな顔で子供は少女に言った。


「えぇ、更夜こうや。皆・・・死んじゃったもの」


胡蝶と呼ばれた少女が、答えた。子供、更夜は幼子を見下ろし言葉を紡ぐ。


「ソラウ。僕はおまえを殺さなかったことをずっと後悔してた。ソラウのこと、愛していなかった訳じゃない。でも・・・ヤツラのイヌになったおまえは、仲間を、家族を、殺しすぎた。せめて、苦しまないように逝かせてあげる」


そうして、更夜は頬を伝う涙を幼子の薄く開いた口に落とした。ソラウと呼ばれた幼子は、大きく目を見開き喘ぐように言葉を紡いだ。


「・・・ごめん、なさっ・・・お・・・ねぇー・・・ちゃっ・・・」


そのままゆっくりと目を閉じ、ソラウの心臓は動きを止めた。

更夜はポロポロと涙をこぼしながら言う。


「っ・・・ごめんねっ・・・ソラウっ・・・。胡蝶、君は死なないでね」


泣き顔のまま、更夜は胡蝶を見やる。


「僕は人里じゃ生きられない。このまま森で暮らすよ」


「あたしは・・・精を喰らわなきゃ生きられない・・・一緒に居たいけど・・・。色街に行くわ。も、情報も集めやすいもの」


「ん・・・たまに、会いに行くね」


「うん。待ってる」


そうして、胡蝶は人里へと下りていった。更夜は胡蝶の背を見送ると、ソラウの身体を抱え上げ森の奥へと消えた。



******


とある国の山奥。そこには、ある研究施設があった。国の暗部で行われている、人型生物兵器を生み出す研究をする場所・・・有り体に言ってしまえば人体実験を行う場所だ。


始めは重犯罪者を使っていた。しかし、それだけでは飽き足らず次に遺伝子に手を出した。優秀な男女から取り出した精子と卵子から遺伝子の掛け合わせを始めたのだ。そして遺伝子の状態のままで選出し、選出した受精卵を培養器の中で育てた。所謂試験管ベイビーと呼ばれる子供を生みだしたのだ。

選りすぐられた受精卵達は、「普通」ではなかった。掛け合わせる時点で、重犯罪者から得たデータを基にあらゆる遺伝子情報をいじられ、書き換えられていたのだ。



ある者は「毒」以外を身体が受け付けず、ある者は「精」を喰らわねば生きられない。またある者は「炎」を操り、ある者は「雷(いかづち)」を操った。ありとあらゆる生命の精神を操る者もいた。


精を喰らう者は、華奢な少女だった。彼女は研究所の男達の欲望の捌け口にされた。

精神を操る者は、まだ善悪のつかぬ幼子だった。研究所の大人達が正しいのだと教えられ、彼らに逆らうことのない従順なイヌになった。

炎や雷といった自然を操る者達は、彼らのイヌに精神を壊され、彼らのコマになった。

そして。

毒を喰らう者は、身体そのものが毒となったが為に日々彼らに死ななければ良いと限界まで刻まれ、その身から血を、肉を、搾取された。


***


僕は・・・死んでいった友を、殺された仲間を、あの、苦しかった日々を、忘れない。忘れたりなんか、しない。



彼女は可愛い女の子だった。「精」を喰らわねば生きられない、そんな難儀な身体にされた子だったけど、心優しい女の子だった。そんな子に、ヤツラは己の欲望を突き立てた。あの子を「生かす為」だと嗤いながら、あの子を蹂躙していった。

ヤツラのイヌになった幼子は、善悪もまだわからない小さな男の子。まだ、母親を求めて泣いてしまうような子だった。あの子を助けられなかったことだけが僕の心残り。イヌになってしまう前に、僕の毒で殺してあげれば良かったと後悔もしている。

ココロを壊された子達は、小さな子から大人になりかけの子まで何人もいた。

能力ちからはそれぞれ違っていたけれど、「操る」ことは同じだったから、イヌになった子にココロを壊され兵器として戦争に連れて行かれた。皆・・・戻っては来なかった。



僕の身体は、毒以外を受け付けない。僕の身体は、血も、肉も、毒を帯び、ヤツラは僕の毒で沢山の人間を殺した。手足の肉は心臓麻痺を起こし、背中の肉は内腑を腐らせ、胸や腹の肉は中毒症状を引き起こし、血は皮膚も内腑も焼け爛れさせた。そして、涙は苦しみも痛みもなく死を与えた。

僕の知らない場所ところで、僕はヒトゴロシになった。


僕らに自由はなかった。

搾取される日々に。

蹂躙される日々に。

いつ訪れるかもわからぬ死に。

怯え、震えるしかなかった。

自由になりたかった。

だから僕は。

初めて、僕の意志で「殺した」。

そして僕らは、仲間の死と自由を手に入れた。


***


とある国の山奥。森の奥深くに、小さく簡素な墓が一つあるという。ただ、「ソラウ」と彫られただけの墓標。毎朝一輪の花を携えて、一人の少女がやってくる。


深い藍色にも見える艶やかな黒髪。煌めく暁色の瞳。傷だらけの肢体からだ


「ねぇ、ソラウ。今日は胡蝶に会いに行ってくるよ」


そう言って、少女、更夜は墓標を優しく撫でると根本に花を添え立ち去った。


(完)

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壺毒の少女は死を孕む 文月 譲葉 @fuduki

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