終章

終章

数日後。

道路を歩いている蓮子。そこへ、華岡と、部下の刑事たちが、立ちふさがる。

華岡「すみません、後藤蓮子さんですね。」

蓮子「そうですけど。」

華岡「すみませんが、署まで来ていただけないでしょうかね。」

蓮子「なんのことでしょうか。」

華岡「ええ。先日、製鉄所で発生した事件についてです。」

蓮子「わかりました。」

刑事「では、ここに乗ってください。」

蓮子「わかりました。」

と、用意されたパトカーに乗る。


富士警察署の取調室。

華岡「では、単刀直入に申し上げます。この髪飾りは、貴女のものでしょうか。」

と、べっこうの髪飾りを差し出す。

蓮子「これは、どこにでもある髪飾りでしょう。こんなもの、呉服屋さんにでも行けばすぐに買えます。」

華岡「そうでしょうか。でも、この髪飾り、あなたの指紋がしっかりとついていましたよ。

どうして落としたのか、聞いてもよろしいですかな?」

刑事「あなた、製鉄所にいきましたよね。これは、あなたの指紋がついているのですから、あなたの持ち物に間違いはないのではないですか?」

蓮子「私も、鼈甲の髪飾りはたくさん持っていますので、一つ落としただけでは、気にならなかったのです。」

華岡「そうでしょうか。でも不思議ですねえ。これは、製鉄所の玄関先におちていたんですよ。あなた、製鉄所にいっていますよね。なぜ、製鉄所に行ったんですか?」

蓮子「ええ、たまたま、製鉄所の近くの店に用があって、そこで通りかかっただけだと思います。」

華岡「じゃあ、伺いますが、製鉄所を通りかかったとき、玄関先に誰かいませんでしたか?」

蓮子「ええ、一人おりましたよ。」

華岡「その時、その人は、何をしていましたかね。」

蓮子「空を見上げていました。」

華岡「声を掛けたりしなかったのですか?」

蓮子「しません。黙って通り過ぎました。」

華岡「そうでしょうか。それだけでは、髪飾りを落としていくことはないと思いますが?」

蓮子「うんと急いでいたから、落としていったのではないですか。」

華岡「いやあ、どうですかね。もしそうなら、その人物のほうがそれに気が付いて、届けに行くとかすると思うんですがねえ。」

蓮子「空を眺めていたんだから、きっと障害のある人なんでしょう。だから、声を掛けることはしないと思いますが。障害があったから、気が付かなかったのでは?」

刑事「もう、警視、変な世間話はやめましょう。時間が無駄ですよ。蓮子さん、どうしてその人物が、障害のある人だろうと推定できたんです?」

蓮子「だって、大人になって空を見上げているなんて、きっと、障害のある人に決まっています。」

刑事「そうですかねえ。どう見ても、貴女が前もって、障害のある人だと知っているような感じですね。」

蓮子「私は事実を述べているだけですけど。」

刑事「じゃあ、聞きますが、その空を眺めていた人物の性別はわかりますか?くらい夜だったんだから、わからなかったとか?」

蓮子「まあ、そんな感じでした。」

刑事「おかしいですね。」

蓮子「何がです?」

華岡「だって、留守にしている家庭でなければ、夜は玄関先に灯りをつけておくのが普通ですよ。それに、もし障害のあるひとであれば、もしかしたら、玄関で怪我をするかもしれないから、必ず灯りをつけるはずです。それなのに、暗くて性別が分からなかったというんですか?」

蓮子「それは、、、。」

華岡「警察を舐めないでくださいよ。もう、製鉄所の方への聞き込みで、あの日は、玄関先に灯りをしっかりつけていたことはわかっております。それに、被害者は重度の障害があって、灯りをつけたり消したりはほとんどできないそうですから、いつも、彼が戻ってきた後に、雑用係の者が消していたそうです!」

刑事「どうですか、これでも白を切るつもりですか!」

蓮子「私、、、。」

華岡「じゃあ、尾崎渚さんを殺害したと認めますか?」

蓮子「もう、仕方ないわね。」

華岡「認めますね!」

蓮子「ええ、あの男が、重美をたぶらかしているのを、スーパーマーケットで見かけて、そこから、殺害してやろうと思ったのです!」

華岡「じゃあ、凶器はどこへやったのです?」

蓮子「彼を殺害した後、すぐ近くの用水路に捨てました!」

華岡「では、殺害した状況を話していただけますね。」

蓮子「ええ、わかりました。重美が、スーパーマーケットであの男と買い物をしているのを見かけて、車でこっそり後をつけました。幸い、介護タクシーでしたから、つけていくのは難しくありませんでした。そして、あの製鉄所にたどり着いて、そこへ住んでいるのを把握し、重美が、仕事を終えて帰って行ったあと、あの男が建物に入ろうとしたところを取り押さえて、殺害しました。」

華岡「抵抗されたりはされなかったのですかな?」

蓮子「ええ、重美との会話を立ち聞きして、あの男がなぎちゃんと呼ばれているのをしりました。重美が帰った後、なぎちゃんともう一回呼んでみると、あの男は疑うことなく振り向きました。その顔は、まるで善良この上ない笑顔で、私は憎くてたまらなかったわ!だから、さっさとやっつけて、さっさと帰りましたよ!」

華岡「凶器はどこで入手したのですか。」

蓮子「ええ、スーパーマーケットの近くにあるホームセンターです。知的障害があるくせに、重美をたぶらかして、恋人のように仲良く歩いていて、本当にはらわたが煮えくり返ると思ったわ!」

華岡「そうですけど、あなたは、渚さんの命を奪いました。それは、許されないことです。」

蓮子「いいえ、ああいう障害のあるものは、処分したほうがよっぽどいいんじゃないですか。だって、なんの役にたつというのです?死んだって、悲しむものはいないでしょうに。」

華岡「いや、彼を失った重美さんの悲しみは相当なものだそうですよ!それも理解せず一方的な嫉妬で、そうやって簡単に命を奪ってしまうとは、人でなしにもほどがある!あなたには十分罪を償ってもらいますからね!」

刑事「警視、この女には、何を言っても無駄でしょう。あの、大量殺人と同じ思想なのかもしれない。それよりも、早く身柄を検察庁に送ったほうがいいですね。」

蓮子「どうぞ送ってください!私は、どうせ、大したことのない、ダメな人間であることもはっきりしていますからね!」

華岡「わかりました。じゃあ、そう致しましょう!」

と、蓮子の手に手錠をかけて無理やり立たせる。

華岡「来てください!」

黙って、華岡についていく蓮子。


杉三の家。

お茶を飲んでいる杉三達。

杉三「そうかあ、、、。やっぱり犯人は蓮子さんだったのかあ。」

華岡「しっかし、最近、取り調べをやっていて、自分の犯罪をまるで正しいことのように主張する犯人が多いことに、俺は驚いている。昔なら、反省の色を見せたものが多かったのになあ。」

杉三「まあねえ、あの時のジェノサイドでも、そうだったよね。そんな思想が広まっては、僕みたいなひとは、肩身が狭くなるなあ。」

華岡「いや、杉ちゃん、俺は杉ちゃんみたいな人が、もっと堂々と生きていてほしいと思う。もしかしたら、犯罪を止めるキーパーソンになるのかもしれない。いくらバカバカと言っていても、きっとどっかで役に立っていると思うぞ。」

杉三「馬鹿吉も役に立つのか。」

華岡「ああ。もちろんさ。もっとたくさん外へ出て、いろいろ活躍してくれよ。二人とも。」

藤吉郎「重美さん。」

華岡「重美さんがどうしたんだ?」

藤吉郎「悲しいね。」

華岡「何が悲しいんだ?」

藤吉郎「悲しいね。」

華岡「それしか言えないのか。」

藤吉郎「はい。」

華岡「そうか、、、。もう少し流暢にしゃべってくれたら、もっと早く事件が解決したかもしれない。残念だなあ。」

杉三「あれ、活躍してほしいんじゃなかったの。」

華岡「いやあ、そのね、それとは違うのよ。」

杉三「まあ、蓮子さんも、悪人であるとはいえ、重美さんと一緒に働いていたんだから、その者が凶行に及んだとなれば、確かに重美さんは、悲しいかもしれないなあ。」

華岡「そういう意味があるのか。その一言に。」

杉三「そうだよ。」

華岡「そうか、本当は、それを通訳なしでしゃべってくれたら、どんなに楽だっただろうな、、、。俺たちが、理解できるのにな。」

杉三「まあ、無理だね。」

華岡「すまん。でも、綺麗な女なのに、そうやって、凶行に行っちゃうんだから、恐ろしい女だったな。」

藤吉郎「たくさん。」

華岡「何だって?」

杉三「まあ、昔ばなしにも、女が悪いことをする例は多数あるぞ。」

華岡「昔ばなしか。確かに、グリム童話なんかを読めば、そういう例はたくさんあるかもしれない。」


重美のマンション。

重美が、一人の食事を終えて、食器を片付けていると、インターフォンが鳴る。

重美「はい、どなたでしょう。」

と、玄関に駆け寄ってドアを開ける。そこには、かつて働いていたすし屋の板長が立っている。

重美「い、板長!」

板長「ちょっとお願いがあってきたんだがね。」

重美「そうですか、どうぞ、あがってください。」

板長「お邪魔します。」

と、部屋に入ってくる板長。重美は、急いでお茶を入れ、湯呑みをテーブルに置く。

重美「どうぞ、おかけください。」

板長「では、そうします。」

と、テーブルに座る。

重美も隣に座る。

板長「重美さん、こんなお願いをするのは、何ともおこがましいというか、こんなお願いをされて、嫌な気持ちになるかもしれないが。」

重美「何ですか?」

板長「もう一度、うちの店に戻ってきてくれないだろうか。」

重美「いえ、私のようなものが、のこのこ戻ってくるわけにはいきません。だって、そんなことをしたら、報道関係が黙っていないでしょう。」

板長「事件は、解決したのだし。」

重美「そうですけど、お客さんたちも、よい顔をしないと思います。」

板長「うん、それは確かにそうだ。事実、そうなんだよ。重美さんが店を出て行って、蓮子さんが捕まってしまってからは、全くと言っていいほど、客が入らなくなった。」

重美「なら、なおさらですよ。私が戻ったりしたら、もっとお客さんが入らなくなります。」

板長「いや、もう、あの場所に店を構えていても意味がないと知ったので。」

重美「え?」

板長「どこか遠くの町で店を開こうと思うんだ。だから、一緒についてきてくれないだろうか。」

重美「板長、、、。」

板長「製鉄所で働いていた時に、素晴らしい包丁をプレゼントされたそうだね。それを使って、もう一度料理を作るという気にはなれないかな。」

重美「いえ、私は、そんな資格はありません。」

板長「いや、充分に才能はあると思うよ。それは保証する。それに、その包丁を使ってやることで、例の青年も喜んでいるのではないだろうか。」

重美「そうですね、、、。」

板長「考えてみてくれ。もう、あの店はたたんで、ほかの場所で店を開こうと思う。海外でも寿司ははやっているようだから、そこでもいい。」

重美「そうですね、、、。」

板長「考えてくれよ。」

と、椅子から立ち上がり、

板長「じゃあ、まだ仕事があるから。」

と、玄関から出ていく。


富士駅。改札口。

電車を待っている杉三たち。

杉三「そうかそうか、板長さんと一緒になるのか。」

重美「ええ、考えて、結局そうすることにしました。庵主様にも相談しましたけど、そうしたほうがいいといってくれました。」

杉三「つまり、板長が、プロポーズしたわけね。」

重美「いや、それは違うと思いますが、、、。」

杉三「事実そうなんだよ!そういうことじゃないの。一緒に来てくれというんだから。」

藤吉郎「おめでとう。」

重美「違いますよ、馬鹿吉さん。」

杉三「じゃあ、どっかで、二人して店を開くわけね。どこへ行くのかな。あ、それを聞いたらおしまいか。」

重美「ええ、とりあえずこの事件のことをあまり知られていない地域に行って、住もうと思います。」

杉三「なるほどねえ。僕らも食べに行きたいな。」

重美「落ち着いたら、手紙書きますから。」

杉三「忘れないでね。ああ、でも僕らは読めないな。誰かに代読してもらわなきゃ。」

重美「それなら、私が本当に寿司を作れるようになったら、きっとお呼びします。」

杉三「ほかの人たちも連れてきていいかな。」

重美「ええ、何人でも連れてきてください!」

藤吉郎「負けないでね。」

杉三「負けないって誰にだよ。」

藤吉郎「悪い人。」

重美「ええ、これからはもっと、強い女になろうと思っています。」

藤吉郎「ほんとう。」

重美「ええ。庵主様のやっていらっしゃるサークルに何回か出させてもらいましたが、その時にそうしようと決めました。皆さん、いろんな悲しみをもって一生懸命生きていますもの。そういう人がほかにもいるってわかったら、自然と、強くなろうという気持ちになったんです。」

杉三「よし、それなら大丈夫だ!それさえわかれば!」

重美は駅の時計を見る。

重美「じゃあ、もうすぐ電車が来ますので、これで失礼します。お二人のことは、一生忘れませんから。本当にどうもありがとうございました!」

藤吉郎「頑張れ。」

杉三「もっとうまい寿司をたくさん作ってね!」

重美「わかりました。ありがとうございます!」

藤吉郎「ばいばい。」

重美「ありがとうございました!」

と、改札機を通り、ホームに向かって歩き出していく。

杉三「頑張れよう!」


電車の中。鞄のそこに手を入れる重美。

中には、あの包丁が箱に入っている。

怪しまれるといけないのですぐに手は出す。

重美「重美は、きっと腕のいいすし屋になるから見ていてね、なぎちゃん。」

そっとつぶやいて空を見る。

素晴らしい青空だった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

杉三長編 刺身包丁 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ