17. 墓を

 こはくは知らないが、この世界には「妖精」と「精霊」という、同じ種であり、しかし根本的に違う存在がいる。


 森に現れたのは、人に従う「精霊」だ。


 彼らは、人の言葉は理解していても、人と話すことはない。何故なら人とは話す「音」が違うからだ。

 だからこそ、「言葉が通じる人間」との出会いに衝撃を受けた。

『なんで、そっちで伝わってるの……!?』

『? なんでって。話せるからだよ』

『あんた、本当に人間か!?』

『え、うん。ニンゲンだよ、たぶん?』

『なぜに疑問系!?』


 そんなやり取りも、その音を知らない人間には、ただの無言の時間だ。


「おい、なんとか言えよガキ」

 なんとなく、彼らに応じるのは良くない。そう、後に知る言葉で言うなら「リスク」がある気がしてつい、精霊のほうに問いかける。

『あなたたちは、なんでここに? 火を放ったのもあなたたちなの?』

『それ、は、……』

 拳を握りしめ、唇を噛むその様子が、全てを物語っている。

 こはくの内に「許せない」と「なにか理由があるはず」という二つの感情が湧く。

 しかし、あまり考えるだけの時間はない。火は、確実に森を燃やしているのだ。

 あつい。とても。

 目の前の、ニンゲンと小さき者たちを相手にどうすれば良いのかと、必死に考えを巡らしているこはくに、別の音が聴こえた。


『――ひとの子、そこにいるな!?』


 続いて。

 火のせいで火照ってきた頬を、涼しい風に直接撫でられたような、不思議な感覚。

『あ、なたは……!』

 とある日に、こちらに警告をくれた彼。

 名は確か、アオイ。こはくにとってはフィネルの次に出会った、竜だ。

 周りの炎を凍らせながら現れた彼の登場に、こはく以外のその場の誰もが固まる。

『ごめん。無事……なわけ、ないよね』

 辺りを漂う甘い匂いで、アオイはすべてを察したようだった。

 目線の先を見ると、炎から守るかのように、焼けた妖精を氷が囲ってくれている。そこには、妖精への労りを感じた。

『……あなたのせいじゃない、から。今は、その……』

『ああ。まず今は、この場をどうにかしないとだ。後でちゃんと、そこの3人分の墓をつくるのは手伝う』

 ――――!

 そんな、行動と言葉たちに。なぜだか少し、心が癒されたこはくだった。こんな時であるにも関わらず、ふと笑みさえ浮かべるくらいに。

『……ありがとう、えっと』

『アオイ、でいい。ひとの子』

 ふと、こちらは名乗っていないことに気づく。

『わたしは、こはくだよ』

『そっか。……さて。これからどうしようか、こはく』

 しっかりと伝えると、アオイはほんのわずかだけの笑みを見せた。

 なにも、状況は変えられてはいないのに。なんだかその笑みだけで心強く思う。


 ――その時。

【――――!】

 なにか、大きな音が聞こえた気がする。

『――! 老涙竜!?』

 アオイにだけ聞こえた音は、フィネルの音だった。

 彼にはそれが、まるで断末魔の叫びのように聞こえた。

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巫女と涙竜 月凪あゆむ @tukinagi

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