第501話

「挨拶……というと? 今更そんなにかしこまって言うこともないでしょうし」


「まあな。けど、改めてお礼が言いたい。別にお前を許したわけじゃない。でもそれはそれとして、助けてくれてありがとう。あの時手を差し伸べてくれなかったら、俺はこうやって新たな目標に進むことすらできなかったからさ」


 大我は、改めて一言お礼が言いたくなっていた。

 絶体絶命の所から生きる道標を探し出すキッカケを作ってくれた彼女に、そして今まで、こうして自分にとっての未知なる一歩を進める手助けをしてくれたことに。

 目覚めた当初は衰弱しきっていたのもあって、今にも死んでしまいそうなくらいに脆弱だったが、今の大我は己の足で立ち上がることができる。己の身体で戦うことができる。

 まさに、一人の勇者と言えるまでの成長を遂げたのだった。


「…………いえ、それは大我さんの力です。確かに生きられるように手助けはしましたが、それから先は大我さんの強い意思によるものです。まさか、この時代に於いて人間の可能性を新たに見るとは思いませんでした」


「……そいつは違う。俺は別に人間だからどうとか思わないし関係ない。それに、たとえ俺の力だとしても、エルフィやティア、アリシアやラントにラクシヴ、それ以外にも色んな……これまで出会ってきた沢山の仲間がいなかったらどうにもならなかった」


 アリアは、彼の真っ直ぐな瞳と力強い表情に、出会った当初から見違える程に逞しくなった姿に、データ上で記録されていた親心のようなものを感じていた。

 そして、彼女は思考の奥底から思った。この時代に蘇った人間が、桐生大我という少年で本当に良かったと。


「ふふ、大我さんらしいですね。ところで、どこに行くかは決めているのですか?」


「ああ、方向だけはな。正直、地図見せてもらっただけだから、その先に何があるかも知らないけど、俺がまずこっちに行ってみたいって思った方向に行こうと思ってる。一度修学旅行で行ったことのある方向でもあるからさ」


「なるほど……でも、気をつけてくださいね。この世界は、大我さんが思っている以上にとても広く、危険です」


 彼の希望に向かって進む道を止める理由もない。忠告こそすれど、大我はそれでも進むだろうとアリアは確信していた。

 その予想の通り、大我は真剣ながらも絶望や恐怖に押されていない顔で聞いていた。


「当然承知だ。それをわかってて言ってるし、色んな世界を見ていきたいんだから」


「ふふ、わかってます。それに、とても広く危険ですが、それだけたくさんの世界があります。アドベンチャー、海底神殿、江戸時代、ホラー、モンスターパニック……すぐには口で並べられない程、それら全てがこの星で根付いています。ええ、全てが」


 それを耳にした瞬間、大我はただただ驚くしかなかった。

 目覚めて外に出て、ティア達と出会った時ですら、ファンタジー世界に迷い込んだと驚いたのに、そんな画面の向こうのような世界が広がっているのだということに。

 だが、ちょっとだけ、大我は残念に思った。


「…………それは今ここで聞きたくはなかったな。初めて目の当たりにした時に驚きたかったかもしれねえ」


 まだ大雑把かつ細かくはない言い方ではあるものの、まるで旅先のネタバレをされたような気分になり、楽しみの一部が削がれたような気持ちになっていた。


「ああ、すみません……そういう配慮まで行き届いてなくて、つい……」


「いやいいよ、聞いちゃったもんは仕方ないし。けど、それも全部お前が作ったのか?」


「もちろんです。これも、私が滅ぼしてしまった人類への贖罪……いいえ、尊敬です」


「はは、やっぱすげえよ。ちゃんと神様してるじゃん」


「神様の役目を負うならば、これくらいの管理はしないといけませんから。当然のことです」


 だが、やはりそれだけの大業を一身に背負い、見事に管理してみせる姿は、神を名乗るに足る人物なのだと、大我は思った。

 そして、挨拶を終えて振り返ろうと足を動かしかけた直後、アリアが伝えておきたいことを最後の向けた。


「大我さん、最後に一つ。今、この世界は平和こそ保たれていますが、ノワールが私を乗っ取った影響が各地で発生しています。現地の人々で解決している事案こそありますが、中にはまだ発覚していない異変や、大我さん達に襲い来る何かがあるかもしれません。気をつけてくださいね」


「心配するまでもないって。その時は全部なんとかしてやるよ。なんたって俺には、信頼できる相棒と仲間がいるんだからな」


 幾多の試練を乗り越え、自信に溢れた力強い言葉を宿し、大我は世界樹から去っていった。

 アリアの見る、運命と戦いに振り回され続けた彼の背中は、目覚めて間もない頃よりも傷だらけで、逞しく、強くなっていた。


「桐生大我、貴方は間違いなく、私が今までに見てきた人類の中で最も勇敢で、美しい魂の持ち主です」


 去っていく彼の姿を見ながら、アリアは創られた時から現在までに至る人間の姿を、データベース上で学んできた人類の姿を回想した。


「私は、私を創った人類は、醜くもあり美しくもある。もう大部分は、電子情報や資料の上でしか読み取れませんが、それでもその全てを読み進めて学びました。」


「人類とは優しくて、清らかで、温かくて、可愛くて、愛おしくて、愉快で、醜くて、愚かで、喧しくて、不愉快で、我慢強くて、浅ましくて、怖くて、煩くて、馬鹿で、愚鈍で、不愉快で、諦めが悪くて、不気味で、恥ずかしくて、虚しくて、気持ち悪くて、寂しくて、哀しくて、楽しくて、わくわくして、豊かで、幸せで、美しくて、呆れるほど救い様の無い、とても素晴らしい生物だったのだと」

 

「━━━━━━━━さあ、羽ばたいてください。世界でただ一人の偉大なる勇者よ」



* * *



 アルフヘイム西門前。時刻はちょうど8時前。

 元々の予定よりも前に家を飛び出した大我だったが、彼は予め書き置きを残していた。


『ちょっと用事があるから世界樹に行ってくる。西門前で待っててくれ』


 あくる日も少しずつ勉強してようやく身につけた、現世界の言語で記された書き置き。

 それを読んで、エルフィとティアはお互いに仕方ないなあと思いながら、用意した持てる限りの荷物を持って西門前に集まっていた。

 

「いたいた。おーい!」


 両者の姿を見て安心した大我は、手を振りながら走っていくが、だんだんと違和感の方が強くなっていった。


「大我ー! メモあるっつってもいきなりどっか行くなよなー!」


「ご飯まだですよねー? 大我のパンは買っておきましたよー!」


「おう早く来やがれ! 待ちくたびれたぞー!」


「ったく、向こうの方がこっちを振り回す側になりやがって」


 一緒に旅に出るのはエルフィとティアのはずだった。

 だが明らかに数が多い。なんなら倍に増えている。


「………………えっ!? なんだあいつら!?」


 大我を待つ組に突然加わっていたのは、ラント、アリシアの2名だった。

 何も聞かされていなかったし、そんな匂わせも全然なかった。いきなりパーティーと言えるような大所帯になったことにただただびっくりしながら、大我はこの人数を待たせるのは流石にと、足を早めて向かっていった。


「お前ら、一緒に行くとか全然言ってなかっただろ? なんでここに?」


「言っとくが見送りじゃねえからな。俺……というか、俺らもお前の旅に付き合ってやるよ」


「あたしも同じく」


「………………悪い、状況が全然飲み込めねえ」


 混乱している姿を面白がりながらも、まあこうなるのも仕方ないと感じつつ、まずはラントから説明に入る。


「実はさ、つい昨日アレクシスさんに言われたんだよ」


 ラントは元々、大我の言っていた通り一緒に旅に出る気もなかった。

 アルフヘイムでまた修行を重ねて強くなり、アルフヘイムを全身全霊で守れる程の英傑になりたいと思っていた。

 そこに、アレクシスが進言した。


『ラント、お前も大我の旅についていけ』


『えっ? そ、それはどういう……?』


『お前、今でも強くなりたいって思ってんだろう? だったら、アルフヘイムだけに籠もるんじゃなくて世界を見ろ。自分の知らない場所へ足を踏み入れて、新たな世界を全身で受け止めろ。そうすりゃお前は今よりもっと強くなれる。ここだけに時間を使い続けるのは勿体ねえそれだけの逸材だお前は』


「っつうわけで、俺もついていくことにしたわけだ」


「アリシアの方は?」


 続けて、アリシアも理由を出していく。


「あたしは誰かに勧められたとかじゃなくて、自分の意思で来た。まあお兄ちゃんに相談はしたけどさ」


 アリシアは、ずっといなくなった兄のエヴァンを求めていたが、その兄が帰ってきたことで幸せな日常が取り戻された。

 もうこれから兄とは離れたくない。いつも一緒にいたい。そう思う裏で、これまでのトラブルや身に降り掛かった出来事を回想してあることを考え始めていた。

 それは、兄に依存し過ぎず、ある程度の兄離れをする必要があるのではないか、ということ。


「お兄ちゃんはさ、誰よりも強いし圧倒的だけど、あたしがずっとくっついてばかりだったらダメなんじゃないかって。あたしはあたしで、お兄ちゃん無しでも立てるようにならなくちゃいけないんじゃないかって、そう思ったんだ」


 それは以前から、うっすらと考えていたことでもあった。


「お兄ちゃんを見つける為に生きてきたあの頃とは別に、たとえどっちでも、お兄ちゃんを心配させないようにってさ」


 とてもとても大好きな兄の為、兄に迷惑をかけない為、そして自分で生きる為。兄ばかりに目を向けるのではなく、共に歩む仲間と一緒に足を前に出す。

 今の自分にはそれが必要なのかもしれないと思い立ち、決心した。


「俺に着いていくんじゃなくても良くないかそれは……」


「わざわざ言わせんなって。まあそういうことだからよ、俺達はお前の旅に着いていくからな」


 一方的に押されるような感じで話が進んでいったことに、なんだか出発前から疲れたような気分になった大我。

 その横で、ティアは楽しそうに笑っていた。


「まさか、出発前からこんな疲れるなんてな……」


「ふふ、いいじゃないですか。『こういう旅は賑やかな方がいい』でしょ?」


「そうそう、大我おめーが言ってたことだからな? 屋根の上で」


「お前は盗み聞きしてただけだろうよ」


 元は大我とエルフィの旅のはずだったが、時間が経つごとに共に歩む者が自然と増えていった。

 だがこれでいい。それがいい。不思議と熱くなった心が、一瞬の疲れ以上の活力を彼に与えた。


「ったく…………ようし、じゃあみんなで行くか!! そうと決まれば早速出るぞ!!」


 ちょっとだけから元気の混じったような号令に、みんなは笑いかけながら、一緒に西門を超えていった。

 門を超えてどこかに行くのは、日常の中でもよくあることだったが、この時だけは、とても大きくて新しい意味を持っているような気がした。


「そういえば、二人は荷物持ってきてないの?」


「あ? 現地調達でなんとかなるだろ」


「そうそう。あたしらどんだけ狩りしてきたと思ってんだ」


「揃いも揃って脳筋だなお前ら……」


「身軽って言え。そんで、まずどこに行くかは決めてんのか?」


「ああ。まず俺達が目指すのは、西だ!!」


 彼らがいる今ここは、現世界。そして、その外にはまだ見ぬ可能性が、世界が無限に溢れている。


「こいつはこいつで脳筋なんだよなぁ……」


「なんだよそれでいいっつったのはエルフィもだろ?」


「そうだけどそれはそれとしてな?」


「ほんっといつもお前は……」


「なんだか、いつもと変わらない雰囲気があるみたい。アルフヘイムを離れても、こう賑やかだと心強いね」


「おお? 上手くまとめたつもりかティア!? いつかあたしが巻き込んでやるからな!」


「ほんっと、いつもと変わんないな……とにかく、まずは日が暮れる前に落ち着けるとこまで目指すとするか」


 願いを、希望を、未来を抱き前に進み、歩み続けた先にいつかたどり着く。


「俺達の知らない世界へ!!」


 そこは、気がつけば、新世界。

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気がつけば、新世界!? 土装番 @dosouban

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