第500話
心地よい澄んだ風の吹く、星輝く夜空の下。二人は屋根の上で綺麗な空を見上げながら、心地よい空気に浸っていた。
「この前もこんな感じでしたよね。あの時は……大我の夢の話をしましたっけ」
「そうそう。ちょっと前のことなのに、もう結構前みたいな気がする」
つい最近話したのは、大我とティアの過去と今の話。あの時出会わなかったらどうなっていただろうか。そして、これから自分は何をしたいのだろうか、ということ。
大我はあの時、己の望みと心に問いかけ、今の色んな世界を見てみたいという夢を得た。より先の未来へ進む為の指標をまた一つ得たのだった。
「……なんか、自分で決めたことだし、いずれ戻ってくるとはいえ、なんか寂しい気持ちにもなってくるな。前はこの街の何もかもに驚いてたのに、今じゃみんな、俺の日常の一部だ。樫賀谷みたいな故郷って感じもする」
「そう思えるくらい、居心地よかったですか?」
「まあな。住めば都って本当なんだなって思ったし、運も良かった。思い出もいっぱいできた。そしてこれからも」
大我にとってアルフヘイムは、完全に己の世界とは切っても切れない場所になっていた。
たとえ一時的なものだとしても、そこを離れると決めたときに胸がきゅっとした気持ちが起きたのは、この場所が自分の一部であるという何よりの証拠なのだろうと、彼は強く思っていた。
「……それで、話したいことって?」
そしてこれからは、今と未来の話。
大我が新たな夢を描いたように、ティアもまた、願っていた皆との平和な時とは違う新たな夢と目的を得た。
「━━大我、私も一緒に旅についていきたいんです」
その言葉は、大我には予想外な話だった。
このタイミングでの話は、何か旅に関することではあるのではと雰囲気では思っていた。
だがそれがまさに当たるとなると、自分でもちょっと驚いた。
「一緒に旅に……?」
「はい。大我にこの話を聞いてから、私は嬉しい気持ちになってたんです。大我の新たな目標が、生きる原動力が見つかったことに。だから、その背中を見送ろうって……最初はそう思ってた」
ティアの瞳は、彼の顔を捉えて離さない、それ程までに、彼女の言葉はとても真剣だった。
「けど……うん、その前からどこかで思ってたのかも。私は、大我がこれから見る景色を、隣で一緒に見てみたいんだって。それに、私も大我の話を聞いて興味が出たんです。アルフヘイムの外、そのさらに外にはどんな世界があるんだろうって。私も、パパに色々と連れてってもらった以外にはあまり遠くまで行ったことはありませんから」
ティアが微笑みかける。今、彼女が抱いている気持ちを素直に言えたことで気持ちが楽になったのだろうか。
彼女の声には、一切の淀みがなかった。
「大我はまだまだ知識も全然ですし、いざとなったら薬草や食用の植物のことも必要になりますし、それに紆余曲折あったとはいえ……私も前より戦えるようになりましたし、だから…………大我、一緒にいきたい。色んな世界を見たい」
大我はその言葉に、三秒ほどだけ沈黙した。この沈黙は驚きや戸惑いからではなく、真っ直ぐ受け入れて正面から答えを返すための合間だった。
「良いに決まってるだろ。ティアからそんな頼みが来るとは思ってなかったけど……こういう旅は賑やかな方がいいよな。俺とエルフィならどこまでも行けるとは思ってるけど、そこにティアもいてくれるなら、とても心強いよ」
「━━━━ありがとう、大我」
ティアの胸の奥に生まれた新たな望みの芽が生まれ、それが大切に育てられる一歩が踏み出された。
自分達の知らない世界には、どんな景色が見えるのだろうか。どんな人達がいるのか。どんな物があるのか。その道を歩む旅立ちの時が、夜が終わり太陽が昇った時に訪れる。
「そういえば、まずどこに向かおうかは決めてあるの?」
「うーん、だいたいはってとこだな。まず目指すのは……」
「そういや俺も思ったんだけど、ティアはもう旅の準備出来てるのか?」
「実はあの話聞いてから、どうしようと思いながらちょっとずつ……」
朝を迎えるまでにはまだ時間は残されている。それまで二人は、お互いの気持ちが満足して眠気が迎えられるまで、夜空の下で仲良く話しを弾ませ続ける不思議な気分のひと時を共有するのであった。
* * *
そしてついに訪れた次の日、旅立ちの日を祝福するように、雲ひとつない青空と太陽がアルフヘイムを見下ろしている。
大我は、朝の8時頃に出発しようと計画していたが、彼はそれよりも前に家を出て、ある場所へと向かっていた。
「おはようございます、大我さん。いよいよですね……しかし、その前にどうしたのですか?」
「挨拶しとこうと思ってさ」
そこは、アリアの待つ世界樹の中。かつて大我が目覚めてから祝福という名の助けを受け、そしてノワールと戦った場所だった。
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