【組織解説】顔なきチェスプレイヤーたち(超国家的組織、あるいはこの世ならざる者)

【もうわかっているとは思うが、犯罪者の世界ほど資本主義的なものはない。絶えず新たな欲望を開拓し、それを伝播し、加速させ、各所で不規則に破裂させたり、そうかと思うとわざと欲望を抑制させて、それにより溜めた新種の欲望を培養しもする。エレガントで醜悪、アナーキーで狡猾、獣的でノーブル、部分的でありながら全体的、例外的ながら普遍的、自然発生でありながら陰湿な謀りに満ちていて、疲弊と活力、朝と夜、躁と鬱、生と死、知と無知が境界をなくしたまま不気味にみなぎっている。すなわち犯罪者の世界とは『言うに言えない』この世の本質であり、無意識であり、現象である。夜なのに夜でなく、正気なのに正気でなく、統一的な価値系があるのかどうかも疑わしいのだ。

 そうした世界では、光溢れる世界では見えないものが……あるいはほとんどの人々が、見えても見ないふりをしているものが……時おり見えてしまうのだ。人の顔をしながら人ではなく、獣のようで獣でなく、生きて動き、時には親しげに語りかけてすらくる、が。

 ……本項ではそのような虚とも実ともつかない組織、あるいはについて解説する。その大仰さにもしかしたら君は笑うかも知れない。だが笑わない者たちもいるし、何より、本人たちは笑っていない……そのことだけは忘れるな。

 ――Dentist】

【もちろん笑って済ますのもお前の自由だ。俺は笑わずに長生きするつもりだがな。

 ――Mad-dog-handler】


〈次世代人類研究学会〉

【いきなり胡散臭さ爆裂の名前が出てきたな。こんなの最初に持ってきて後が続くのかよ。

 ――Dragon-fist】

米国防高等研究計画局DARPAとは違うの?

 ――Summer-girl】

【全ての研究目標を一般公開することが義務付けられているDARPAと違い、こちらは完全な秘密結社だ。世界各国の著名な科学者たちが密かに『人類の品種改良』を目的として作り上げた組織だった、らしい。過去形なのは、主要メンバーはほぼ全員が死亡、研究施設は徹底的に破壊され、データも散逸しているからだ。

 ――Dentist】

【品種改良、ってすげえな。牛や豚じゃねえんだぞ。

 ――Mad-dog-handler】

【人間もある種の『経済動物』だよ。

 話を戻そう。この〈学会〉自体、閉店間際のバーで学者たちが声を殺して囁き合う噂話程度のもの、とは断っておく。大衆のモラルや時の政治権力に邪魔されることなく己が研究に邁進できる場所はないものか……という研究者たちのグループがあると。規模からしてぽっと出程度の歴史ではないな。少なくとも組織の母体は第二次大戦直後にはもうあったらしい。ヨーロッパ全土で吹き荒れたナチスによるユダヤ人虐殺と、独ソ戦がもたらした軍人・民間人を問わない死と死と死、マンハッタン計画が生み出した『悪魔の太陽』も彼らの危機感を醸成したのかも知れない……冒涜的なまでに進化し続ける軍事技術に不相応な、穴居人からさほど進歩していない今の人類を放置しておけば、いずれ地球は落とした卵のように砕け散るだろうと。まあルネサンス以来の夢だからな、『万能の人』を生み出すという発想は。

 ――Dentist】

【国境を越えた握手か。感動的なこった。

 ――Mad-dog-handler】

【ともあれ、次の千年紀を受け継ぐに相応しい人々を産み出す、それも人為的に、という実現すれば歴史に名を刻むこと間違いのない崇高なプロジェクトが発動した。それが公明正大な手段によって支えられていれば、私ももっと手放しで称賛する気になれたのだが。

 ――Dentist】

【だんだん見えてきたぞ。研究用の素材をどうしたのかって話か。

 ――Dragon-fist】

【……お偉い学者の先生たちが輝かしく崇高な目的のために犯罪結社と手を組んだわけね。

 ――Summer-girl】

【皮肉なことに〈学会〉に素材を提供したのは、ナチスドイツと戦うレジスタンスたちに兵器物資を供給していた犯罪ネットワークだったそうだ。犯罪結社が常に反体制側であったとは限らない。追従し、求めに応じ、時には自分から売り込み、その手を汚し続けたからこそ、犯罪者という人種はこの世から消えていないのだ。

 戦後の混乱期だ、戦争の痛手から完全に立ち直っていない欧州でヒューマン・トラフィックのための組織を築き上げるのは難しくなかったのだろう。暴力や脅迫だけではない、甘言によって連れてこられた人も少なくなかったのだろう。老若男女問わず、そのようにして連れてこられた人々を暗闇に飲み込み続け〈学会〉は膨張し続けた。世界史の裏側で。

 それでなくとも〈学会〉の活動は世間から隠されなければならなかった……何しろ人材の払底していた〈学会〉には、アウシュヴィッツで人体実験に関わっていたナチスドイツや、悪名高き石井細菌部隊……通称731部隊の生き残りすら混じっていたのだからな。

 ――Dentist】

だ。

 ――Hong Gil-dong】

【『生命の泉計画レーベンスボルン』の新世紀バージョンて感じだな。

 ――Mad-dog-handler】

【おそらく私たちが学ぶべき教訓は、そのような組織でも国家権力には耐えられなかったという事実だ。自陣営に属していたはずの科学者たちの密かな裏切りに気づいた各国政府は(当然のことながら)激怒し、そして何の制約も受けずに生きた人間を切り刻み続けた神童たちが産み出したおぞましい『成果』の数々に恐怖した。再生細胞により繰り返し使える臓器移植用クローン人間、予知能力者たちの脳を組み合わせて作られた未来予測装置、人の意識を移植された思考するクラゲの大群……世間に知られれば生みの親どころか政府自体の命取りになりかねない代物ばかりだ。当然、そのようなものがあってはならなかった……あったとしても痕跡自体を消し去らねばならなかった。

 膨大な人体実験データと引き換えにした〈学会〉の科学力は世界標準の優に10年先へと達してはいたが、それでも直接的な各国支部への軍事攻撃を跳ね返すには至らなかった。かくして、歴史に名を刻むはずだった世界で最も理知的で善良な人々が、かつて自分たちが切り刻んだ者たち同様の、墓にも埋めてもらえないような死を遂げたわけだ。

 ――Dentist】

【悲しいね。

 ――Quicksilver】

【もっと気に留めるべき事実は、その残党は各国の軍や諜報機関に身を潜め、雌伏して復活の時を待っているということでしょうね。『次世代の人』を生み出すことこそが彼らの悲願なのですから。

 ――Rusalka】


〈ヒュプノス〉

【この名について覚えておくことは2つある。〈ヒュプノス〉と名乗る者たちに狙われた者には必ず死が……それも恐怖も苦痛もなく、がもたらされるということ。そしてもう一つは、死の寸前までお前には誰が〈ヒュプノス〉か、決してわからないということだ。

 ――Dentist】

【共通するのは銃器や爆発物の忌避、近接戦闘への異様なまでの固執と、世界的なフランチャイズとしての暗殺委託業務です。

 ――Rusalka】

【本当に何の飛び道具も使わないのなら、それは確かに異様だな。そもそも標的ターゲットになるような連中からして、でかい銃とでかいボディガードを山ほど抱え込んでるような奴らだろ? 勝負になるのか? 近づく以前の問題だろ?

 ――Mad-dog-handler】

【銃には明確な弱点がある。引き金を引くまでは絶対に殺せないことだ。

 ――Old-man】

【そういうエクストリームな意見はさておいて、〈ヒュプノス〉が行った暗殺で飛び道具が使われた例は今のところ一件もないのは確かだ。被害者はいずれも刃物か、即効性の毒物で命を奪われている。おそらくは苦痛を感じる間すら与えられず。

 ――Hong Gil-dong】

【銃や爆弾で吹っ飛ばされるよりは俺たちに殺された方が楽だぞ、ってか。すげえ理屈。

 ――Mad-dog-handler】

【その暗殺対象も香港のIT事業家、東欧の兵器ディーラー、南米の麻薬王、ロシアの銀行頭取……国家・民族・イデオロギーを問わずに、悪く言えば節操なしに依頼を引き受けます。『〈ヒュプノス〉に狙われた者には確実な死が訪れる』という、ブランドイメージとしての恐怖戦略を広めることに、彼らは成功しつつあります。

 ――Rusalka】

【世界規模の暗殺結社なんてもんがあったら、それこそ超大国の情報機関システムが黙っちゃいないと思うけどね。どうして潰されない?

 ――Dragon-fist】

【……国家も〈ヒュプノス〉の顧客だから?

 ――Summer-girl】

【正解。

 ――Mad-dog-handler】


〈白い男〉

【全知全能不老不死、と名乗る謎の男。各国■■■■■■■■■■■■■■■■■

【どうした?

 ――Hong Gil-dong】

【……干渉を受けています。気に入りませんね……ここの防壁は私がハンドメイドで構築した自信作なのに。

 ――Rusalka】


【へー、それなりに突っ込んだことは書いてあるけど……何? 〈天頂角ゼニス・アングル〉にも〈ホテル特異点シンギュラリティ〉にも言及してないの? はい、やり直し。闇だの裏だのそれっぽいこと言うんだったらもっと頑張りましょう。これでも君たちには期待してるんだよ? 目の付け所は悪くないんだからさ。

 ――?????】


【私たちについても書いてないじゃん。〈七人姉妹セブン・シスターズ〉を知らないとか、もしかしてモグリなのかな?

 ――?????】

【おやめなさい。穴居人をからかっても始まらないでしょう。

 ――?????】


【〈月の裏側アザーサイド・オブ・ザ・ムーン〉を中心とする犯罪行為が活発化するに伴い、当初の計画は大幅な遅延・変更を余儀なくされております。対処レベル〈妨害サボタージュ〉から〈制裁パニッシュメント〉への移行を具申いたします。

 ――?????】

【却下する。いずれ彼らの岩壁に火を放つとしても、それは今ではない。

 ――?????】


【かくして日は昇る……沈みゆく日の本の国をあまねく照らす、天空に唯一つの黒き日輪が。

 ――?????】

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補填:未真名市素描 アイダカズキ @Shadowontheida

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