【組織解説】暴力装置(警察・軍・軍事警備請負社)

〈未真名市警察〉

【未真名市が未真名市になる以前から、この地方の警察は評判が悪かった(中央から遠く、険しい地形と複雑な水路に囲まれ、官憲への反発心が根底にある……要するにアウトローを醸成しやすい土地柄のせいかも知れない)。

 親の目が充分行き届かなければ好き勝手するのは何も子供だけではない。現状を嘆いていたのはまだましな方で、大半の警官は中央からの監視が緩いのをいいことに地元の暴力団やマフィアと結託し、せっせと私腹を肥やしていた。そう、まるで旧世紀の無国籍アクション映画のごとく。

 ――Dentist】

【いい時代だったんだねえ。

 ――Mad-dog-handler】

【しかし最近ではさすがに潮目が変わってきたようだ。警視庁の犯罪予測システム導入により……これは犯罪多発地域での検挙率向上だけでなく、汚職警官の炙り出しにも使われる。通報を受けて出動した先で警官が何も見つけられないと、AIは警官がわざと犯罪を見逃していないかどうか行動をチェックするんだ……少なくとも、今までと同じ方法で安穏と甘い汁を吸うことはできなくなりつつある。

 近年、未真名市周辺で発生する凶悪犯罪の増加を受け、未真名市警SATは大幅に武装を強化されている。欧米SWATと変わらない自動火器、自衛軍とほぼ同一規格の戦術ネットワークシステム。おかげで殺傷率キルレシオは向上したが、銃撃戦で出る死傷者は倍、市民団体からの非難も十倍以上に膨れ上がった。しかも死人が増えたというだけで犯罪自体の総数は減りもせず、犯罪者たちの重武装化と闇市場の活性化により、個々の犯罪はますます凶悪になるばかりだ。SATの武装強化が限界に達しつつある以上、別のアプローチを試みないことには誰かが(そう、木っ端警官を切り捨ててでも逃げ延びたかった誰かさんが)責任を取らされるわけだ。市警がアルゴスと組んで大博打に出るのも、故ないこととは言えない。

 ――Hong Gil-dong】

【なるほど、地方自治を盾に未真名市警察が管区警察本部との『接続』を拒んでいるのもそれが理由か。24時間リアルタイムで各警官の挙動をチェックできるようになれば、自分たちのが成り立たなくなるからな。市警としてはその前に独自の犯罪予測システムを立ち上げたいわけだ。

 ――Dentist】

【こそ泥の正体見たりお巡りさん。おっ、心ならずも五・七・五だ。

 ――Mad-dog-handler】

【不正を改めるんじゃなくて、自分たちの思い通りにできるAIを導入しようとしてるってこと? 呆れた人たちだこと。

 ――Summer-girl】

【自分たちの頭で理解できるAI、かも知れませんね。

 ――Rusalka】

【ここの署長はむしろ大した傑物だと思うぜ? 地元の名士から暗黒街の顔役、軍関係者、旧華族にまで寝技をかけるなんて並大抵の人間にゃ務まらんからな。高塔家と寝る、ロシア人と寝る、中国人とも朝鮮人とも、聞いたこともない国のマフィアの親分とまで寝る。まめに付き合って、ベッドの上で喜ばせて、半狂乱にさせる。あやかりてえもんだ。

 ――Mad-dog-handler】

【分身の術でも使ってるのかな?

 ――Dragon-fist】

【古風な表現ねえ。せめてBotって呼びなさいよ。

 ――Summer girl】

【さんざんこき下ろしはしたが……俺やお前にとって、サツが一番の天敵であるってことに変わりはない。どんな能無しでやる気のない警官でも、仲間を殺されようもんならいきり立つ。それに重武装の犯罪者やテロリストを相手にするSATは本物の精鋭揃いだ。地獄の底までお前を追いかけ回し、粉々にしてくれるだろう。

 ――Mad-dog-handler】


〈自衛軍〉

【憲法が改正され旧自衛隊が自衛軍に昇格したからって、軍人が幅を利かす世の中が即座に訪れたわけではない(実際、軍昇格後も志願制のままだ)。

 ただ、軍を含む『空気』は着実に変わりつつある。これは半島動乱(国内においてはヴィヴィアン・ガールズ騒乱あるいは六本木動乱)をはじめ出血を強いられた自衛軍が、政治の世界でも小さくない発言権を発揮し始めたからでもある。

 彼らは『羊の軍隊』から脱却しようと努力し、その幾つかは着実に実を結びつつある。……是非はともかくとして。

 ――Dentist】

【ま、だからだいたい想像はつくだろうが未真名市は旧自衛隊時代から『基地の街』だ。地元の飲食・娯楽サービス業は非番の自衛軍や米軍の兵士を当て込んで供給されてる。近年の未真名市のヤケクソにも近い企業誘致は、言ってみれば外資系企業向けの安全保障も含みでやっているわけだ。

 ――Mad-dog-handler】

【未真名市に措ける自衛軍拠点についても少し言及しておこう。

 在日米軍基地キャンプ未真名に隣接する陸上自衛軍未真名ベースは、首都圏を除けば西日本最大規模の軍事基地だ。まず国防大臣直轄の中央即応連隊総本部があり、さらに首都圏からの増援を待たず独自の戦闘行動を可能とするための戦略AI〈一言主ヒトコトヌシ〉が置かれ、さらには本格的な市街戦訓練施設までも有する(VR訓練システムもそれほど目新しい設備ではなくなってきたが、この手の施設はやはり実戦部隊にはまだ必要不可欠だ)。

 問題は、これほどの戦力を果たしてどこに……『何』に向けるために置かれているのかだ。

 ――Hong Gil-dong】

【中国軍か? 高麗統一連邦軍か? それでなかったら何だ?

 ――Dragon-fist】

【旧北朝鮮の共産ゲリラ鎮圧だけで手一杯なあの国はとりあえず除外しておけ。

 ――Hong Gil-dong】

【そもそも現在の日本にわざわざ海を越えて侵攻するほどのはありませんよ。

 ――Red five-star】

【じゃ内陸に向けて、か? そんな馬鹿な。後は地底怪獣ぐらいしか思いつかねえぞ?

 ――Mad-dog-handler】

【過剰な戦力は、何かを守っているのではなくようにも見えますね。興味深い。

 ――Rusalka】


【国内での軍事警備請負社ミリセクをめぐる論議もずいぶんと潮目が変わってきた。一昔前なら軍隊並みの火力を持つ武装集団を日本国内でうろつかせるなんて冗談はお前の顔だけにしとけ、って意見がほとんどだったんだが(まあ、気持ちはわかる)、〈夢遊病者たちスリープウォーカーズ〉〈ヴィヴィアン・ガールズ〉のように火力でSATを圧倒するような武装勢力の台頭によって、渋々ではあるが、認知されつつある。殊に外国人街周辺のような、日本人の被害が(比較的)少ないとみなされた地域での動乱にミリセクが投入されることを日本の警察はむしろ歓迎するふしがある。SATの武装強化にも限界があるし、何より高齢化・少子化が進む日本では若手隊員のスカウトすら難しくなりつつあるからだ。スラムでの殺し合いなんざ『ガイジン』同士で好きにやらせとけって理屈だな。実にわかりやすい。

 人的資源だけなら現状困ってはいない。政情不安定なアジア一帯からリストラ対象になった軍人や食い詰めた傭兵たちが流れ込んでいるからだ。ただし質に関しちゃ本当にピンキリだ。最高品質の連中はそれなりに値段が張るし、キリの奴らは……流れ弾で無関係な死人を出したくなけりゃ、駐車場への誘導でもやらせておくしかない。

 ――Mad-dog-handler】

【とは言え……いちおうは先進諸国である日本国内で大規模な市街戦が始まりかねない現状は非常にまずいわけで、ミリセクが国内で「実戦」を行うには最低でも地方自治体首長のサインが必要となる。加えて日本での「営業活動」の許可と引き換えに、有事の際には国籍を問わず外人部隊として日本軍の一部に編入される、という契約を日本政府と交わしている(幸か不幸か、それが必要な事態は今のところ発生していないが)。

 ――Hong Gil-dong】

【ミリセク側から『従業員の生命保全』を理由に出動を突っぱねられたら、政府はどうするつもりなのかしら?

 ――Rusalka】

【肩をすくめるんじゃないのか。

 ――Hong Gil-dong】

【その実務も、警察官/兵員訓練・情報収集/分析、新装備・新戦術のアドバイザーなどの、直接の戦闘員派遣より地味で面白みのない(ただし軍には必要不可欠な)業務へシフトしつつあるし、また警察・軍からはむしろそれを期待されている(反政府ゲリラ鎮圧作戦で培ったノウハウを企業から依頼されてのスト潰しに応用している〈ミーメットワーク〉はほんの一例だ)。考えてみれば当たり前だな。自分たちに取って代わる存在など、軍が許容するはずがない。

 有象無象を列挙してもきりがないから、ここでは代表的なものを2例だけ挙げておく。

 ――Dentist】


〈ラスヴェート綜合警備保障〉

【「『ロシア』と名のつくところへはどこへでも駆けつける」、悪名高いロシア系列の軍事警備請負社だ。

 3年前、出所不明で妙に質のいいロシア製銃器が大量にブラックマーケットに流出したことがあってな。得物がありゃ使いたくなるって理屈は洋の東西を問わないってか、マル暴の事務所がビルごとC4爆薬で粉々になる。中国人金融業者の車が擲弾筒グレネードランチャーで吹っ飛ばされる。お巡りが駆けつけたって、重機関銃でパトカーごと蜂の巣にされるってな具合で、そりゃもうひどいもんだった。

 そこへ白馬の騎士よろしく『ラスヴェート』の名とともに奴らは現れた。その掃討作戦で不運な地元のヤクザとマフィアが3つばかり、文字通りこの地上から『消えた』。戦争屋どもの面目躍如ってとこだな。ちんぴらどもはいい面の皮だ。

 ――Mad-dog-handler】

【何、あんなものは全然本気ではないよ……私たちが本気を出したら、この街が更地になってしまうからね。

 ――Ivan Tsarevich】

【今のは笑うところ? 流すところ?

 ――Summer-girl】

【そういう質問をしないところじゃないかな。

 ――Dragon-fist】

【サツにしてみりゃ『人員・装備両面で自分たちを圧倒する武装集団』なんて目の上のコブ以外の何物でもないはずなんだが、今のところ何のリアクションもない。署長に利かせた鼻薬の量が理由だとしたら、たぶん鼻の穴に漏斗を突っ込んで、ドラム缶で流し込んだに違いねえ。

 以来、奴らは警察・自衛軍を除けばこの地域の一大武装勢力だ。奴らなりに市民感情を慮ったのか、業務はビル・施設警備と企業間のトラブル解決業務に限定しているし、公表されている装備は催涙ガスと電撃警棒のみってことになっているが、そんなカタログなんて誰も信じちゃいない。資産も、人員も(そしてつけ込まれる弱みも)山ほどある企業……特にロシア系の企業……からは依頼が殺到しているらしい。悪いが、この快進撃をどう止めるのか俺にはさっぱり思いつかない。これじゃ守りの冬将軍どころかドイツ電撃作戦だ。

 それと……俺が調べた限りじゃ、あの時出回った銃器弾薬のルートは、既存のどのヤクザやマフィアのものでもなかったんだよな。じゃあ、どこのどいつの仕業だったんだろうな。

 ――Mad-dog-handler】

【さあ、誰だったんだろうね。

 ――Ivan Tsarevich】

【CEOのセルゲイ・メルクロフは元ロシア軍特殊部隊教官、部下たちも軍時代からの教え子たち、要するに軍の特殊部隊がそのまま独立して会社を興したようなものだ。味方にすれば頼もしい連中なんだが、気を許してもらうまでが一苦労だろう。

 ――Hong Gil-dong】

【思い出したくもない……。

 ――Dragon-fist】

【実際、火力と練度だけ取っても彼らは得難いパートナーです(対価は莫大なものになるでしょうし、使いどころには気を配る必要はあるでしょうが)。ただし、彼らは退職したとは言えロシア連邦の軍人であることを忘れないでください。ロシア政府とメルクロフCEOの関係は今だ不透明ですが、間違っても本国の不利になるような活動には手を貸さないでしょう。

 ――A certain woman】

【彼らが中国人を目の敵にする理由が何となくわかりました。道理で、出先機関の拠点ばかりが掃討作戦の狙い撃ちにされると思った。

 ――Red five-star】

【中国人は数が多いからな。ほっとくとすぐ増えるから目が離せないんだ。

 ――Tachanka】

【何、畑で採れるロシア人には負けますよ。

 ――Red five-star】

【お前らだってあれだろ、死体始末すんのにも青龍刀で骨まで細かく刻んで、肉饅か何かの具にしちゃうんだろ?

 ――Mad-dog-handler】

【私見ですが、日本人の骨はスープの方が向いていますね。

 ――Red five-star】


ダビデの盾マゲン・ダヴィッド

【名前からわかるとおり、イスラエル系列の軍事警備請負業です。企業からの依頼が多いラスヴェートに対し、こちらは官公庁を主な顧客としています。重要施設の警備以外にも警備員訓練・セキュリティ機器の点検・コンサルタント業務・顧客の重要データへのハッキング/クラッキング対策、などが主な業務です。

 ――Rusalka】

【もう一つあるだろう。『日系企業相手の情報収集』。他国の情報を得たかったら大手を振ってその国に入れる身分になればいい……たとえば警備員とかな。

 ――Hong Gil-dong】

【勢いがあるわけだよ。何しろ背後にいるのはイスラエルそのもの、もっと言えばそのまた後ろの米帝だ。

 ――Mad-dog-handler】

【ドイツ電撃作戦その2。

 ――Dragon-fist】

【いずれにせよ、MDが警備する施設で厄介事を起こす者は、MDのベテラン教官たちが鍛え上げた地方の警備隊とMD直轄の準軍事警備部隊ロウエンフォースメント、その双方を相手取る必要があるということは、覚えておくべきでしょう。

 ――Red five-star】


【……さて、これまで未真名市近隣で蠢く大小の組織を合法・非合法の異を問わず紹介してきたが、どうだっただろう? 楽しんでもらえたかな? それとも『なあんだ、人間のやることなんてどの時代だろうと、どこへ行こうと変わらないのか』なんて呆れちゃったかも知れないね?

 がっかりすることはない。結論から言えばこれらはほんの前菜オードブルだ。いいことを教えてあげるよ……この世の裏側には、極端から成る世界があるんだ。それは言わば深い深い地の底を流れる、暗黒の大河だ。君たち一人一人の、弱いけれど決して無力ではない人々から汲み上げられた膨大なエネルギーの奔流。犯罪者の世界? そんなものに比べればなんてことはない。暗い森に迷い込んだ幼い兄妹が、通り道に落としていったパン屑よりも儚い代物さ。

 ……いやまあ、それを言うなら人類の文明自体がそんな感じなんだけど。

 とまれ百聞は一見に如かずだ。次の項ではその一端をお目にかけよう。ようこそ、光に満ちたへ。

 ――?????】

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