第5話

窓枠を強く蹴飛ばして、あかりは二階から空へと泳ぎだした。

するりと、並ぶように人影が身を寄せて来た。鈍く光る月をきらきらと反射して、魚のようだ。


秦野はたの、自首したってな」

「自首って言うか。…名前、出てないと思うけど。ネット? 出てた?」

「…ほんっとーに、気付いてなかったんだな」

「は?」

「同じクラス」

「…おおお?」


 言われて記憶をたどるが、クラスメイトの誰一人、さっぱり思い出せない。そもそも考えてみれば、この少年自体、顔もよく知らない。

 しかしそれでも、これだけ頻繁に顔を合わせていれば、いいかげん動き方くらい覚えていそうなものだが。

 首をかしげ、ぽん、と、手を打つ。


「ここと地上で動きが違う」

「…だからなんだ」


 げんなりとした声が返る。はははは、と、灯は乾いた笑い声を振りまいてみた。


 同じクラスであれば、事実に基づいた噂も聞いているだろう。秦野はたの美希みきの他に友人のいない灯の耳にすら、話している声が届いたくらいだ。

 美希は数日で自宅に帰れるだろうが、学校に戻ってくるかどうかはわからない。もしかすると、家族でどこかへ引っ越すかもしれない。


 それはさみしいと、灯は思う。

 灯のことを気遣ってくれるのは、例えそれが罪悪感だけだったとしても、美希だけで、そのことが嬉しかったのは本当なのだから。


「本当はさ。ぜーんぶあたしの思い込みで、なんだったら、実はアンタやあたしが犯人でしたーってオチでもよかったのにって思ってるんだけど」

「おい」

「…ままならないね、世の中」


 きらきらをまとった少年は、くるりと空の中を回り、ぐに灯を見つめてきた。思ったよりも近くで、ようやく、はっきりと顔が見える。


「そういうもんだろ」

「…かなー」


 夜空にたゆたい、地上の明かりを眺める。その正体が、ただの電気だと知っている。それでも、きれいだと思う。

 美希にも、きれいだと思ってもらえればいいのに。思って、もらいたかったのに。


 もしかするといつか、唐突に消えてしまうかもしれない空の海の中で、灯は、ただ浮かんでいた。

 明かりがにじんで見えるのは、海のせいではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空とぶサカナ 来条 恵夢 @raijyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る