第4話

あかり


 呼びかけられて、灯は、のろりと首を回した。幼馴染で唯一の友人は、冷えた目で見つめ返した。


「メール。読んだ」

「うん」

「…わかるものなんだね」

「海の、漂流物がどこから来たのか割り出すのと似たようなものだよ。椰子やしの実とか、ゴミとか。本物の海より、空の海の方が計算しやすいらしいし」


 簡単に、それこそ数学が得意でもない一高校生の灯でもできたほどには簡単だとは、既にメールでげてある。

 ただ、告げた内容がが得られる結果の一つに過ぎない、とまでは書かなかった。


 美希みきは、灯の座る椅子の向かいの机に、軽くよりかかった。


「でも証拠、ないんだよね?」

「うん」


 証拠どころか、大きな根拠は、夜中に美希らしい人影が空に向けて何かを放り上げ、それがじたばたともがき流れて行き、その後、農薬を飲まされた猫が死んでいたと知っただけのことだ。

 見たのは灯だけだろうし、それが本当に美希なのかと問われれば、確信はしているが、それこそ証拠がない。

 灯には、人の顔を覚えにくい分、よく知った人なら動きや雰囲気で判別する癖がある。それゆえの確信だが、客観的な根拠にはならないだろう。


 ふう、と、美希は息を吐いた。


「灯は、見た?」

「何を?」

「死体。猫とか、犬とか」

「…今回のは、見てない。でも、今までには、見たことある」


 人ですら。

 美希がトラウマめいた衝撃を受けたことは知っているから、話したことはないが、空の海できれいなものばかりを見られていたわけではない。

 それでも灯は、空を泳ぐことはやめられない。 


「どうして? それなら…。灯。もう、やめようよ」


 何を、と、ぽかんと美希を見る。その目はもう、冷え切ったものではなく、泣く一歩手前だった。


「もう、空にはいかないで。いつか落ちるんじゃないかって、こわいよ」

「…美希が気にすることじゃないと思うけど」

「だって! 灯が空に行きだしたの、いじめられたからじゃない、私をかばって、クラスから浮いて、それからじゃない!」

「あー…」


 小学生のとき、確かにそれはあった。

 きっかけも、言われてみればそれだったような気がする。家族で揉めた、というよりも、問題が表面化したきっかけもそれだっただろう。空で泳ぐことにはまりはじめたのも、その頃だ。

 なるほどそう考えると、逃避だったのかもしれない。


 が。


「ごめん、それ引きずらなくっていい。大丈夫」

「…何、言ってるの?」

「いやだって…いやまーたどればそういうのかもしれないけど、責任感じなくても。誰かが悪いとしたら、いじめてきてた奴らだし。…どうしても好きなんだ、あそこ。きれいだよ」


 美希は、目を丸くしてひたすらに灯を見つめた。 

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