第3話

 ふうわりと空に浮かび、うーん、と、あかりは腕を組んだ。水面に浮かぶラッコのように、知らずに背が丸まっている。

 潮の流れに任せ、自分がいる場所もよくわかっていないが、空の海は水の海ほど流れが強くないので、案外簡単に流れを遡って帰り着ける。

 潮の流れが変わって迷子になることもあるが、灯はそろそろ、近隣の上空は見慣れてきている。


「よー、アカリ」

「ん。ああ」

「…どうした?」


 今日も銀色の服に地上の明かりを反射させながら、少年は、灯の顔を覗き込むような仕草をした。実際には灯が素早く手でガードしたために、大きく距離を取っていたが。

 灯はもう一度、うーん、とうなり、少し姿勢を変えた。ちらりと少年を見る。


「この頃のさ、落下、聞いてる?」

「ああ、犬とか猫とか、農薬飲まされて空に浮かべて殺されてる、とかってやつか? それの心配してたのか? まあ…近所だけど」

「空のしおのデータ見たら、多分出発点、ウチの近くなんだ」

「…え」


 ぱちぱちとまばたきを繰り返し、少年は灯を見た。


 空の潮の流れは、気象庁といったプロを始め、観察好きの個人も含め、多種多様に提供されている。ネットで検索をかければ、どれを見るか迷うほどだ。

 灯は、それらと検証サイトや計算のやり方などと、いろいろな情報をネットで片端から仕入れ、最近、とりわけこのあたりで話題になっている事件を自分なりに考えていた。


 はじめは、野次馬に近い好奇心だった。


 小動物を殺すというのは、おそろしいことに、ありふれたとまでは言わなくても、ないことではない。

 それでも、近所で今このときに起こる、となるとやや勝手が違う。

 そんな目新まあたらしさに手を出して、だから、犯人を捕まえようと思ったわけでも、ネットの片隅のお祭り騒ぎに乗っかろうとしたわけでもない。

 下手をすれば、それらよりもずっとひどい関わり方だ。


 ――手にした結論めいたものに、どうしたらいいのかわからなくなった。


「どうしたもんかなあ、と思って」

「どうって…捕まえてやめさせた方がいいんじゃないか…?」

「でもさー、あたしが調べてわかるくらいなら、警察とかもわかってそうだし。それなら結局、何もやることないような気もするし。変に引っき回しても悪いしなー、って」

「…そう思うなら、悩んでねーんじゃねーの?」

「そーなんだよねー。もやっとは、してる」


 ふわふわと空をただよいながら、思考も泳ぐ。少年に話しながら、灯は、ひとり言を呟いているような心地にもなる。


 探偵になりたいわけでは、ない。

 辞めさせたいかと問われれば、それはもちろん。


「とりあえず…たれ込みとか? 付き合いのあるおまわりさんとかいねーの?」

「そんな都合のいい」


 それどころか、頼りになる大人というものが、灯にはさっぱり思い当たらない。しかもこの場合、大人どころか、友人だって。


「匿名メールとか」

「メール…。ああ、うん、メールのが、いいかなー」


 ぼんやりと、空の海に浮かんでいた。少年のまとった銀色が、キラキラと赤や青やの色を弾き返している。

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