最終話 読者の嫌いな鬱展開
俺は眉を潜めた。
「お前さぁ、とりあえず何でも否定すれば自分のほうが頭が良さげに見える、って戦略はさぁ――」
「そんなんじゃないよ」
獣耳女盗賊が何気ない声でそう言ったので、俺は驚いて言葉を切る。
顔を見ると彼女は至極真面目な表情をしていた。
こういう顔をする時、彼女の脳はフル回転している。盗賊の頭だったという経歴は伊達ではない。
「考えてもみなよ。どうしてこんなに美味しいものを出す店に、どうして開店前に客が並ばないのさ。私たちとそこの団体が来なかったら閑古鳥が鳴くことすら出来ない寂しさじゃん。あちらのお客様なんか明らかにツアーの観光客だから、事前の予約でしょう? 私たちだってクエストじゃなければこなかったでしょう?」
「ああ、まあ、そうだな」
「そうだよね。まるで予約した団体客のために無理して開店したみたいな雰囲気じゃない。それからこの龍のしっぽ肉だけどさぁ」
獣耳女盗賊は肉の一欠片をフォークで持ち上げる。
「明らかにおかしいよね」
「おかしいって、どこがさ。どう見ても加工肉じゃなくて生肉だし、新鮮で――」
「ほら、そこ!」
「えっ、どこ?」
俺は慌てて周囲を見回したが、獣耳女盗賊は白けた眼でその様子を見ながら言った。
「今自分で言ったじゃない――新鮮だって」
「それのどこがおかしいんだよ。食材が新鮮なのはよいことじゃないか」
「普通はそうだけどさ。ここ、何の店なのよ」
「何の店って……あ!」
俺は自分のうかつさに頭を抱えた。
「完全に理解した。そうだよ、龍のしっぽなんてレアな食材が、朝取れ野菜並みに新鮮なのはおかしい!」
「そうよ。まるで自分ちの庭で取れたみたいな感じじゃない。それにさぁ――」
「えっ、まだあるのかよ?」
俺の戸惑いに獣耳女盗賊はため息をつく。
「まったくカズマは育ちがいいわねぇ。私みたいに取りあえず疑わないと生き残れない世界をくぐり抜けてくると、自然に疑問がわいてくるようになるのよ。いい? まあ、仮に近くの山で今朝方、龍のしっぽがちょうど取れたばかりだとするじゃない? 団体予約とは矛盾するけど、それならば肉が新鮮なのは理解できる。けどさ、この大きさはどうなのかしらね。なんでここにいる全員の肉がだいたい同じ大きさなのさ?」
「……」
俺は自分の粗忽さに慄然とした。
そう、彼女の言う通りである。ここには俺達七人と、団体客約三十人がいる。それに対して直径十五センチ、厚みはだいたいの五センチぐらいの龍のしっぽ肉が行き渡っている。
三十七名かけることの五センチだから、四十かける五から三かける五を引いて、百八十五センチ。
「カズマ、なかなか凝った計算をするのね」
「五月蠅いな。俺にとってはこっちのほうが早いから、好きなんだよ」
ええっと、話がそれた。
要するに大柄な男性並みの長さで均等な肉が取れるということは、龍のしっぽはまるで鼠のしっぽ並に細いことになる。
「あれ、それじゃあ尻尾の先のほうだったら……」
「それはないよ。だって肉が軟らかかったじゃない。龍のしっぽの先なんて、堅めだと思わない?」
「ああ……お前の言う通りだ」
「それでさあ――」
俺はもう驚くことをやめた。
「まだあるんだな」
「うん。龍って爬虫類か両生類じゃない? すると、ほ乳類じゃないから肉は赤みというより白身が普通だと思うんだよね。まあ、そこは割り引いたとしても、龍は空を飛ぶじゃない? 重いと大変だから、肉汁とか脂肪とか、たっぷりあるほうが変じゃない?」
「それは鶏だって……」
そこまで言って、俺は項垂れた。
「……ああ、あれは飛ばないな」
「そう」
そこまでの俺と獣耳女盗賊の会話を聞いていた仲間が、口を開いた。
「で、なんなの? 分かるように言ってよ! 私には全然分かんない!?」(慌てふためく脳筋美少女騎士)
「あのということはこれはなんのおにくなんでしょうかとてもおいしかったんですけれども」(目を丸くするメイド忍者)
「いいんじゃないのぉ、美味しいのは事実なんだからぁ」(割と投げやりな幼女魔法使い)
「ふふふ、魔王様の名にかけて謎はすべて解けた。見た目はヤンデレ、中身もヤンデレな……」(ヤンデレ爆乳魔王、ぎりぎり聞こえるぐらいの小声)
「ZZZZ……」(聖なる女神様、相変わらず聖水作成中)
その声を聞きながら考え込んでいた俺は、ふと顔を上げる。
その先には、店員の小刻みに震える白い顔があった。
俺は即座に決断する。
「おい、女神を起こせ!」
俺の仲間達が息を呑んだ。
「いやちょっと、それは拙いんじゃないの。ほら、ここは食べ物を出すお店なんだし」
獣耳女盗賊がさっきまでの冷静さはどこへやら、大慌てで制止するが俺は聞かない。
「駄目、はっきりさせておかないと」
「あ、何する気なのさ!!」
獣耳女盗賊が止めようとする中、俺はフォークを振り上げ――そのまま女神の右手に向かって振り下ろす。
「いったあああああああああああああああああああああいっ!!!」
女神の叫び声とともに、白く輝く巨大な
そして、店内は白い光に満たされた。
光が消えた時、店内のあちらこちらで人が倒れ込んでいた。
「うえ、身体全体から爽やかなミントの香りがして気持ち悪い。それに毛が全部ふさふさになっちゃったじゃない。服が苦しくて仕方がない」
獣耳女盗賊がもふもふになった姿で嘆く。
「あああ、まったくこの度を超えた息の爽やかさは、何度経験しても鬱陶しいな」
俺は見た目にも青白く写りそうな息を吐きながら、店員のほうを見る。
彼女はしくしくと泣きながら座り込んでいた。
しかも、印象操作魔法が解除されて、蜥蜴女の姿に戻っている。
「だからぁ、私は嫌だって言ったんですぅ。でも、店長が知り合いの頼みで団体予約を断れなくてぇ、それでなくても手に入りにくくて経営が危なくなるぐらいだった龍のしっぽの代わりに、私の尻尾を使おうなんて言い出すから、私、私――」
その場に泣き崩れた彼女の背中の向こう側には、それは見事な直径十五センチの尻尾が、一メートルほどの長さで伸びていた。
つまりは、二本分を使用したということだろう。
「これはひどいわ」
獣耳女盗賊が呟いたので、俺も同意する。
「ああ、まったくだな。食品偽装とは――」
「いや、そうじゃなくて」
獣耳女盗賊は俺を蔑むような眼で見つめた。
「躊躇いもなく女の子の手にフォークを突き刺すなんて、カズマはどこまでゲスなのよ!!」
「いや、それは女神様だから治癒魔法はお手の物ですし……」
「そういう問題じゃないのは分かるよね」
気がつくと、仲間全員が俺を取り囲んで、視線を俺に投げかけている。
「男の風上にもおけないな」(脳筋美少女騎士の険しい視線)
「あのということはわたしももしかしてやっていただけたりするのかもしれないということでしょうか」(目を輝かせるメイド忍者)
「マジ勘弁。めっちゃひいたわぁ」(と言いながら自分もそうした気な幼女魔法使い)
「むしろ我の世界ではご褒美であるな……」(熱い視線のヤンデレ爆乳魔王)
そして、
「分かっておろうな、カズマ。これが一体何を意味しているのか。手を噛む下僕には痛いお仕置きが必要であるな」(冷たい視線の聖なる女神様、というより女王様)
*
その後に起きた出来事について詳細に描写しようかと考えたが、あまりにも痛々しすぎて心優しい作者としては、これ以上書けない。
( 終わり )
これだけは知っておきたい異世界転生の新常識(これ新) 二 ~コンテスト出品用にサブタイトルつけようと思うんだけど、長いほうが目立つから有利なんだよね?~ 阿井上夫 @Aiueo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます