後編 果しなき流れの果に The Empire Strikes Back
「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」
――自衛官の服務の宣誓 自衛隊法施行規則(昭和二十九年総理府令第四十号)
西暦二二四五年四月十六日人類標準時午前五時、イギリス連邦星系プリデイン王室属領ハイランズ周回軌道。
「目標の数は?距離は?」
「幾ら本艦の
南部は目標となる“民間船舶”の諸元を主に報告する。だが、自分の報告内容に疑問があるようだった。
「艦長、うちの電測長が言ってますが、こいつら怪し過ぎますぜ。只の民間船舶がこんな近くまで我が艦のセンサに引っかからないはずが無い」
「先程の対航宙レーダーも、
「つまり、こいつは」と尾北が答えを言う前に、島副長が発言権を得る。
「――こいつは民間船じゃない。正真正銘の“艦船”。そして少なくとも友軍ではない。艦長、敵対的な目標に対する軍艦が取るべき行動とは何でしょうか」
部下の挑戦的な台詞に鼻を鳴らし、昨日艦内の酒保で購入したボールペンを服に収めると、尾北は今日一番の大声で告げる。
「――対航宙戦闘用意。電波輻射管制止め。
「教練」が付かない、つまりは実戦を意味する戦闘用意が下令される。本気でやるのかと、乗員達は戸惑う。
大和の主たる目である
「
南部砲雷長は自分の報告が信じられない様子だ。当然だろう。こんな宙域でこんな大規模な幽霊艦隊と遭遇すれば。光波センサの画像を解析した所、アマノカワ戦役で多用された民間船舶を改造した仮装巡洋艦に類似してる事がわかった。
「……テロリストだと? イギリス人は何を隠している。こんな装備を持ったテロリストが何処にいるんだ」
尾北は口を押さえながら、誰にも聞かれないであろう声で呟く。彼の関心はただ一つ、あの艦隊は誰を主人にしているのかという事だ。ハイランズの叛乱軍が航宙戦力を有しているなんて話は聞いた事がない。そんなものがあるなら、ハイランズで繰り広げられている内戦は別の様相を呈しているだろう。尾北の思考は、相変わらず空気を読みたがらない部下により、中断される。島副長が言う。
「艦長、今回の事例はやや強引ではありますが海賊退治に当たると思われます。西暦二〇〇九年に成立した海賊対処法の定義に従えばですが」
島副長は手元のコンソールで総務省の法令索引を呼び出し、上司に提示する。
「二百六十三年前の法律が現在も有効なのか?」
尾北は幹部候補生時代に叩き込まれた法令知識を呼び起こすが、脳内メモリーが埃だらけで読み込まない。
「宇宙における軍事行動に関する法整備はまだ殆ど進んでいません。この法律は時限立法ではありませんし、現在も有効である事を前提に考える他ありません」
「同法第七条に依れば、海賊対処行動には内閣総理大臣の承認と防衛大臣の行動命令が必要になります。しかし――」
島副長は、「その先を自分が言うのは憚られる」と言いたげに言葉を噤む。それに気づかない仲でもない尾北が先行する。
「今から文書を起案し、決裁を仰ぐ時間的猶予は無い。最悪の場合は、艦長である私が正当防衛及び緊急避難、武器防護の必要性を感じたからと強弁するしかない」
「――年金と防衛記念章を貰い損ねるかもしれんな。当該船舶に対し、警告を実施せよ」
艦内にどよめきが広がる。乗員達は提示間際に残業を命じられた新入社員のような顔で抗議の意思を示す。島副長が乗員の意思を代弁する。
「本艦の存在が露呈しますよ。相手は武装していると思われます。どうせ表沙汰にはされない事案です。ここは……」
「俺らは戦時が宣言されない限りは殺し屋じゃない。既にレーダー照射で存在は露見してる。直ちに警告を実施せよ。副長、命令を復唱しろ」
――たっく、普段はろくに仕事もしない昼行燈が。
島は内心そう毒を吐いたが、自分の属する組織の名と理念に人一倍敬意を払う男でもある上官が何を考えているかは理解できた。主人たる国民に自衛隊という組織は、愚鈍なまでに忠実に仕えている。その愚鈍さは「伊達と酔狂」と言っても良い。この男の生き様と同様に。島は言う。
「軍事的合理性をかなぐり捨ててでも、祖国が掲げる不合理に自分と戦友の生命と将来を捧げよ、と。宮仕えは辛いですな。直ちに警告を実施します」
島副長の復唱と同時に国際緊急周波数による警告が発せられる。内容はシンプルであった。警告文曰く「停戦しないなら殺す」。警告が発せられると同時に南部砲雷長が吠えた。その声は殆ど絶叫に近いものであった。
「
「正規軍の重巡洋艦並の主砲をお持ちとは、大したテロリストだな、畜生。
尾北艦長の指示に従い、大和は玉避けの儀式を開始する。乗員全員にこれが実戦である事を理解させる重力加速度を浴びせ、大和は回避運動を行う。自立式デコイが数十個単位で放出され、主人の身代わりを果たすべく彼らの目標に向かう。だが、ワンテンポ遅かったようだ。敵第一射が大和を襲う。着弾まで数分。大和の個艦防御火器は迫る敵砲弾九発の内、六発を迎撃する奮闘ぶりを見せたが、その役目を完全に果たし切る事は叶わなかった。
乗員全員が咄嗟に耳を塞ぎ、口を半開きにした。宇宙空間における戦闘でも、船体内で爆発が生じる可能性がある以上はこの祈りは有効だった。
――爆発、振動。
「電測長より報告します。敵砲弾は本艦後方五十キロで炸裂!」
「こちら応急指揮所。後方居住区で”浸水”。現在、火災発生中。消火剤散布を開始する。乗員は当該区域より退避せよ。繰り返す」
「敵第二射来ます。数は四。敵弾なおも近づく」
各所から上がってくる報告を聞きながら、尾北は自分の判断ミスを悔いた。
相手は仮装巡洋艦であり、良くて保有してるのは短射程のミサイルか、爆雷程度だと予想していた。だから警告もしたのだ。警告はこちらが圧倒的優位だからこそ出来る酔狂でしかなかった。そのはずだったのだ――
「右砲戦。
尾北は決断を下した。「反撃」である。我が方の火力を鑑みれば、それは屠殺と形容する他無い戦闘となるであろう。だが、これはイングランド人が愛してやまない決闘ではない。決闘者の無謀を諫める介添人はここにいないのだから。右の頬を打たれた以上は、相手の左の頬を金属バットで殴り返したとしても問題は無いはずである。史上最悪のユダヤ人詐欺師も言ってた事だ。
E主砲、四一式液体装薬併用式電磁投射砲(レールガン)に火が入る。
レーザー核融合炉が生み出すエネルギーが電力に変換され、高密度キャパシターバンクに注ぎ込まれる。数百個のコンデンサーが直並列接続したそれは、バンクの名の通りに膨大な電力を懸命に溜め込んでいく。統合電力配分システムは不要不急の艦内電力を全てをカットするように命じ、資源の最適化を図ろうとする。冷凍庫の食品が傷み始める。高密度キャパシターバンクは、それでも自分が預かる預金では精々数斉射分が限界だと人間達に伝える。尾北達にはそれで充分だった。圧倒的火力を以て、敵艦船を殲滅するという戦艦の本能が導くに従い、大和は人間達の殺意が示すままに自身の砲口を向ける。
「発砲!」
童顔の砲術士が主砲のトリガーを引く。と、同時に電気信号が主砲の射撃指揮装置に伝達される。四一式の薬室内に酸化剤と燃料剤が注ぎ込まれ、適切な混合比の「液体装薬」を形成。点火する。この液体装薬がまず初速を稼ぐ事になる。液体装薬に点火すると同時に、高密度キャパシターバンクから放出された大電力が砲弾を押し出すアーマチャ(電機子)と、砲身に流れる。ナノ秒という極短時間に放出された大電流は磁場の相互作用、ローレンツ力と呼ばれる力により、砲弾を極超音速にまで加速させる。
数万Gの加速にも耐えた砲弾内の誘導装置は、大和とのデータリンクから得た情報に従い、目標に向かう。 敵艦は
それどころか、砲弾を迎撃する為の自身の個艦防御火器の射線を狭めるだけに終わる。
大和の砲弾達は生涯最初で最後の遠足が終わった事を知ると、己の内臓をぶちまけた。砲弾に充填された数百キロの電子励起爆薬は、所詮は民間船舶から流用したに過ぎない敵仮装巡洋艦の船体を引きちぎっていく。
第一射で無力化した敵艦の数は五隻。まだ八隻以上が戦闘能力を維持していると推定された。続いて第二射。艦内に大振動が響く。
「四三式集束光砲の掃射なら、こいつらなんて一瞬なんだが……」
尾北はそう悔いたが、現在の大和が有する蓄電量ではもう一つの主砲である四三式集束光砲は使えない。
四一式液体装薬併用式電磁投射砲の発射速度は4発/分。諸外国の同クラスのそれが、1発/分である事を考えると驚異的である。敵艦隊も必死に砲弾の迎撃を試みてるようだが、四一式の投射量を前に成す術が無いようだ。一隻、また一隻と轟沈していく。
「
南部の報告に、尾北は訝しんだ。「逃げられると思っているのか?」と。残目標は小型艇を含めて三つ。第三射で全てが終わる。
「ト、トラックナンバー2399、2410、急速反転。本艦に向け、直進してきます。畜生、ラムアタックでもしたいのかよ」
「神風は俺らのお家芸だ。気に入らんな。第三射急げ!」
大和の第三射は、迫りくる二隻に至近弾を浴びせるも命中弾には至らなかった。推進と
「畜生、もう大戦争は終わったんだ!? 貴様らは何をしたいんだ」
尾北はコンソールを叩きつけ、吠えた。尾北の絶叫に連動したかのように、大和の砲弾がダブルブルを決める。大爆発。
「
「各班、被害を報告しろ。トラックナンバー2411、いや、小型艇はどうした」
「そ、それが忽然と姿を消しまして……」
「馬鹿な、もう一度再走査を……」
南部と島はお互い殴り合いを始めかねない剣幕で口を動かしている。混乱する部下達を尾北は一喝する。
「いい加減落ち着け。貴様らが浮足立ってどうする気だ。奴はターンパイク・クラックに逃げた。もはや追えはしない」
超光速航行を可能とする異次元空間、「ターンパイク」内の物体はどのようなセンサーでも捕捉する事が出来ない。だからこそ各国海軍は安全保障上ウィークポイントとなる自国周辺宙域のターンパイクの観測に躍起になっている。
「この半径数万キロ内にターンパイク・クラックは存在しないはずでは……?」
「あの性格の悪いブリカス共が素直に軍事機密の宙域図を俺らに渡すと思うか?ましてや自分の庭の」
「納得しました」
問題は何故あの幽霊艦隊はターンパイク・クラックの存在を知り得たか、である。尾北はそれ以上は考えるのを止めた。
推測に推測を重ねても生まれるのは憶測でしかない。
ようやく本体である眼鏡が顔から消えてる事に気づいた島副長が、罰悪そうに眼鏡を掛け直す。南部砲雷長は持病の過呼吸の発作を起こしかけていたようだが、沈静化したようだ。二人の部下が平常モードに戻ったのを確認すると、尾北は全艦に告げる。
「――攻撃止め。主砲攻撃止め。対空戦闘用具収め」
太平洋戦争終結から今年で三百年。日本国再建初の国権の発動たる武力行使はこうして終結した。尾北艦長は、戦闘配置の解除を命じた。とはいえ念の為に哨戒第一配備は維持したまま、目的地であるプリデイン王国へ向け再出発した。
「艦長、少し宜しいですか?敵艦は本艦に撃沈される前に何処かに平文を発していたようです」
気弱そうな電測長が話しかけてくる。手にはメモが握られている。尾北は、興味なさげに電測長に尋ねる。
「内容は?」
「”我らは宇宙という名の大海を越えて必ず蘇る。真の国王陛下に乾杯”」
「……何かの暗号か?」
「わかりません。後で島副長にも聞いてみますが……」
「いや、やめとけ。私が処理する。あいつも消耗しているからな」
「有難う御座います。では」
尾北は、電測長のメモをポケットに突っ込んだ。何にせよ一仕事終わったのだ。今はとにかく寝たい。艦長室に仮眠に行こうとすると、南部砲雷長が呼び止めてきた。新たな目標を探知したと言うのだ。
「敵ではありません。……友軍でもありませんが。HMSアンドロメダ、電子偵察艦です」
「王立海軍の艦艇が今更何の用だ。騎兵隊なら間に合ってるぞ」
「相手もそのつもりのようです。本艦からの呼びかけにも応じようとしません」
尾北は察していた。今回のプリデインの思惑を。
幽霊艦隊の掃討はあくまでもオマケに過ぎない。彼らの本当の目的はこの「大和」の戦闘能力を推し量る事にあるのだ。日本という国家が果たしてこの宇宙で繰り広げられるパワーゲームにどのような影響を与えるのか、もしくは与えるつもりなのか。
それを考えるのに「大和」程適した観測材料もあるまい。あそこで「大和」が沈んでも、それもまた観測結果という事なのだろう。
「艦長、例の太っちょ第一海軍卿より通信です。”ご苦労だった。礼といってはなんだが、貴艦を今月開催の国際観艦式に招待したい”との事」
島副長は完全に無表情で呆れすら顔に出さずに、淡々と述べた。もはや尾北と同様に仮眠する事しか頭に無いのであろう。
「いきなりコロッセウムに放り込んだと思ったら、今度はパーティ会場でピエロをやれというわけか」
尾北は「謹んでお受けする」と返答するように命じると、艦長室に直行した。
艦長室は艦内で一番広い私的空間だが、あるのはベットのみと睡眠以外の目的ではまず使われない部屋だ。
綿100パーセントの布団に体を包め、顔を枕に埋めた尾北は一言呟いた。
――イギリス人の性根は今も変わらず腐ってるらしい。
航宙護衛艦「大和」は宇宙を舞う~はじめてのおつかい~ 枢密院勅令 @wata0118
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