第47話 カミングアウト
俺達除染作業員にとって、仕事が終わった後の楽しみは夕食に尽きる。
別に宿舎の食事が取り立てて美味しくてと言うつもりはない。特別美味しくなくても他に楽しみのない俺達には、料理に対する不平不満を言いながらも一日の内で一番待ち遠しい存在なのだ。
いつも一番乗りしている俺だが、その日は少しだけ出遅れた。夕食は六時からなので、それまでの間テレビでニュースを見ていていると、気付いた時には既に六時になっていた。
食堂に行くと、いつものメンバーが俺より先に食事をしている。俺の指定席の向いに橋田さん、そのとなりに浜田さん。俺の指定席は空いていたので当然のごとく、そこを確保する。
先に誰かが座っていたら仕方がないないのだが、やはり座りなれた席は落ち着いて居心地が良い。
浜田さんは早くに食べ終えて、さっさと部屋へと帰っていった。俺はというと昔は早食いだったが、今はめっきりと遅くなっている。
小学生の頃はクラスで一・二を争う早食いで、元気に運動場へと飛び出していたものなのだが……。しかし今では奥歯が殆んどなくなり、前歯でしか噛めないため人と早食いを争うことを諦めている。
そのうちに橋田さんも食べ終えたのだが、何故か橋田さんはなかなか席を外さなかった。少し不思議に思いながらも、俺はマイペースで食事を続ける。
橋田さんは何か躊躇する様子を見せていたが、やがてぼそぼそと俺に話しかけてきた。
「松田さん、実は俺、前職は神奈川のスーパーで精肉の仕事をしていたんですよ」
橋田さんは岡山出身なので、恐らく転勤で行っていたのだろう。俺も以前は大手スーパーに勤めていたことがあるので、そのあたりのことは察しがつく。
「そこでモンスターネイバーによる酷い嫌がらせを受けてね」
「えっ、嫌がらせですか?」
「そう、家の玄関にゴミを撒き散らかしたり、卵をぶつけたり、挙げ句のはてには車のタイヤをパンクさせられたり……」
「それは酷いですね」
「それで警察にも相談しながら度々抗議をしていたんだけど、逆に嫌がらせがエスカレートしていって……」
橋田さんはその時のことを思い出したのか、苦渋の表情をしている。
「結局、自分を押さえきれずに、ついかっとなって手を出してしまったんだ」
「えっ、殴っちゃったんですか?」
話の急展開についていけず、俺は思わず大きな声で叫んでしまった。
「当然のことだけど警察がきて、書類送検されてしまって……」
「書類送検ですか……でも悪いのは相手の方ですよね」
「その中には相談をしていた顔見知りの警察官もいて、同情はしてくれたんだけど、やはり手を出してしまったのではどうしようもないよな」
橋田さんは自虐的にそう言った。
明るく温厚で控え目な橋田さんにそんな過去があるなんて、俺には想像も出来ず戸惑うばかりである。
「書類送検されたことで会社も辞めざる得なくなって……」
「会社もですか……」
「それで結局、今ここにいるってことなんだ」
橋田さんはそれだけ話すと、何かスッキリとした表情になり「じゃあ、また明日」と言って席を立った。
思わぬ橋田さんのカミングアウトだったが、ここに来る人は俺も含めてそれぞれに何等かの事情を抱えているのだなと、改めて痛感した次第である。
初めての除染作業員 大木 奈夢 @ooki-nayume
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