自主企画参加作品『五人戦隊ゴニンジャー』

西木 草成

さてみなさん、ヒーローショーのお時間です。

「さぁ、みんなで呼んでみましょう。せぇのっ!『ゴニンジャーァッ!』」


 アナウンスと同時に、ステージの上で激しい火花と煙が巻き起こる。その衝撃に怪人が慄き、観客の視線は釘付けになる。


 奥のカーテンからヒーロースーツに身を包んだ五人組が華麗にステージの真ん中へと飛び出てきた。


「情熱の赤っ! 灼熱の炎がお前の邪悪を燃やし尽くすっ! ゴニンジャー」


 レッドっ!


「純粋の青っ! 浄化の水があなたの邪悪を払いのけるっ! ゴニンジャー」


 ブルーっ!


「電撃の黄っ! 見えない疾さで邪悪を翻弄するっ! ゴニンジャー」


 イエローっ!


「暴風の緑っ! 荒れ狂う風の力で邪悪を封じますっ! ゴニンジャー」


 グリーンっ!


「漆黒の黒っ! 正義の色で貴様ら邪悪を染め上げるっ! ゴニンジャー」


 ブラックっ!


「「「「「5人合わせてっ!」」」」」


 5人戦隊っ! ゴニンジャーっ!


 湧き上がる歓声、興奮し紅潮した子供達、目の前の怪人に放つ技に驚愕の表情を浮かべる観客、写真、ビデオによってその勇姿は撮られる。


 しかし


 現実は、世知辛い。


「さぁ、みんなでゴニンジャーを応援してあげてっ!」


 .....


「さぁっ! みんなで一緒に必殺技を言おうっ! せぇのっ!」


 .....


 演技終了。


 観客数。本日も0人


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おいイエロー、今日の殺陣はなんだ?」


「いや....ごめん」


「ごめんで済むかこのアホッ!」


 待合室、というかプレハブでできた簡単な部屋の中では言い争いが起きていた。そして、その言い争いはプレハブの薄い壁を通して外まで響き渡っていた。


「まぁまぁ、落ち着いてレッド」


「黙ってろブラックッ! こいつは前のステージでも同じ間違いをしやがって。先頭に出てる俺が迷惑なんだよっ!」


 レッドと呼ばれた男は机を叩く。そしてそれに反応するようにしてイエローは体を震わせた。後ろではアワアワしているブラックがレッドをなんとかさせようとしている。


 そして、そんな最悪なタイミングにプレハブの扉がノックされた。


「ちょっと、また喧嘩してるの? レッドとイエローは」


「ごめんなさい....こんな時に」


 部屋に入ってきたのは先ほどステージの上でブルーとグリーンのヒーロースーツを着ていた女性の二人だった。どうやら外で響いていたイエローとレッドの会話を聞いていたらしい。


「レッド、戦隊ではリーダーかもしれないけど、あんた何様よ。あんただって怪人の攻撃二回くらい当たってたじゃない。あんたも同罪よ」


「っ!....あぁっ! もう帰るっ!」


 レッドが部屋に掛けてあった革のコートを手に取りプレハブの扉へと向かう。そして、いかにも不機嫌な足音を立てて外へと出ると壁を通してバイクの爆音が響いた。どうやらレッドはバイクに乗って先に帰ったらしい。


 そしてその音を聞いたブルーは深くため息をつき先ほどまでレッドが座って説教をしていた椅子に腰をかけた。


「フゥ....まぁレッドの言い分もわからなくはないがな。イエロー何かあったか?」


「え....まぁ、はい....」


 先ほどと変わらず、イエローはレッドに説教をされていた場所に突っ立っていた。その両手は固く結ばれ微かに震えている。


「オーディションにまた....」


「落ちたんだな」


 イエローが答え、ブルーが理解をする。


 そう、この戦隊を行っているのは全員バイトであるということに変わりはないが、目指しているものがもう一つの共通点であるということもある。それは俳優であったり、女優であったりだ。


 年齢も様々、例えばイエローは現在28歳であり、ブルーは35歳とこの戦隊の中では一番年上だった。そして一番若いのはブラックの20歳。それぞれ夢に描いているのは、こんな小さい遊園地でやる小さいショーではなく、テレビ番組で行うような映画、ドラマ、そして立派なホールで演技を行う役者を目指していたのだ。


 そして、イエローがオーディションに落ちるのはこれで記念すべき30回目だった。


「いちいちそんなことで気が抜けているようじゃ役者は務まらないぞイエロー。役者というのは常に平静であり、その与えられた役を演じるものだ」


「はい....ですが....」


「なんだ、まだあるのか?」


 イエローの表情は未だに暗い。その様子にはブルーのみならず、周りにいたブラック、グリーンも気づいていた。


「その....俺、役者目指すのやめようかなって....」


「えっ!? イエローさん、役者やめるんですかっ!?」


 その回答にブラックが反応する。グリーンは口に手を添え、ブルーはただただその独白をジッと見つめていた。


「なぜだ?」


「田舎に帰れって、親から....元々才能なんてなかったですし、今回の結果で終わりにしようかなって....」


 イエローは顔を上げない。しかし、その固く結ばれた両手の震えはわずかに大きくなっているのがわかった。


「....そうか、諦めるか」


「....はい」


「ならいい。それはあんたの自由だ、止めもしないしな」


 その回答を聞き、ブルーは立ち上がりプレハブの出口へと向かう。そして、プレハブの中には静寂が訪れた。


「イエローさん。あの....ゴニンジャー辞めるんですか?」


「そう....なるかな」


 沈黙を破ったのはブラックだった。イエローのそばに近寄って、今にも泣きそうな顔でイエローの顔を覗き込んでいる。


「そんな....今まで5人で頑張って来たじゃないですかっ」


「もういいんだよ、僕はもう疲れたんだ....ごめんな」


 イエローは椅子にかかっていた自分の服を手に取りプレハブの外へと出る。そして、プレハブの中はブラックとグリーンのみとなった。


 この戦隊の中では一番若い組み合わせだ。


「イエローさん....やめるんですね....」


「ハァ....自分も、あぁなるのかな....」


 ブラックとグリーンは互いの顔を見ないで話をする。そもそもこのバイトを行っているのはスタントマンの練習になるから、大勢の観客に見られるという緊張感を味わえるからという理由からだった。しかし、現実は違かった。


 元々人が来ない遊園地、そこで行うヒーローショーに人が集まるわけもない。スタントマンの練習とは言ってもただ怪人の遅い攻撃を避けるだけの簡単な殺陣。正直何度もやめようと思った、しかしそれ以上に五人でいることが大事になっていたのだ。


 5人でヒーローを演じるのことに喜びを覚えていたのだ。


 しかし、夢は簡単に壊れる。


 その夢が5人を引き裂いたのだ。


「グリーンちゃんはオーディション何回落ちた?」


「2回ですかね....」


「もう諦めたい?」


「いえっ! そんなことは....」


 その言葉が詰まる。


 夢なんてものは簡単に崩れるというのは知っているつもりだった。しかし、なぜこんなにも苦しいのだろうか。知っているつもりだったのにだ。


 ブルーは一体何度夢に裏切られたのだろう。


 レッドは一体何度夢に裏切られたのだろう。


 イエローは一体何度夢に裏切られたのだろう。


「ブラックさん、何回落ちました?」


「俺? 俺は....4回かな....」


「そうですか....」


 スタントマンになるのが夢でさ。


 ここの小さなプレハブで、五人が顔を合わせて夢を語り合った。スタントマン、女優、俳優、役者、それぞれがなりたいもの、共通して語り合える仲間がいた。


 全員が叶うと信じていた。


「グリーンちゃん、まだ戦隊続ける?」


「はい、それは....誰も見てくれませんけど....いつか、誰かの目には止まってくれるって....信じ....たい、です」


「うん、だよね....」


 そう、『いつか』とか『きっと』という言葉、それが夢を諦めさせてくれない。でも自分たちはまだ若いからそんなことが言えるのかもしれない。イエローはきっともうそんな『いつか』や『きっと』が来ることを諦めたから、ここを離れて行く決断をしたんだろう。


「じゃあ、頑張るか。四人でやるわけにはいかないしね」


「イエローさんを....説得するんですか?」


「うん、もう一度頑張ろうって」


 ブラックは立ち上がり、プレハブの外へと向かう。


 『いつか』は今はやってこないけど、必ず、諦めなければやってくるってことを伝えに行くために。


 そう、諦めなければ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「さぁ、みんなで呼んでみましょう。せぇのっ!『ゴニンジャーァッ!』」


 アナウンスと同時に、ステージの上で激しい火花と煙が巻き起こる。その衝撃に怪人が慄き、観客の視線は釘付けになる。


 奥のカーテンからヒーロースーツに身を包んだ五人組が華麗にステージの真ん中へと飛び出てきた。


「情熱の赤っ! 灼熱の炎がお前の邪悪を燃やし尽くすっ! ゴニンジャー」


 レッドっ!


「純粋の青っ! 浄化の水があなたの邪悪を払いのけるっ! ゴニンジャー」


 ブルーっ!


「電撃の黄っ! 見えない疾さで邪悪を翻弄するっ! ゴニンジャー」


 イエローっ!


「暴風の緑っ! 荒れ狂う風の力で邪悪を封じますっ! ゴニンジャー」


 グリーンっ!


「漆黒の黒っ! 正義の色で貴様ら邪悪を染め上げるっ! ゴニンジャー」


 ブラックっ!


「「「「「5人合わせてっ!」」」」」


 5人戦隊っ! ゴニンジャーっ!


 湧き上がる歓声、興奮し紅潮した子供達、目の前の怪人に放つ技に驚愕の表情を浮かべる観客、写真、ビデオによってその勇姿は撮られる。 


 しかし


 現実は、世知辛い。


「さぁ、みんなでゴニンジャーを応援してあげてっ!」


 がんばれーっ! ゴニンジャーっ!


「さぁっ! みんなで一緒に必殺技を言おうっ! せぇのっ!」


 チャレンジャーっ!


 演技終了。


 観客数。本日は3人

 

 ヒーローは、諦めることはしない。


 そこに勝利があるのならば。


 何度だって立ち上がる。


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