第4話
一学年の生徒には家庭科室で「待機」命令を出してから連絡通路を渡り隣の棟へ向かう。3階から渡ったため3年生の教室がある。そろそろ本当なら授業が始まって五分以上は経過している。だがチャイムがならないということは職員室の機能が完全に停止してしまっているということだ。余り死人を出したくない故、持ちこたえてほしいものだ。ま!本音を言うと・・・糖分切れそうだから早く帰ってDATTEパンダのマーチを食べたい。
だが、俺の思考は3年生の教室を見ることによって1割ほど薄れていた。
カツカツと小刻みに聞こえる高い音。チラッと聞こえたのは椅子が床と擦れあった時のあの独特の音。そして、クラスからはいくつか話し声が聞こえる。
俺はこの音に違和感を感じない。恐らく明日の確認と先生の激励の言葉を最後の授業に受けているのだろう。・・・うん?授業?・・・。
途端、自分でも分かるくらいに顔を蒼に染めてしまう。その場でしゃがみ込み、頭を抱える。流石にそろそろ真面目にやらなければ。
今俺は1年生が隔離されてる場所に行ったんだよな。誰に1年生は隔離された?勿論、侵入者だ。だが3年生は何も無い。これがもし2年生も同様だったなら・・・考えるとしたら、
・1年生のみに用がある。その場合はその用は俺。もしくは他の誰か
・1年生ではなく2棟と職員室のみを狙った犯行
・2、3年生もグル
だろうか。ラストは違うと願いたい。が、除外することも出来ない。・・・。しゃーない。1年生にしか用がないと言う事で進めていこう。平塚先輩も特に何も言ってなかったし。初めての状況でここまで冷静の俺に自分でもビックリするが、今は桜咲と遥香を優先するべきと判断した。
その後、2年生の教室も見たがそちらも生徒教師どちらも無事を確認した。残すは、職員室のみ・・・そして、恐らく2人もそこに。
という訳で、やって来ました職員室。道中?歩く、殴る、拘束。流石に飽きた。終わらそか。
廊下には誰も居ないと確認してから足音を立てずに職員室まで向かう。後ろのガラスになってる所から中を覗いてみると・・・。手足を縛られ、口元をガムテープで押さえられている桜咲と遥香が・・・何て光景はなかった。そこには侵入者が一括りに縛られ、恐らく警察に電話を掛けているであろう桜咲とその隣に立っている遥香。2人とも後ろ姿で表情は伺えない。
要らぬ心配だったか。そう思いながらドアを開けた瞬間。細い、蛇のようきしなやかな黒い何かが飛んでくる。概ね予想通りだったが、やはり攻撃を飛ばしてきた。目で追うのもギリギリな細い何かを思い切り木刀で受け流す。その時にその細い何かの正体が鞭───さらに詳しくいえばブルウィップ型の鞭───である事を確認してから、その鞭を今度は足で押さえ、連撃を防ぐ。
「俺だ、桜咲」
「え、え?あ・・・ご、ごめん!」
鞭と同時に振り向かれた顔に俺はそう言った。するとその鞭の根源である桜咲は一瞬驚きの顔を見せた後、自分の手元のグリップを一瞥し、すぐに自分のした事に気づき、少々顔が赤くなりながら慌てて鞭を戻そうとする。が、それは俺が足で踏んでいたため1回グッと引っ張られ桜咲は体重が後ろに俺はその反動で体勢を崩し、足が鞭から離れる。鞭がシュルルと音を立てながら持ち主の所まで戻ったのはその直後だった。
数秒の沈黙が続いたが、俺の頭の中には疑問がポポポンと弾けているため、恐る恐る2人に聞いてみた。
「今に至るまでの経緯を聞いても?」
すると、落ち着きを取り戻した桜咲が小さく頷いて答えた。
「うん。昼休みの最中に変な人達が来てから・・・家庭科室に皆連れていかれて、少しの間はそのまんまだったんだけど、急に人質を2人選べって言われて・・・」
そこで1度一拍置いてから続けた。
「私達になっちゃって。そこからここまで連れてこられたんだけど・・・。さっきの私のアビリティの『鞭』で全員薙ぎ払った後──」
そこで今まで俯いていた遥香の方に視線を投げる。その表情は・・・重くはないみたいだ。
「遥香ちゃんの『融合』っていうアビリティで敵を拘束って訳だよ」
「融合?」
「うん。どうやら色んなものをくっ付けたり出来るらしいよ。勿論、自分でくっ付けたものは分離させることも出来るって」
「必要以上の回答、ありがとさん・・・それにしても、お前、案外冷静だな」
そこで一瞬ピクリと肩が動いた気がしなくも無かったが、今は無視することにした。
「こんな時に1人でも冷静な人がいて欲しいってなった時に、自分がなるしかないと思ったし。それに・・・遥香ちゃんが隣にいてくれたからかな」
後半の言葉の意味をボッチの俺は微塵も理解できないが、遥香が桜咲の方を見て微笑んだ事から別に悪い事ではないという事が分かった。そして、やっと頭の中で今の状況の整理が終わった。
「なぁ、この職員室には指揮官的なのは居なかったのか?」
「指揮官?うーん・・・皆マスクみたいなの付けてたから顔は分からなかったけど、自分から動く事をしなかったから恐らく指示を聞く側だと思うわ」
なる程な・・・。て事は奴らの一時的拠点は職員室では無いのか?それとも・・・
「2人が職員室に来たのは何時頃だ?」
「詳しくは分からないけど、5分は経過しているはずよ」
それとも、指揮官自ら動いているのか?5分・・・5分・・・。指揮官がもし強いやつだった場合・・・体育館に行ったのか?そして、もし完全奇襲の状態で先生達に攻撃を仕掛けたら?ここから体育館まではすぐだ。2人と入れ違いでもし体育館に向かったら、そろそろ帰ってきてもおかしくないはず・・・。
「・・・・・・っ!来るっ!」
その俺の声と同時に職員室のドアが開かれた。
───っ!?
「へぇぇ、よく避けたじゃん」
危なかったなぁ・・・。
こんな状況でもこんな軽いことが言えるのは冷静なのか、はたまた危機感がないバカなのかは自分でもわからない。
ドアが開いたと同時に人が来たのは分かった。今俺にナイフのような短剣のようなもので斬りかかり、それが俺が避けたのも分かっている。過程が、分からない。桜咲と遥香は俺の「来る」の掛け声で屈んで教員の机の下に入ったらしい。俺の扱い、分かってんな~。・・・いや、分かってないか。ま、今は敵に集中だ。
ドアにいるのは完全に黒のマントで全身を隠した長身の奴。俺の前にいるのが白髪の細身の奴。
先程の速さの原因、どちらか、又は両方のアビリティなのだろうが・・・。断定は、まぁまだでいいか。だが、俺に攻撃してきたのは幸いと言っていいだろう。遥香に気付いて攻撃したら間違いなく一太刀入っていただろう。桜咲は・・・正直、未知数なんだよな~。本心なのに、本当じゃないと言うか、なんと言うか・・・取り敢えず、俺で良か───
───ヒュオンッ!!
白い方のナイフがまたも俺の居た場所で空を切る。勿論、移動動作は一切無し。まるで楽しんでるようにナイフを振っている。出来れば桜咲と遥香はそのまま気付かれずにやり過ごしてほしい。
───ヒュンッ
この攻撃で俺は数歩後ずさる。奴のアビリティは大体分かったが、無償で、となるとなかなか面倒だ。
「面白くなーいなー」
白い方は、そう言うと、ナイフを背中の鞘にしまった。
───そして
予備動作なしに取り出されたであろう銃が向く向きは、俺、ではなく。
丁度、遥香が隠れているところだった。銃弾が飛んできたら貫通して、遥香に当たってしまう。
木刀で───
───
っ!?間に合わない・・・。
木刀で撃ち落とせないなら・・・!
「っく!」
俺は差し出した右手で銃弾を受け止めた。激痛が走り血が吹き出るが、歯を食いしばる。
「優人君!」
銃音に気付き桜咲と遥香が思い切り立ち上がり俺の前に出ようとする。それを待っていたかのように白い方は更に2発銃弾を走らせ、俺たちに迫る。1歩先に前に出ていた遥香をまだ大丈夫の方の左手で制し、後ろに下げ、1発は俺の左頬を掠め、もう1発は右肩に思い切り当たる。こんな状況でも右に運がないなと思えるのはまだ余裕があるのか無いのか。その時、右から先程見えた鞭を白い奴に向け、振った桜咲がいた。白い奴はそれを適当に交わした後後ろの黒い奴に向けて視線を飛ばしたあと、また俺たちに向き直り、
「多対1は嫌いだ。また会えりゃいーなー」
「っ!ま、待ちなさい!」
───
───
「すぐ追いかけてくる!」
「待て桜咲。深追いは危険だ。それに奴はもうこの近くにいない。被害を拡大させるより、今は生徒の保護が優先だ」
走り出そうとする桜咲に俺は声を出し、抑えた。顔はまだ不安が残っているが、納得はしているらしい。それにどうやら俺の傷も気にしてくれている。
「すぐに止血するね」
すると桜咲はまるでサバイバル術を習っていたかのような手捌きで2箇所の傷口を桜咲のハンカチと印刷機の上にかかっていた布で巻いた。やっぱハンカチは洗って返さなきゃいけないんか。そんなどうでもいい事を考えていると、すぐ左で今度は嗚咽が聞こえてきて、桜咲から視線を外し見てみると、目頭に涙を1杯に浮かべた遥香がいて
「ごめ、ごめんなさいデス・・・」
と何度も繰り返している。どうしたもんかな。
「私が、勝手に動いちゃったり、助けようと、して、邪魔、したり・・・」
聞くのも嫌だ。俺は声を出す代わりに左手を頭に乗っけた。
「その考えはいけないな。お前が動こうとしたのは『助けようとした』からだろ?なら何も問題もない。俺が友達を作れって言ったのは、その上辺だけの関係を友達と言うなって意味でもあるんだ。」
「で、でも・・・」
まだ抵抗したげな顔と思い当たる節があるのか、何も言おうとしない顔、両方見せてくる。俺はできる限り優しく言うように心がけた。
「反射で人が動く時、もしくは自分が危機的状況に陥った時の行動はその人の心理を表してんだよ。お前は反射で俺を庇おうとした。上辺所か何の関係もない俺の事を。俺はその気持ちさえあれば大丈夫だと思うんだ」
久し振りにこんな喋ったなと思う反面、結局俺は何が言いたかったのか、自問してしまう。
助け舟を出したのは桜咲だった。
「優人君が言いたいのはね、遥香ちゃんは優しいからこれからも優しかったら自然に友達ができるから条件達成だよ。って言いたかったんだよ。そうだよね?優人君」
桜咲は最後に俺に向けて笑顔を送った。
「間違ってはない」
何か少し気恥しいな。
「じゃ、じゃあ、一緒にいてもいいデスか?#友達__・__#になってもいい、デスか?」
「勿論だよ遥香ちゃん!」
遥香の言葉に桜咲は元気よく返事をする。遥香はいつもの無邪気な笑顔に戻っている。第一目標達成か。しかし、この戦いでは敵にも、味方にも疑問が増えていくばかりだ。ひとしきり笑い合った桜咲は俺の方を向いて
「多分、指揮官らしき人もどこか行ったなら他の部下も居なくなったはずだから、私は一通り校内を回ってみる。遥香ちゃんは優人君を病院に連れてって」
「了解デス!行くデスよ。#優人さん__・__#!」
「ちょっと待て、何だよ『さん』って。同い年だろ」
「尊敬する人だからデス!」
尊敬?俺いつの間にか尊敬されてたの?いつ?いつ?と頭の中でグルグルしていたが、1度それを思い切り止める。病院と言ったな。
「なぁ、病院行くなら、俺がいつも行ってるところでいいか?ここからそんな遠くないし」
「ではそこに行くデス!」
桜咲と遥香は何故かこんなことが起きた後でも元気だが、他の人達はどうなんだろうな。そんな一抹の不安を抱えながら二手に分かれて行動に出た。
早朝4時に体育館ステージ裏に居るのはこの日本の中で俺だけだろう。
平日ではあるが、学校はない。原因は言わずとも昨日の襲撃事件である。桜咲が警察に連絡した事から今日のニュースや新聞ではこの事件が取り上げられることだろう。学校の前にはKEEP OUTと書かれているテープと警官が立っていた。侵入するのは簡単だが、見回りが来ないかが心配である。
ふと右側を見る。何回か体験しているとはいえ、銃弾を受けて、1日で傷口が塞がるのは違和感しか感じない。右手に左手を重ねて、昨日の痛みを思い出していると、人の気配を感じた。と同時に体育館ドアが開く。来た来た。体育館に入ってきたのは2人組の男で片方は何かを抱えている。バレないように目を凝らし、念のためその物体を観察する。が、まだ夜が明けていないため、見えるのは赤い小さな明かりが見えるだけで、他は確認ができなかった。ものを抱えている方はその場でしゃがみ、もう1人は立ったまんま。
そろそろ、行けるかな。
壁に手をかけ、体育館のブレーカーを全てオンにする。途端に視界がクリアになり、目を細める。2人の動きは明るくなった事で、俺の予想通りの行動に出る事を祈る。ふぅと息を吐き、木刀を左手でギュッと握る。すると木刀もそれに呼応するかのように先端が小さく光る。この現象は普段から手入れを怠らず、磨き続けたからだろうか。それとも本当に木刀に#意志__・__#が詰まっているのか。こんな時にでさえ過去のあの一幕を思い出してしまうが、意識してその思考を停止させる。敵は───
───
こう来る!1本の木刀とナイフが絡み合う。
「何でテメェがいるのかは知らんが、取り敢えず消え失せろ」
昨日の白髪の奴は薄気味悪い笑顔を浮かべ、これ以上喋る気は無いと言うかのように更にナイフに力が込められる。あと6回───
───
今度は俺の真横に移動しており、こめかみ2センチからナイフが振り降ろされた。それを脱力して頭上を通過させる。バランスの崩れた所で木刀を振るう───
───
がそれも難なく避けられ、それどころか後ろで迎撃体制に入っていた。前に重心を預け、前転の要領で転がる。その一連の動作でステージへと完全に体を出し、俺は目線だけを黒い奴に向ける。
ビンゴ・・・
無音の独り言により今度はこちらが笑みを浮かべる番になる───
───
今度は迎撃ではなく先程、物体を設置していた場所に戻っていた。1回無駄したのは嬉しきかな。
「所詮、そんなもんか。『時間をずらす』アビリティは」
俺の嘲笑に白い奴は愚かにも過敏に反応した。が、言葉は発さなかった。ま、ワンランク上のチンピラってとこか。組織は巨大でも中身はスカスカだ───
───
「っと」小さく掛け声を出してしまったが、投げられたナイフは避けられた。次───
───
は後ろからくる!
その勘はどうやら的中したようで、見事に相手は空振り。
「逃げんなよ?あと1回しかアビリティが使えないからって」
バックステップで距離をとった白い奴はこちらを睨みっぱなし。その目から読み取れる事は
「いつ、何で、気づいたかって?」
・・・。どうやら本当に喋るのが嫌いな白い奴らしい。
「次で終わりだ」
今度喋ったのは黒い方だ。コッチは幾らか喋れそうだ。喋れる、と言うより頭が切れるやつっぽいな。
黒い奴は白い奴と目を一瞬合わせた。
終わるのはどちらかな、と無言で答えた後グググッと足に力を溜め、奴が最後の技を繰り出すより速く、白い奴の前方50センチに移動し、先程の空振りより1段階ギアを上げ、薙ぎ払うように振るう。勢いよく頬に当たった白い奴は横に吹っ飛び、壁に激突し、首をガクリと下げる。
「今なら聞きたい事何でも聞いていいぜ?」
先程の嘲笑を繰り返し、表情の伺うことの出来ない黒い方に向きなおす。
「・・・傷は」
「治療した」
・・・。沈黙は、もう無し、か。
「逃げてもいいんだぜ?今なら見逃してやるよ」
黒のマントの中から鋭い目がギラギラとこちらを凝視しているのが分かる。
「その代わりにお前らのボスに伝えとけ。「自分達の身勝手で、一人仲間を失いました」ってな」
奥に見える目が微かに歪む。バサッとマントを#靡__なび__#かせ、出ていったのはその数秒後だった。
「・・・その程度で調子に乗るなよ。Mündungは、お前を許さない」
その言葉を残して。
「(Mündung・・・ドイツ語で<銃口>)」
思ったより、組織は巨大そうだ。世界大戦にならずに穏便に済ませたいものだ。
結局、奴らが持って来ていたものは予想通り、爆弾だった。解除は簡単にできたし、撤収する・・・前に。この白い奴どうしよ・・・。そうか、生徒を安心させる為にも主犯格をこいつ一人にして、捕まったと報道させればいいのか。そこら辺に「自首します」とでも書いておくか。
卒業式は一連の騒動が起きた1週間と少し経ってから行われた。それまでは学校も休みだったし、卒業式が行われた後は、すぐに春休みとなった。保護者からの信頼がかなり下がると思ったが、主犯が逮捕された事や負傷者が俺を除くと教師だけという事、取材に対しての教師の熱い説得の事もあり退学するものは50人を超えなかったという。
偽心 ノア @asaaannnn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。偽心の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます