第9話
百合子は泣いた。今まで体験したことがないほど涙が出て、蘭も一緒に泣いて、駄々をこねた。近所の人たちがみな見ているなかで、父にぶたれようとも、蘭を抱きしめて離さなかった。
それでも、蘭はいなくなった。
後日届いた手紙には、噂を気にしてではないと書かれていた。事件の前日に夫が訪れたのは、彼女を迎えに来たからだった。彼は本当に蘭を愛していた。
(よかった)
百合子は手紙を抱きしめ、蘭の喜びを分かち合おうとした。
夫からの申し出にわがままを言い、一日だけ猶予をもらった彼女は百合子に吉報を伝えようとしていた。しかし、事件が起きてしまったのだった。
彼女は夫とともに英吉利に旅立った。手紙はそこから送られてきたもので、言葉もすこしずつ学んで話せるようになってきているようだった。
「アソウさん。アソウユリコさん」
ミセス・マアガレットに呼ばれ、百合子は採点を終えた答案用紙を受け取りに行った。
「アソウさん、満点ですよ。最近、よく頑張っています」
「やりたいことができたので」
「やりたいこと?」
「ええ。私、英吉利に行きたいんです」
ああ、それなら、とミセスは微笑んだ。
「もっと勉強しなくてはいけませんね。そうしたら、きっと夢叶います」
「はい」
百合子は元気よく答えた。
遠い国に行った友人に想いを馳せる。
五年後か、十年後か、深緋色のワンピイスがちょうどいい大きさになるくらい成長した自分が、鳶色の髪を持つ美しい女性と肩を並べて、英吉利の街を仲良く歩く姿。
それはなんて美しい夢だろう。
キャラメルキッス 音水薫 @k-otomiju
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