第2話 ミケ猫議長

 雪で混乱する東京、2月。人間たちの関心は専ら交通機関の遅れやスリップ事故など日々消費されていく情報にありました。本当に大切で、大変なことが同時に進んでいることを知る人間はまだおりませんし、そのような貴重な情報が人に知られることもありません。「このままだと東京は間違いなく消滅してしまう」ウィーさんは大きな目をキョロキョロさせながら呟きました。ウィーさんは博識です。なぜならウィーさんは図書館が大好きだからです。開館時間のちょうど午前9時から閉館する午後8時までウィーセンサーが反応する本のページをゆっくりと手繰ります。ウィーセンサーはしっぽの先っちょにあります。重要な情報が記述されている本が近づくとパッと金色に光って教えてくれる便利な機能なのです。当たり前の話ですがノーマルなカメレオンではこのような芸当は到底できませんし、ましてや図書館で重要な本を見つけることもできないでしょう。来たる日の為にウィーさんはせっせと知識を積み上げてきました。一介の鍛冶屋が多くの時間と労力を投下し、不断の努力で刀匠となるように。ウィーさんが見ているものは文字ではなく、ウィーセンサーが照らす文字の裏にある膨大な世界と、それを紡ぐ記号達です。「世界が終わるまでのタイムリミットは・・・」ウィーさんは言います「残り7日」。

 丸ホルモン店主、ナマケモノのサリーはプラスチックでできた薄いブルーストライプのカチューシャ姿でやってきました。これは正装です。正装なので精一杯背伸びしてキリッとした表情を見せています。サリーは真剣なのです。しかし、その表情を女子高生に見せれば「かわいい~☆」と黄色い声があがることは間違いないでしょう。サリーは重厚な扉を開けました。その部屋は東高円寺のお屋敷の中にあります。大正ロマンな格調高い雰囲気の洋館です。赤い蝶ネクタイを首に結ぶ正装姿のウィーさんは既に着座していました。超スローで開かれつつある扉を見ながら「ここまでは、すべて予定通り。でも用心しなくちゃいけない。これから起こることには決して保障なんてありはしないのだから。やれやれ。たいへんな仕事になりそうだ」と深いため息をつきました。

 サリーが超スローな動きで席につくと、議長席にドンの風格で着座するミケ猫のヨモギモチさんが沈黙を破りました。「予定通り、2時間45分遅れのスタートです。議題はクールのブースト5mm。世界の終焉まであまり時間が残されていません」。ウィーさんは頷きました。サリーも頷き始めますが、ヨモギモチさんは構わずお話を進めます。ヨミギモチさんはこの洋館の館長です。でも特別なミケ猫なのです。何故なら純潔種のオスだからです。人間界では1億円で取引されています。でも決して偉そうに振舞うことはありません。とても謙虚なのです。格調高い屋敷がその主を選ぶように、同じ波長のモノ同士は引き合うのです。太古の昔から変わらぬ法則であります。「ウィーさんの報告により、千葉ディズニーランドの地下水脈に眠る巨大ダイオウグソクムシ君が覚醒します。眠りから目覚めたグソクムシ君の力は計り知れず、グソクムシ君が洞窟の壁を一突きしただけで、東京直下型大地震を誘発させるでしょう」ヨモギモチさんは更に、と付け加えました。「私の記憶が確かならば、これまで環太平洋造山帯が経験した大地震はそのほとんどが、グソクムシ君の寝返りです。議長としましては、世界が滅茶苦茶になり、取り返しのつかないことになる前に、早急にグソクムシ君を眠らせたく緊急同意を求めます」。

 「緊急同意・・・」返事をするまでもなく、ウィーさんは同意せざる得ないと思いました。望むと望まらざるとに関わらず、そうする以外に方法はないからであります。人間が決して死から逃れられないように、植物が光合成をやめられないように、あらゆる物事には法則があります。ウィーさんは自らの運命を呪うでもなく、楽しむのでもなく、淡々と受け入れるのであります。世界を救うために。

 「議長、私、ポッポウィーウィーは議案に賛成致します」


 「ありがとう、ウィーさん。では早速準備にかかってください。必要な資金や物はすべてこちらで準備します。何かあれば議長である私の名前を自由に使ってください。そうだ、これをお持ちください。ピンクのミケ猫ストラップです。私の効果の及ぶどんな生き物でもあなたに味方し力を貸してくれるでしょう」


「ありがとうございます、ヨモギモチさん。遠慮なく使わせて頂きます。しかし、我々には時間が余り残されておりません。取り急ぎ用意したい物がございますので、私はお先に」ウィーさんはサッと席を立ち、扉の前で議長にお辞儀をし、足早に部屋を後にしました。


「頼みましたよ、世界を救う鍵はウィーさん、あなたにかかっています。どうか、くれぐれも、命を瑣末にすることの無いようになさってくださいね」ヨモギモチさんがウィーさんの残像を見つめる中


 サリーは一番最初の頷きの途中でありました。

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ポッポウィーウィー よもぎもちもち @yomogi25259

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