第12話「君のアイドルは輝いているか」(4)【終】

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「だからね? あたしも今更、スキャンダルがどうのとか、条例がどうのとか、別にそういうことを言うつもりはないの」

「はい……」

「ただね。あたしも受験とかあるわけでね? 家事で疲れた体に鞭打って、さあ頑張るぞと机に向かってるわけですよ? ちゃんと聞いてる?」

「聞いてます……」

「そこによ? 毎晩毎晩隣の部屋からギシギシアンアン聞こえてきたら? 集中できるもんもできないワケですよ。おわかり???」

「おっしゃる通りでございます……」


 爽やかな朝。朝食の並んだテーブルを挟んで、ついに我慢の限界を越えたミサの説教が延々と続いている。

 テーブルの反対側では、顔を真っ赤にしたアキラがうつむいている。隣で一緒に怒られているファウは、当事者にもかかわらず状況が飲み込めていない様子だ。


「だいたい……」


 流れを断ち切るように、アキラの電話が着信を告げる。


「あの……」

「……出ていいよ」

「ははぁ……っ」


 そそくさと廊下へ逃げ去るアキラを見送った後、


「で……」


 ミサはぐぐっと身を乗り出した。


「実際のところ、どうなの。アキ姉は?」

「どう、とは?」

「どんな感じ?」


 指の形で意図を伝える。何気に興味は深々だ。


「そうだな……。かわいい、かな」

「ほほぅ?」

「まるで……そう。ケルベロスの赤児のような……」

「それは、見たことないなぁ……」




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 真っ暗な部屋の中心に、リアが立つ。

 それを取り囲むように、小さな老人達のビジョンが映し出されている。顔には大きなモザイクがかかっているが、齢にして百は越えていることは、容易に察せられる。


「此度の宴の仕切り、まことにご苦労であった」


 合成音声が鳴り響く。ボイスチェンジャーを何重にもかけたような、そんな粗雑さだ。


宮様みやさまも非常に満足されておったぞ。なかなかの働きであった」


「まあ。途中いくつか、ヒヤリとさせられる事もあったがの」


「それも余興のうちとしよう。ドラゴンどもの焦る顔が目に浮かんだわ。ほっほっほ」


「それにしても、お主が地球より連れ帰った娘。アレは非常に良かった。事のついでにしては、思わぬ拾い物をしたものよ」

「私もまさか、あれ程の活躍をするとは思いませんでした。預けたトレーナーが優秀だったのでしょう」

「ふふふ、喰えん奴よ」




「さて、それでは来年以降もお主に仕切りは任せるとして……」


「ここらで一つ、何か褒美を与えても良いかと思ってな」


「遠慮することはないぞ。何でも望みを言うが良い」


 老人達の申し出に、リアは深々と頭を垂れると、


「ありがたき幸せ。それでは一つ、お願いを申し上げます」




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「何も、辞めるこたぁないのに」

「まあ、けじめといいますか……。結構ワガママ言って、いろんな人に迷惑かけちゃいましたからね」


 そう言って、めぐるは目を逸らした。

 ミミはため息をつくと、


「そう思うんなら、ここでしっかりやり直すのが筋ってモンだと思うけどね」

「そうですね……。そうするのが一番なんでしょうけど。……実際、その、居づらいというか……」

「自業自得でしょ、バーカ。ま、アンタがそう決めたんなら、別にあたしが口を出すことじゃないけど」


 そう言いながら、ミミはめぐるに大きめの菓子箱を差し出した。


「え、これって……」

「余り物よ。餞別と言っちゃなんだけど……。まあ、電車の中で食べてけばいいんじゃない?」

「……ありがとうございます!」


 深々とお辞儀をして、めぐるは練習場を後にした。


「……で。なーんでアンタらは隠れて見てんのかな!?」

「いや、ボク達はもう挨拶すませてたし」

「面白そうだったから」

「あんたらね……」


 物陰から、ゾロゾロとEXIAの面々が顔を出す。


「にしても、余り物は無いじゃろ。たしかプレミアムなんちゃらチョコじゃったか? せっかく今日のために用意しとったんじゃから……」

「ちょっ! あんた何で知ってんの!? ……ハッ」


 ニヤニヤと携帯のカメラを構えるさなぎとサリエの姿に、ミミはまた声にならない奇声を上げた。




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 夢のような祭典から、はや数週間。

 翌年も開催されるアイドルリーグに向け、どの事務所も心機一転、新たなスタートを切っていた。


「我が白尾芸能レッドフロントも、今年はファウさんの活躍がめざましく、大躍進を遂げることが出来ました。来年もこの勢いで、さらなる飛躍を、といきたいところですが――。そこで、今日新たに、もうひとりの仲間が加わります」


 白尾社長に手招きされ、新人が前に出る。


「七月めぐるです。エンプロからの移籍ですが、アイドルとしての経験はまだまだですので、ご指導宜しくお願いします!」




「しかしまあ、エンプロがよく許してくれたね。今が絶頂の大人気アイドルだよ? フツー手放さないって」


 アキラが当然の疑問をぶつける。


「どうも、プロデューサー……リアさんがいろいろ手を回してくれたみたいで……」

「あいつが? へえ……」

「こちらの事務所を推薦してくれたのも、リアさんなんです。誰よりも信頼できるトレーナーがいるからって」

「あんにゃろ。また丸投げするつもりか……」


 アキラは、少しだけ感心した自分を殴ってやりたい気分になった。


「でもまあ、とにかくウチでやるからには、ウチの流儀にしたがってもらうよ。いいね?」

「はいっ!」


 曇りのない笑顔で、めぐるは答えた。


「それじゃファウ、あたしは色々準備があるから。まずはココの案内してあげて」

「了解、コーチ」

「よろしくね、ファウちゃん」

「ん」




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「そーいえば、ファウちゃん。ひとつ聞いていい?」

「何だ?」

「ファウちゃんのアイドルエフェクトって、結局なんだったの?」

「ん? バレてなかったのか?」

「うん。まあ……。今は同じ事務所なんだからさ。教えてくれてもいいでしょ?」

「んー、まあ……。公式に発表するまでは、ヒミツだぞ」

「おっけおっけ」

「それじゃあ……」

「……ふむふむ……」




「……えっ……?」


 興味津々で聞き始めためぐるであったが、その内容を聞いて唖然とする。


「相手のオーラを……回復させる能力……?」

「ん」


 確かに言われてみれば、思い当たるフシもある。《エクリプス》が使えなくなったのも、ダメージによるものではなく、体にオーラを流されたから……。そう考えると、辻褄も合う。しかし――


「だって、そんな……。それって普通、一対一のステージじゃ……意味なくない……?」

「そうか? 意味は、あっただろう?」

「いや、そう言われると……」


 めぐるは思いを馳せた。あのステージのこと。聞こえた声。エンプロを去り、今ここに立っている自分――


「ああ、うん……。意味は……あったね」

「そうだろう?」

「うん。だったら、仕方ないね」

「ああ」




 ――かつて、アイドルが戦わない時代があった。

今、それを知る者は少ない。



今は、アイドルが戦う時代。



戦いの中で、輝く時代――




(完)

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