第12話「君のアイドルは輝いているか」(3)

        5


 ――長い夢を見ていたような気がする。


「……」


 ファウが目を開けた時、見知らぬ天井に少し戸惑った。

 ベッドの横には、アキラが居た。


「やっと起きたか」

「……ここは?」

「病院だよ。結構ヤバい倒れ方したからね」

「病院……」


 おもむろに起き上がろうとするが、全身に全く力が入らない。


「あー、だから無理するなって。しばらく寝てなさい」

「……トーナメントは? どうなった?」

「一応、決勝はやるみたいだったけど。あたしも一緒にこっち来て、色々せわしなかったからね。まだ結果は見てない」

「そうか……」


 力なく呟くと、ファウは天井を見上げた。


「私は……負けたのか」

「……ああ」


 育てた選手に、敗北の現実を告げる。かつては何度も経験したことだ。しかし、その心苦しさに慣れることは決して無かった。

 今は何を言っても、何の慰めにもならない。二の句がつげず、アキラは押し黙った。


 ファウもまた、目を閉じて口をつぐんだ。


 静かな時が流れる。先程までの祭の喧騒が嘘のようだった。


「う……うぅっ……」

「……え?」

「うあああああああああああああああああ」


 アキラは目を、耳を疑った。

 想像だにしない光景が、目の前にあった。


 ファウが泣いている。幼い子供のように。声を上げて、泣き喚いている。


「お、おい。ファウ……」


 アイドルになって、はじめての敗北だ。そのショックも小さくはないだろう。

 だが、ここまで取り乱すとは思いもしなかった。

 こうなると、アキラの方もどう対処したらよいかわからず――


「ファウ!」


 思わず、抱きしめてしまった。


「大丈夫、大丈夫だから。お前は頑張った。よくやったよ」


 それこそ小さな子をあやすように、言葉をかけ続けた。自分でも何を言っているのかわからないほどに、とにかく想いを連ねた。




 やがて、涙も涸れ果てた頃。


「落ち着いた?」

「……ん」

「びっくりしたよ。あんたも、あんな風に泣くんだね」

「……私もびっくりしてる」

「ふふっ……」



「ごめんなさい」

「何が?」

「負けちゃいけなかったのに」

「勝負だもん。いつかは負けるときだって来るさ。むしろこれまでのが出来すぎだったんだって」

「でも……。私は負けないって、約束したのに」

「え……?」


 アキラは思い出した。コーチになると決めた日。ファウは確かに、そう言っていた。


「お前……。バカ、そんなん、いつまでも気にしてどーすんのさ」

「じゃあ……。これからも、コーチでいてくれるのか?」

「当たり前だろ? これからまだまだ先も長いのに、ほっぽってられるか」

「私は……。まだ、アイドルをやっていいのか?」

「いいに決まってる。あんたはもう、あたしの自慢のアイドルなんだから」

「コーチ……」

「……はいはい」


 感極まったファウが、アキラを強く抱きしめる。

 再び涙ぐんだ瞳で、アキラをじっと見つめ――


 ――そのまま、唇を奪った。


「!?」


 なんとなく良い雰囲気から、アキラは一瞬で我に返った。

 柔らかいファウの唇。口内で舌が絡み合い、求めるように吸い付いてくる。


(え、ちょっと。なに、これ。ナニコレ!?)


 はじめての感触だ。アキラには経験が無い。

 うっかりとろけそうになる気持ちを抑えて、力の限り引き剥がす。


「はぁ、はぁ。はぁ……。え、なに!?」


 頭は完全にパニック状態だ。うまく言葉にならない。

 頬を赤らめながら、ファウが答える。


「人間は、親愛の情を示すためにキスをすると学んだ」

「あ、いや、そうだよ!? そうなんだけどさ!?」


 これまでの流れと個人の嗜好、生まれ育ち、社会的なアレコレが、頭の中でミキサーにかけられぶちまけられる。とにかく危険を知らせる警報だけが鳴り響いている。

 寝間着のボタンを外しながら、ファウが迫ってくる。


「コーチ……。私のこの気持ちは、間違いだろうか……?」

「ごめん! わかんない!!」




        6


 結論からいえば、決勝は氷室エルの圧勝であった。

 めぐるは《エクリプス》を発動させることもなく、開始30秒でダウン。準決勝の激戦による疲弊から、能力を発動することすらできなかった、というのが識者の見解であった。


「因縁の対決、ということで、決勝戦は皆さん大変期待して下さっていたと思います。それがあの様なしょっぱ……不本意な結末となってしまったこと、私としても大変残念に思っています」


「また、ファウさんとも結局今期中に対戦が叶わなかったことも、非常に残念でした。予選リーグでのことは運営にも考えがあってのことでしょうが、やはり決戦のやり方などは今後の課題として……、あ、運営批判はそのくらいで、はい、わかりました」


「詰まる所、今期で全ての決着がついたとは思っていません。来年、再来年……いえ、もっと長く、アイドルリーグは続いていくものと思います。その中で、多くのライバル……ライバルのような人?たちと切磋琢磨し、いずれ真の最強というものを証明できれば……。そんな風に考えています。え、引退? 誰が言い出したんですかそんなこと。ありえませんから」


「ええと、まあ、とにかく。ファンの皆さんの応援や、多くのスタッフに支えられての事ではありますが、今期の優勝という栄冠を手に出来たことは、大変誇らしいことであると、そう思います」


 勝ちは勝ちだよざまあみろ。リアには、そんな心の声がありありと聞こえてきた。

 そして、この時初めて――。


 初めて、リアはエルの笑顔を見たような気がした。




        7


 廃棄資源衛星X-31684。

 通称、竜のねぐら


「なんとか、危機は回避されたようです。まあ、『鳥の子』が頑張ってくれたおかげでしょうね。七月めぐるに関しては、これからも要観察って所ではありますが……」


 竜の娘――ライは端末を操作すると、プロジェクタにステージの映像を映し出した。


 それを眺めるのは、十、二十、いや、何百頭とも知れない無数のドラゴン達。


「――え、私? 私のステージですか? いやー、私のはほら、単なる趣味ですから、とても皆さんにお見せ出来るような……」


 はぐらかすライを無視して、一頭のドラゴンが念波で端末を操作し、映像を出す。


「きゃーっ! わーっ! 何勝手に出してるんですか! ちょっ! 恥ずかしいから! 訴えますよ!?」


 笑い声とも歓声ともつかぬドラゴン達の咆哮がこだまする。

 田舎の大家族の風景さながらに、騒がしい夜は更けていった。

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