第12話「君のアイドルは輝いているか」(2)

        2


(遠距離攻撃は……無い! あたしが「あるかもしれない」と思った! そしてそれを意識して動いてきた! !!)


 迷いを残せば動きが鈍る。めぐるは賭けた。自分の勘に。敵であるファウの強さを信じるという、大博打に。


 今までと同じ挙動で、前方の防御を固める……気配を出す。発せられる歌で感づかれないよう、恐怖と警戒心を織り交ぜる。


 瞬間、ファウが動いた。やはり遠距離攻撃はフェイクだ。


(となれば、直接打ち込むことで効果を発揮する能力! 熱か爆発か、効果はいい、何にしろ当たったらヤバい!)


 ファウが急加速する。これまでとは段違いの速さだ。


(それも想定内! これまでの動きは、一撃を決めるための布石!)


 そしてめぐるは、ファウの姿を見失う。単純な速度によるものではない。ミスディレクション――マジックにおいて、観客の注意を逸らす手法の応用だ。

 ファウが初めて見せる能力の片鱗……その手の発光に、めぐるは否応なく注目せざるを得なかった。ファウはいつものフェイントに光の明滅を組み合わせることで、一瞬にしてめぐるの死角へと滑り込んだのである。


(そう来るのも分かってた! だから……!)


 罠を仕掛けた。自分にとっての死角へと。

 あらかじめ、防御用の《エクリプス》を厚めに展開しておいた。そして敢えて、その濃度にムラを作っていた。


 瞬間、壁の所へと、めぐるは向き直った。

 ここでファウは敢えて困難な道を来る。敢えて不合理な選択をする。それは、統計の分析による判断ではない。自分が戦っているのはそういうアイドルだという、確信だった。


 そして、その確信は正しかった。


 闇に身を裂かれながら、ファウが突っ込んでくる。


(読み切った! あとは《エクリプス》を直接叩き込む!!)


 めぐるの読みは正しかった。反応も間に合った。



 だが、身体だけが。これまで酷使し続けた肉体だけが、肝心な所で思うように動かなかった。


「!!!!」


 めぐるの脇腹に、鋭いボディブローが突き刺さる。

 激痛と呼ぶのも生ぬるい感覚が、脳髄を走った。

 飛びそうになる意識を執念で繋ぎ止めながら、めぐるは反射的にファウの腕を掴む。


「まだだっ! これでっ……!!」


 《エクリプス》でオーラを直接剥ぎ取れば、一気に逆転できる。たとえファウに虎の子のアイドルエフェクトがあったとして、この状況では発動すらできない。


 ……はずだった。


(《エクリプス》が……出ない!? なんで!?)


 気づけば、周りに展開していた防御網も霧散していた。

 肉体のダメージの影響か、能力の限界か……。

 頭が回らない。状況判断すらままならない。


 そしてその隙を、ファウ・リィ・リンクスは見逃さない。


「行け!! ファウ!!!!」


 アキラが声の限りに叫ぶ。この瞬間を信じて、息を呑んで待ち続けたのだ。


 連打、連打、連打。駆け引きをかなぐり捨て、ただひたすらに打ち続ける。

 めぐるも反射的に打ち返すが、軽くいなされるばかりだ。腰の入っていない、能力も付加されていない拳など、もはや驚異ではなかった。


 やがて手数も減っていき、ほぼファウの独唱状態となった。

 無数の拳と蹴りに打ち付けられ、痛みなど既に通り越し、間近で弾けるオーラの音と光だけが、めぐるの感覚を揺さぶっていた。


(オーラ……あたしの……。そっか、《エクリプス》がもう出ないから……)


 めぐるがぺたんと腰を下ろす。意識は朦朧としている。もう、いつ倒れてもおかしくはない。単に奇跡的なバランスで倒れないのか、あるいは執念のなせる業か――。


 どちらにしろ、危険な状態だ。ファウも追い打ちをかけるのをやめ、その場で息を整える。

 ステージはまだ終わりを告げていない。だが、セコンドや運営に無理だと判断されればストップがかかる。


(どうする……?)


 本来なら、こうなる前に攻め切って終わらせたかった。だが、出来なかった。

 ファウもまた、ここまでかなり消耗していたのだ。

 直撃こそ喰らわなかったものの、《エクリプス》によるダメージはじわじわと蓄積されていた。何より『一撃たりとも直撃を喰らえない』戦い方は、肉体にも神経にもかなりの負担を強いるものだった。


(ファウの息も荒い。最後の連打が無茶だったか。だけど、あそこで一気に攻めるしか無かった……)


 アキラが額にシワを寄せる。

 攻め急いだのには、もう一つの理由があった。ファウの能力の正体を、悟られるわけにはいかなかったのだ。

 アイドルの特性である以上、いつまでも秘匿してはおけない。だが、あわよくば決勝の氷室エル戦まで、そうでなくともせめてこのステージの間だけは、隠しておきたかった。


(アンタのためでもあるんだ。そのまま倒れちまえよ……)


 手前勝手な、非情な願いだ。それでもアキラは、祈らずにはいられなかった。



 間奏が続く。

 皆が息を呑み、事の動向を見守っている。


 やがて、間奏が終わる頃。


 静かなメロディと共に、めぐるが立ち上がった。




        3


 遠くで歌が聞こえる。


 懐かしいような気もするけど、初めて聴くような気もする。


 眩しい。太陽の光? 違う、ライトだ。

 ここはステージ。アイドルのステージ。


 あたしは……。アイドル。


「お前は、アイドルか?」


 アイドルだっつってんでしょーが。


 でも、アイドルって……。

 アイドルって、何だったっけ……?


 こんな痛い思いして、負けたら悔しくて、負けるのが怖くて……。

 そりゃあ勝ったら気持ちいいし、報われたって感じがするし、みんなも喜んでくれるし……。


 ……みんな……?


 みんなって、誰……?




 そうだ。


 全部、置いてきちゃったんだ。


 ちょっと寂しいけど、仕方ないよね。自分で選んだことだもん。

 勝ちたかったから。力が欲しかったから。


 自分一人でも、輝けると思ったんだけどな。




 ファウちゃん?


 そっか。まだ、続いてたんだっけ。


 いいよ。最後までやろうか。




 でもね。




 キミ、ちょっと眩しすぎたんだよ。














 誰かの声が聞こえた。


 名前は知らない。でも、はっきりと覚えてる。


 小さな女の子だった。

 この前のイベントに来てくれた子だ。うまく喋れなくて、涙ぐんでて。


 枯れそうな声で。


「――――!!」


 叫んでいる?

 何を……?




「勝って!! 死んでも勝って!!!!」




        4


 続行の意思を確認し、ファウが跳んだ。

 勢いをつけた蹴りで、一撃で意識を刈り取るつもりだった。


 だが、その蹴りは止められた。


 ガードではない。球だ。

 突如出現した衛星が、威力を完全に殺したのだ。


 衛星の回転により、ファウの体勢が崩れる。

 地面に肩から落ちるも、受け身を取り、すかさず起き上がる。


 眼前には、フラフラと立ち尽くすめぐるの姿。

 衛星の影は、消えていた。


「ッ……!?」


 あまりに突然のことに、ファウはそれを認識すらできなかった。

 後頭部に強い衝撃を受けたファウは、そのまま倒れ込み……すぐに意識を失った。




 ただ立ち尽くすだけのめぐる。めぐるにさえ、何が起きたのかわからなかった。それを考えられるほど、意識も残ってはいなかった。


 《サテライト・ラバー》。めぐるのアイドルエフェクト。その性質は、防衛と迎撃。



 最後にめぐるを守ったのは、捨てたはずのファンの声だった。



○エンパイア・プロダクション 七月めぐる


●レッドフロント ファウ・リィ・リンクス


 (FH:バニシング・モーター)


 (FS:星のうた)






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る