第12話「君のアイドルは輝いているか」(1)

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 激しいデュエットが鳴り響く。

 まるで正反対の二つの音は、決して交わること無く、しかし不思議と調和が保たれていた。

 表が裏で、裏が表で、織りなされる歌はメビウスの輪の様に捻じれ、流転していく。


「膠着状態じゃな……」

「お互い、あんだけガシガシ打ち合ってんのにね」

「どちらも、決定打は一発も入ってない……」

「やっぱり、互いに警戒してるんだよ」


 めぐるの《エクリプス》はオーラの防御を無効化出来る上、無理やりオーラを引き剥がす際のダメージも大きい。

 一方で、能力の代償として常に傷を負っている様な状態であるから、直撃を受けたら最後、致命傷にもなりかねない。


「じゃが、《皆既日食トータルエクリプス》とやらを使えば、相手がどんな能力じゃろうとお構いなしじゃろ? なんで使わんのじゃ?」


 フィールド全体のオーラを遮断する技。確かに決まりさえすれば、相手は能力の発動すらできなくなる。


「どんな強力な武器でも、万能でも無敵でもないってことだね。あれだけの技だ。本人への負荷もかなりのものだろうし、展開しきるまでには少なからず隙が生まれる」

「そういうことね。その隙を、ファウ・リィ・リンクスは見逃さない」

「むぅ……」

「……光った!」


 ファウの両手に、再び閃光が灯る。通常のオーラとは異なる、アイドルエフェクトの光だ。

 めぐるは咄嗟に、《エクリプス》の黒いモヤを前方に集中させる。

 それを確認するや否や、ファウは無数のフェイントを織り交ぜ、ひとっ飛びで防御網を迂回する。


(また、それっ!!)


 めぐるも、この動きは予測していた。モヤをファウの方へバラけさせると同時に、下段蹴りで迎え撃つ。


 双方、すんでの所で直撃をかわした。ファウは若干オーラを飛ばされたが、それも想定内だ。


「ファウちゃんの能力……やっぱり意識せざるを得ないか」

「正体がわからないってのは大きいからな。ファウもそこんとこがよくわかってる。このまま膠着状態を続けるだけでも意味があるからな」


 スタミナの消費は同等としても、めぐるはステージに立つだけでダメージが蓄積されていくのだ。

 傍目から見れば、《エクリプス》を展開して早々に攻め切ればいいようにも思える。しかし――


「敵の能力を無効化する能力……。一見無敵ではあるが……それが用をなさぬ事態を警戒している……?」

「そういうこったな。今のこの状況が、無敵じゃないって何よりの証明だ」


 激しいぶつかり合いの最中、めぐるは必死で頭を回転させていた。

 相手が能力を明らかにしない以上、推測で仮説を立てるしかない。


(シリウス、星の名前……。確か連星、二つ……。そして狼……)


 古今東西、あらゆるアイドルの能力は頭に叩き込んでいる。能力名がその実態を表す例も多い。


(そもそもさっき言ったのがフェイクって可能性もあるけど……いや……)


 ファウに染み付いた戦い方は、自らの気配を紛らわせ、相手を騙し、行動を操る……いわば外道だ。これは地球での狩りや闘技場での八百長試合に由来する。その一方で、ファウが是としているアイドル像は染匠アキラの様な正統派だ。相手をリスペクトし、それを乗り越えていく。これまでのリーグ戦でファウが見せてきたこの二面性は、しばし相手を混乱させ、皮肉にもフェイクの効果を段違いに上げていた。


(ダメだ。この線は捨てる。あたしがやられたら嫌な事を考えろ!!)


 めぐるは発想を切り替えた。

 されたら嫌なこと……。この場合、無効化能力を突破されることだ。


(可能性その1……。身体能力の単純な強化!)


 《エクリプス》を体得してから、めぐるが最も警戒していた系統の能力がそれだった。オーラやアイドルエフェクトを打ち消すことはできても、を止める術はない。たとえば回避不能なスピードでタックルをされたら、その衝撃で一発アウト。よくて相打ちである。


(だけど、これはない……。もしそうなら、とっくにやられてる!)


 めぐるには《皆既日食トータルエクリプス》がある。もしファウに超スピードの攻撃が可能だったとしたら、開始直後に攻めてこなければおかしい。

 あえて能力をちらつかせ、ステージを長引かせる……。その戦法に即した能力でなければならないはずだ。


(可能性その2……光そのものによる効果!)


「めぐるちゃん、目の所にうっすら黒い膜張ってるだろ? 最初っから、単純な目くらましには警戒してるってこった」

「なるほどね。たとえばだけど、叢雲ちゃんの透明化能力って、あの力で見えるようになるのかな?」

「おそらく可能だろう。私の場合はオーラの光を全方位に放射することで、消えた様に見せているらしいからな」

「同様に、蜃気楼とか虚像を見せて撹乱する能力も遮断することは可能ってこったな」

「けど、今の彼女はあの光を完全には遮断していない、のかな……?」

「光自体が見えなくなれば、能力が他のものであった場合に対処ができない……か」


(可能性その3……。こちらの壁をぶち抜くほどの、高エネルギーの放射!!)


「カードゲームじゃあないんだ。どんな攻撃も完全に無効化できるなんてチートはあり得ない。現に、これまでのステージでも『どこまでやれるか』を手探りしてたみたいだしね」

「だとしても、機関銃とかもはじいとらんかったか? ハードルはかなり高いぞ」

「それでも、あの子ならやりかねないわ。だからこそ、あそこまで警戒している……」


 と――――


 熾烈な攻防を経て、二人の間が大きく開いた。

 双方息を整えつつ、相手の出方を伺っている。


(この距離……。間に合うか、《皆既日食トータルエクリプス》……)


 めぐるの一瞬の迷い。そこにつけ入るかのように、ファウは再び右手に光を灯した。


「ッ!!」


 空気をつんざくような音と共に、徐々に輝きが増していく。


(そこから撃てるの!? いや、またフェイント!? どっち……!?)


 この選択で全てが決まる。めぐるはそう確信した。

 どちらにしろ、これ以上長引かせるのも危険だ。腹を括らねばならない。

 相手を見据えたまま、深く息を吐き――


 めぐるは、次の一手を決めた。

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