第11話「わたしはアイドル」(4)
8
○エンパイア・プロダクション 氷室エル
●エンパイア・プロダクション 生駒サリエ(EXIA)
(FH:氷龍天翔)
(FS:Clear Love Light)
「ご苦労さま」
「……リアさん」
決勝へ向けての最終打ち合わせをする、という名目で、エルの控室では人払いがされていた。これまでにもよくあることだったので、専属スタッフ達もあっさり他の待機場所へと移っていた。
部屋の中にはエルとリアの二人きり。いつもの悪巧みの構図であった。
「サリエちゃんもなかなか頑張ったんだけどねえ。アタシと考え方がよく似てるわ」
「オーラの消費効率を無視した愚策ですよ。まあ、あの子の力で私に本気で勝つつもりだったら、ああするしか無かったんでしょうけど」
「ま、何はともあれ次は決勝ッスね。相手は果たして、ファウちゃんか、めぐるちゃんか……」
「どちらでも。勝ち上がってきた方とやるだけです」
「さいですか」
話をしながらも、リアはフィジカルチェック、着替え、マッサージと淡々とこなしていく。エルは赤児のように身を預けている。
「……私、勝ってもいいんですよね?」
「何を言い出すのかな、この子は」
「いえ。あなた方は、誰の勝利を願っているのかな、と」
「んー、まあ、大会運営としては? 勝ち残った子を素直に讃えますよ? 会社としては自分トコの子に勝って欲しいってのは、そりゃあるけど」
想像通りの答えが返ってくる。
「なるほど。まあ……そうですよね」
どんな答えが聞きたかったのか。何と言って欲しかったのか。エルにもよくわからなかった。
二人の間柄は、何とたとえれば良いのだろうか。ビジネスパートナー? それとも、共犯者か?
「そーゆーのは大人が考えるりゃいいの。キミ達子供は、やりたいようにやりなさいな」
「子供……」
自分だって子供だろうに。エルは心の中で呆れていたが、同時に何か、腑に落ちるところもあった。
「そっか……。私、子供でしたね」
いつからだろう。自分の中で、時計は壊してしまっていた。今がいつで、現在位置はどこなのか、わからなくなっていた。
だから、がむしゃらにそこから抜け出したかった。ただ、それだけだったのかもしれない。
「ねえ……。今、アイドルは楽しいかい?」
突然の問いに、しかしエルに戸惑いは無かった。
「……そう、ですね……。悪くはなかった……」
エルは鏡の前に座り、そこに映る自分を見据えた。
仕上げのメイクだけは、いつも自分一人でやっていた。特に理由はない。
「退屈だったころも、悪くなかったな、って。今みたいに、いちいちキリキリしたりハラハラしたり、勝ったり強くなったりするために、思い悩む必要もなかった」
「……そうかい」
リアの頬が、わずかに緩んだ。
(さて、と。あとは、あの子の方か……)
9
「本当なら、ステージでまたぶつかりたかったんだけどな。ま、実力不足だったってコトだ」
「それを言ったら私も予選すら突破できなかった……。己の不甲斐なさを呪うばかりだ」
「まあまあ。その分、今日は友達として応援してあげよう?」
「ま、そうだな」
「我等の分まで、とは言わん。だが、精一杯やってくれ」
ファウの控室に駆けつけたアイドルたち。
ギリコ、叢雲、綾羽……。
それぞれの思いを受け、ファウは小さく頷いた。いつもの様に、とぼけた顔で。
「ありがとう。まあ、いつもどおり勝つだけだ。期待してくれていい」
「こんにゃろっ」
ステージの前、テンションの上げ方は人それぞれだ。今のファウにとっては、これが一番いいとアキラは思った。
アイドルは、一人では戦えない。
それは真理というより、アキラの願望だったのかもしれない。ファウには、孤独の中で戦ってほしくはない。
停滞、もしくは破滅。勝利の先に待っているのがそんなものでは、あまりに悲しすぎる。
――やがて、時間がやってくる。
ステージへと続く道。ここでは、ファウとアキラの二人きりだ。
「コーチ」
「なに?」
「決めた。ここで使う」
ファウの目には、確かな決意が宿っていた。
「……そうだな。その方がお前らしいよな」
アキラもまた、覚悟を決めた。
「好きにやりな」
「ン……」
そして、幕が上がる。
決戦トーナメント 準決勝第2ステージ
七月めぐる VS ファウ・リィ・リンクス
10
あの時と同じだった。
初めて二人が戦った時。
めぐるは無邪気にファンの声に応え、ファウはすっとぼけた顔で腕を振りかざす。
だが、違うのだ。確かに、あの頃とは違う。
何が変わったのか。何が変わってしまったのか。
その根底にあるものを、人々は知る由もない。
それでいいのかもしれない。否、それがいいのだ。
ファンにとって、アイドルとはどんなに近くとも遠い存在だ。
真に奥底まで触れられないからこそ、アイドルなのだ。
では、アイドル自身はどうか?
強くなればなるほど。己に向き合えば向き合うほど。
自分の中のアイドルを、アイドルの中の自分を、果たして受け入れられるものだろうか?
答えは――
「始める前に……。最後に、ひとつだけ聞きたい」
「なあに?」
意を決して、問いかける。今のファウにとって、何よりも重い言葉だ。
「お前は、アイドルか?」
虚を突かれ、めぐるの時間が一瞬だけ止まる。
だが、それも一瞬だけだ。
「そうだよ。あたしはアイドル。誰が何と言おうと、あたしがアイドルだよ」
心からの笑顔とともに、めぐるは答えた。
「そうか、それがアイドルなら……。だったら、仕方ないな」
この日のために新調されたドレスが、二人を包み込む。
めぐるの黒。ファウの白。
二つのアイドルが、ステージで対峙している。
「私も、私のアイドルを貫くだけだ」
ファウの右手が、かすかに輝き始める。
「これが、私のアイドルエフェクト……」
「まさか……!?」
「《
――答えは、アイドルだけが知っている。
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