第11話「わたしはアイドル」(3)
5
もくもくとビュッフェの料理をたいらげていたファウが、その手を止めた。
「こんばんは、ファウさん」
「ん」
「リーグではあたしがすっぽかしちゃったから、デビュー戦以来かな。ファウさん……ってのもなんかアレだね。ファウちゃんって呼んでいい?」
「ああ、構わない」
「よかった。あたしのことはめぐるでいいよ」
「了解だ。めぐる」
二人の間に、わだかまりが無いわけではない。ファウとて、デビュー時のインタビュー事件に関しては、少なからず後ろめたさを感じていた。
にもかかわらず、この妙に馴れ馴れしくさえある、めぐるの態度はどうか。
少し離れた所で様子を見ていたアキラは、得体の知れない不気味さを感じずにはいられなかった。
「もともと、素はあんな感じッスよ。あの子は」
アキラの不安を読み取ってか、隣のリアがフォローを入れる。
「別に、躁状態ってワケじゃないッスよ? ただ、今はアイドルが純粋に楽しくて仕方がないってだけで」
「……楽しい、ね。それにしたって、ファウに対して思うところはあるんじゃないの? あの時ブッ倒れたのだって……」
「だから。もう、恐れる必要なんて無いってコトでしょう?」
「それはそれでフクザツだな……」
と、ひとつの小さな影が、突然二人に飛びかかってきた。
そのまま二人の肩に腕を回し、ぶら下がるようにして、
「ハーイ、二人共。お元気?」
「シャルロットさん!?」
二人は思わず声を上げてしまった。
シャルロット・ハヴァンリヒ。東雲叢雲の現在の師であり、二人にとっては現役時代の先輩アイドルだ。
「なんでここに? 東雲ちゃんって予選落ちしてましたよね?」
「そーなのよー。まさか上位にも入れないとは思わなかったわ。不肖の弟子で面目ない」
オーバーに、おどけた調子で言う。叢雲が惜しくも予選突破出来なかったのは、毎度無茶苦茶な課題を出されていたからでもあるのだが、この鬼コーチにその自覚はない。
「ま、あの結果もね。あくまであの子との契約内のコトだから、別に私は痛くも痒くもないのだけれど」
「はあ、そうすか」
「今夜来たのはビジネスの話よ。また業界が盛り上がりそうだし、コネとお金の話をね」
「……変わらないッスね」
「で、そのビジネスの話なんだけど」
呆れ顔の二人に対し、急に真面目なトーンに切り替わる。
「七月めぐるちゃん……。来期から、ウチにくれない?」
「は……?」
「だからね。うちのシノ……東雲は今期様子見でぶち込んだワケだけど。思ったより採算取れそうだから、本腰入れて事業参入しようと思ってね。で、即戦力があるだけ欲しいワケよ」
急に何を言い出すのか。二人の心はざわついたが、しかし同時に理解していた。
この人は、時間の無駄になることは決してしない。冗談だろうが本気だろうが、確固たる意志と確信があって行動している。
「どうせ、そっちでも持て余してるんでしょ? 私のところなら、彼女を完璧に仕上げられるわ」
「またまた、ご冗談を。ウチの大事なアイドルですよ? そんなホイホイと手放せるわけないじゃないッスか」
「建前の話はいいの。貴方の本音は?」
「同じですよ」
リアも笑顔は崩していない。だが、明らかに空気はヒリついている。
めぐるには――聞こえていないようだ。ファウと談笑を続けている。
互いの腹を探りあうのに飽きたかのように、シャルロットが口を開いた。
「フフッ。まあ確かに、こんな所でする話ではなかったわね。ただ、可能性の一つとして考えておいて」
「ま、一応覚えておきますよ」
リアの生意気な口を一笑に付すと、シャルロットはそのまま背を向けて去っていった。
張り詰めた糸がとけ、アキラは一息ついた。
「しっかしお前、ああ言ったからには……」
「わかってます。ちゃんと責任は取りますよ」
「……責任を取らなきゃいけないような事態にはするなっつってんだよ」
「善処します」
そう言うと、リアはめぐるの方を見やった。
その時のリアの表情を、アキラが見ることはなかった。
6
あたし、夢野姫華! アイドル1年生!
社長の甘~い言葉に釣られてアイドルになっちゃったのはいいんだけど、練習はキビシイし、ステージは痛いことばっかりだし、もう散々!
この先やっていけるのかなぁ? なんて考えてたら、始まっちゃったアイドルリーグ!
やるっきゃない! ってコトで、猛特訓に継ぐ猛特訓! 海千山千のアイドル相手に、まさかまさかの連戦連勝! 新必殺技なんかも身に着けちゃったりして、向かう所敵なし!
あれれ、これってアタシ才能ある? な~んて調子に乗っちゃったのが間違いのモト。同じ新人アイドルのファウちゃんに、トップアイドルの氷室エルさん。二人にてってー的にボッコボコにされちゃって、意気消沈しちゃったのでした。
でも、いつまでもめげてらんないよね! みんなの応援を受けて、やる気復活!
そして今日はいよいよ決戦トーナメント! しっかりリベンジ決めて、絶対に優勝してやるんだ!
で、あたしの初戦の相手は七月めぐるちゃん。前に当たった時は何とか勝ったんだけど、なんかあれからすっごいパワーアップしてるみたい。
だけど、あたしだって成長してるもんね! 誰が相手でも、絶対負けないんだから!!
決戦トーナメント 2回戦第4ステージ
○エンパイア・プロダクション 七月めぐる
●ドリプロ 夢野姫華
(FH:胴回し回転蹴り)
(FS:空に眠る)
「相変わらず、見事な手際じゃったの」
「ありがとうございます。万里さんも、惜しかったですね」
「はっ、惜しいもんかい。完敗じゃ」
ファウにやられた所をさすりながら、万里は毒づいた。
実際の所、1回戦でギリコとやりあったダメージが残っていなければ、もう少し余裕を持って戦えたかもしれない。しかし万里のプライドは言い訳を許さなかった。そういったダメージコントロールも、この一日限りのトーナメントでは重要になってくるのだ。
「お前も2連戦の後じゃろ。しっかり休んどけよ」
「はい」
ほぼ攻撃を食らっていなかったとはいえ、めぐるはステージに立つだけで激しく消耗する。万里もそれはわかっていたが――。
「……準決勝、な。気ィつけろよ。さっきのステージ……」
「気づいていました。ファウちゃん、何かをチラつかせる様な……。試そうとしているそぶりがありました。多分……アイドルエフェクト」
「結局、ワシには使わんかったがな。ナメられたもんじゃ」
「ハッタリじゃないですかね?」
「かもしれんがの。どっちにしろ、気にしだした時点で術中って奴じゃな。まったく、食えん奴じゃ」
そう言いながらも、万里はどことなく満足そうだった。直に拳を、歌を交えて、新しい風の到来を肌で感じていた。
「さて、と……。そろそろサリエの出番じゃな。仕方ない、応援してやるとするか」
「あたしは……どっちを応援したらいいですかね?」
「知るか。決勝でやりたい方を応援すりゃええじゃろ」
「そうですね」
その笑顔の裏に、どんな値踏みや算段があるのか……。寒気を感じながらも、万里はそれ以上踏み込まなかった。
もともと、難しいことを考えられる性分ではない。今はただ、このヒリヒリした気分を仲間の応援に持ち込みたくなかった。
7
決戦トーナメント 準決勝第1ステージ
生駒サリエ VS 氷室エル
「オラー! サリエー! いつまでもウダウダ言ってんじゃねーぞ!!」
「あんた、ここまで来てつまんないステージにするんじゃないわよー!!」
セコンドから応援とも怒号ともつかぬ声が鳴り響く。
「いやいやいや無理でしょ、どう考えても」
当のサリエはげっそりした顔で、最大の敵に対峙する。
サリエはEXIAの中では予選成績が最も良かった。結果だけを見れば、ある意味EXIA最強と言えなくもない。
今夜のトーナメントにしても、実力者を相手に余裕をもって2連勝。現在ちょうど体も温まり、ベストコンディションと言ってもいい。
だがそれ以上に、氷室エルの仕上がりは完璧だった。
「お前が最後の砦じゃー! 死ぬ気でぶつかれー!!」
「あーもー外野うるさい! 気が散る!!」
ぎゃーぎゃーとわめく後輩たちの姿を見て、エルも失笑していた。
「ほんと、仲がいいのね」
「煩わしいだけっすよ」
「そう?」
「無理だってわかってんのに、ああ騒がれると気が重いったらないですよ」
「とか言いつつ、あなたいつもギラギラしてるわよね。眩しいくらい」
「保険かけてるだけっすよ。かっこ悪いでしょ?」
「そうかしら? 結構、嫌いじゃないかも」
視線が交差する。
互いにドレスカードを掲げ、それぞれのドレスを纒っていく。
「前回のアレは、結構いい線行ってたわよ。アイドルエフェクト無しだったら、確かにファウ・リィ・リンクスの具現化がベストだった」
「正解には至りませんでしたけどね」
「今日は、正解を見せてくれるのかしら?」
「また、後輩に負ける無様を晒す覚悟ができてるんなら」
一瞬、エルの頬が引きつった。
サリエの一世一代の強がりが、怪物の目に火をつけた。
「そう、なら……。期待していいのね」
氷の迎撃システムが、高速で展開されていく。敗戦を経て、より堅牢さと凶暴性を増した、まさに氷の巨城だ。
対するサリエも、既にゲームをスタートしている。
「《ヴァーチャル・ガール》、協力戦ボス討伐モード!」
『キャラクターを選択してください』
能力によるシステム音声だ。前回とは違う立ち上がりに、エルも警戒を強める。
無数のアイドル名が並ぶリストの中から、サリエは迷いなくメンバーを選択した。
「江藤ミミ! 草薙さなぎ! 逢坂万里!!」
会場が騒然とする。後ろで応援している他のメンバーたちも同様だ。
サリエが最も理解している3人のアイドルが、能力によって具現化されていく。
「これが……、ボクのベストだ!!」
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