第11話「わたしはアイドル」(2)

        3


「あんまり考えすぎても良くないよ。まずはしっかり食べて、よく寝て、明日また考えよ?」

「ん、いただきます」


 トレーニングの後、遅めの夕食に手をつける。アキラは事務仕事が山積しており、今夜も深夜残業だ。

 ファウもここ最近は帰ってきてもイメージトレーニングばかりで、食事中でも上の空であった。ミサもさすがに心配になり、今夜はいつもよりグイグイと話しかけていた。


「ま、そうは言ってもやっぱり悩んじゃうよね。強い人達と一気に戦わなきゃいけないんだから」

「ああ」

「ファウちゃんはシードだから……三人に勝てば優勝か」

「相手はだいたい予想がつくが……。予想がつくから余計に難しい」

「なるほど、それだけ厳しい相手だってことだもんね」

「ン……。これまでは一人ひとりを分析して、対応策を練ってやってきた。だけど今回は、その時間も足りない」

「でもそれって、他の人達も条件は同じでしょ?」

「それはそうだ」

「おかわり、いる?」

「ください」


 即答に思わず笑みがこぼれた。差し出されたお椀に、ご飯を山盛りにして返す。


「ま、言ってもあたしはシロートだからさ。こういう時に気の利いたアドバイスなんて出来ないワケよ。それはアキ姉の本分だしね。出来るのはせいぜい、ご飯を作って待ってることくらい」

「ミサの料理はいつも美味しい」

「そう? ありがと」

「それに、いつも助けられてる。応援もしてもらってる。だから、明日も頑張ろうって思える」

「よせやい、くすぐったいなあもう」


 ミサは大げさに照れて見せると、ふと、感慨深く呟いた。


「でも、そっか。ファウちゃんも、すっかりアイドルなんだね」

「アイドル……。私は、アイドルをやれているかな?」

「ま、どこに出しても恥ずかしくない程度には、ね」

「……最近、ずっと考えている。アイドルとは何か、と」

「なに、哲学の話?」

「哲学の話だな。いや、歴史の話かもしれない」

「難しいコト考えるね」

「目指すべき光がある。道も見えている。けれど迷いもある。私は私の信じるアイドルになりたい。でも、それが正しいかどうか、どうやって証明できる? 負けるつもりはない。負けたくない。でもきっと、勝つだけじゃ足りないんだ」


 そう言ってファウはうつむいた。いつも表情には出さないが、ファウも多くの想いに触れ、色々な事を考えていたのだろう。

 それを言葉にしてくれたことが、ミサは嬉しかった。


「それじゃあさ、発想の転換だよ」

「発想の転換?」

「リピートアフターミー、『私はアイドルです』」

「私は、アイドルです……?」

「声が小さい! 私はアイドルです!!」

「私は、アイドルです!」


 ミサの勢いに押され、ファウは思わず叫んでいた。

 ぽかんとするファウに、ミサはにんまりと笑みを浮かべ、


「これで誰が何と言おうが、天地がひっくり返ろうが、ファウちゃんがやりたいこと、やること全部、アイドルになりました!」


 ファウの頭に衝撃が走る。星が流れ、地が揺れ、天が割れた。


「……宇宙の真理を理解した」

「大袈裟だよ」

「いや、でも、だいぶ頭がスッキリした。これでいい策も浮かびそうだ。ありがとう」

「そいつは何より」


 と言いつつ、照れ臭そうにミサが付け加える。


「つっても、今のはアキ姉の受け売りなんだけどね」

「そうなのか?」


 ファウは目を丸くし、そして、嬉しそうに笑った。


「やっぱり凄いな、コーチは」



        4


 決戦トーナメントの前夜祭、パーティー会場。明日の大舞台に出場するアイドルたち、その関係者が一同に集っていた。

 会場の中心では、いつもの如くエルがお偉方に営業スマイルを振りまいている。

 その一方で、会場の隅っこで身を潜めているアイドルがいた。


 地下アイドル、大京橋リュウカである。

 リュウカはリーグ序盤にてエルに大敗を喫したものの、持ち前のタフネスと小狡さで勝利を重ね、決戦トーナメント出場までこぎつけていた。

 本来であれば、団体の地上進出の足がかりとして、積極的に有力者へ挨拶回りをするべき所である。が、そうはできない理由があった。最低限の顔出しをしたら、早々にこの場を去りたいくらいであった。


「リュウカさーん!」

「ギクッ」


 その理由のひとつが、足早に笑顔でやってきた。


「お久しぶりです。一緒の舞台に上がれて嬉しいです」

「そ、そう。光栄だわ。わたくしも結構ギリギリでしたけど……」


 冷や汗を垂らしながら、リュウカも笑顔で応える。

 眼前のアイドル、七月めぐるの表情は以前会ったときとは別物であった。憑き物が落ちたかのような、晴れやかな表情。だが――


「ずっとお礼を言いたかったんです。あの時、リュウカさんの言葉があったから、最後まで諦めずにいられたんです。そして、あの力も手に入れることができた……。感謝しても、しきれません」

「それは……何よりだわ。わたくしの見る目は間違っていなかったようですわね」


 もちろん適当である。

 リュウカにとっては、とにかくめぐるにあがいてもらい、エルにひと泡吹かせられればそれで良かった。それでエルに怪我の一つでも負わせられれば万々歳、くらいにしか考えていなかった。

 しかし結果はまさかの大番狂わせ。その夜は事の重大さを深く考えず、大宴会を開いて舞い上がった。


 そこまでは良かった。


 めぐるが手にした力の本質、それがめぐるの命すら削りかねないものだと気づいた時、急に身震いがした。


「それじゃあ、この辺りで失礼しますね。積もる話はありますけど、明日のステージに影響したらいけないので」

「そ、そうですわね。本戦で当たったら、お互い全力を尽くしましょう」

「はいっ」


 めぐるの身を案じて……ということではない。リュウカにとっては、他人の生き死になど諸行無常、輪廻の中の刹那、つまりどうでもいいことである。

 リュウカが恐れたのは、もっと根本的なモノである。


「あれ、やっぱりリュウカさんだ。こんな隅っこで何やってんの?」

「ギクギクーッ!!」


 ローストビーフをかじりながら、長身のアイドルが後ろに立っていた。

 柩山ギリコである。


「あ、あらギリコさん。お元気そうで何より。本戦出場おめでとう」

「どもっす。地下アイドル組、向こうに集まってましたよ。行きません?」

「フフッ、一緒にしないで頂けます? そうして群れるのは好きじゃありませんの」

「そうすか。ところで、さっきめぐるちゃんと話してました?」

「ッ……!!」


 同じ地下アイドルとして、リュウカはギリコのことをよく知っている。

 アイドルに関しては計算ができなくなる女。命の勘定すら平気で枠外に置くような人間である。

 組織の長として、リュウカは部下達にも徹底している。「柩山ギリコには手を出すな」と。

 ただでさえリュウカは、他のアイドルに対するギリギリの行為でイエローカードが山積している。リュウカ自身がアイドルであるから、戦略の一環として見逃してもらっているような状況だ。

 その上で、もしめぐるの現状に関して、責任の一端が自分にあると知られたら……。


「え、ええ。しっかりした、いい子ね。ライバルに対しても挨拶回りを欠かさない……」

「なるほど? そいつぁタフですね」


(え、何、これ? 何か疑われてる? 疑われてないわよね? 大丈夫、あの子が言いふらしたり、もしくはわたくしがボロを出さない限り……)


「あー、裏切り者だー! 裏切り者がいるぞー!」

「!?」


 リュウカが慌てて声の方を見やると、二人の地下アイドルがそこにいた。

 伊能アルタと毒島ノーラである。剣呑なセリフとは裏腹に、二人共にやけた表情であった。

 返すギリコも呆れ顔で、


「ちょっとちょっと、人聞き悪いなあ。誰が裏切り者だって?」

「だっておめー、最近ずーっと地上の奴らとつるんでんじゃん」

「ククク……。天の光に穢されし者、冥府の使徒の風上にも置けぬ……」

「そんで? つまり?」

「今度紹介して」

「全てを混沌に包み込む……。それこそ汝と我らが運命デスティニー

「へいへい。今からだとアレだし、トーナメント終わったらな」

「よっしゃー!」

「いえーい」


 そのまま浮かれた二人に絡まれ、リュウカは逃げるタイミングを完全に逸してしまった。いつバレるかとビクビクしながら、ただ頷くだけの機械と化していた。


(……早く帰りたい……)

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