第12話

 翌朝、目覚めと同時にリイナは手短に身なりを整えると家を飛び出した。昨夜、ドラゴンに乗って帰ってきたときにはすでに眠っていたようで、気付けばすっかり日が昇っていたのである。

 言いたいことが山積みな母の小言を背に受けながら向かう場所は目立つあのドラゴンのもとだ。


「ジードさん!!」

「よく寝れたようだな」

「お、おかげさまで…」

 ドラゴンの上で寝るという緊張感のかけらもないことをした挙句、ベッドまで運んだのはジードだと聞いており、申し訳なさでいっぱいになる。気まずくて泳いでいたリイナの視線は、ジードの手元で止まった。

 ポケットナイフの手入れをしているようで、色々な用具が広げられていた。さらに手入れが終わったと思われる小刀や、30センチほどの刀なども置いてあり、旅支度をしているようだった。


「どこか、旅にでも出るんですか?」

「あぁ。今のこいつはどこにでも行ける。逆に言えば、一か所にとどまらない方がいいかと思ってな」

 ジードが親指で指したのは物珍しそうにあたりを見回しているレアードだった。森から出たことのないレアードにとって、人や家、見るもの全てが新鮮なのだろう。子供のように目を輝かせている。

「行ってしまうんですね…」

「あぁ。一日だけでも、寝床があったのはありがたかった」


 “一日だけ”。ジードのその言葉にリイナは遠巻きにこちらを見ている村人を横目で確認する。村の数人は昨日でだいぶ慣れたが、昨日いなかった者たちは当然ドラゴンに怯えている。村としても、長居を勧めはしないだろう。

 分かってもらうにはまだ時間がかかる。それを痛感したリイナは、寂しさにレアードに手を伸ばす。こちらに気づいたレアードは顔を近づけてくれた。

 周りが悲鳴をあげるのを気にせず、リイナはレアードに優しく触れる。その時だった。

「わっ」

 森で見た光と同じような青い光がレアードからあふれ、そして一直線に何処かへ向かっていった。それと同時に、リイナの頭に山の映像が流れた。

 真っ白い雪に包まれた山は、火山のようで火口付近は赤茶の土がむき出しになっている。そして、そのすぐそばに卵があった。


「おい!どうした!」

 ジードに肩を揺らされ、リイナははっと意識が戻ってくる。あんな火山を、リイナは見たことがない。しかし、どこか懐かしいような感覚が残っている。

 ジードもレアードも、先ほどの映像は見えていないようで、心配そうにリイナを覗き込んでいた。


「ジュスタリア…か」

 夢で思い出した単語が呟かれ、勢いよくそちらを向くと、村長がいた。

「なに?」

「記憶の断片や、その者の想いを感じ取り、望む場所へと導く者。それを、ジュスタリアと言うのです」

「“導く”…」

 それは、かつてリイナが頼まれたことだった。そして、それが誰だったのか、今ははっきりと思い出せる。

「バルドさんに、小さい頃、頼まれていたんです。ドラゴンと、そのテイマーのジュスタリアになって欲しいと」

 ジードがどんな反応をするのか気になり、顔を上げると、何とも言えない渋い顔をしていた。

 

「リイナ、君には何かが見えたのだろう?」

 沈黙を破った村長の問いに、コクリと頷く。そして、ジードと村長の顔を見ながら、見えたモノを話した。

「…もしかすると、シーラ火山かもしれんな」

「シーラ火山?」

 村長は森があった方を指し、説明してくれた。

「あの森を抜け、二つの山を越えた先にある、火山のことだ。噴火を繰り返しているのもかかわらず、山頂から雪がなくなることはないという」

 リイナが見たのも、今にも噴火しそうな火山だった。もしかすると、そのシーラ火山のことかもしれない。

 ジュスタリアの能力で見たということは、あれはレアードが望んだ場所なのだろうか。


「そういえば、レアードはどこの生まれなんですか?」

 思い浮かんだ疑問が口をついて出る。話を振られたジードは首を横に振った。

「俺には分からん。お前が見たのは、もしかするとレアードの生まれたところなのかもしれんな」

 伝説のドラゴンかもしれないレアードがどこで生まれたのか、それが分かれば、仲間に出会えるかもしれない。さらに、彼に秘められているフルムーンの力がどんなものか、ジュスタリアの力を使えば追うことができるかもしれない。


「これは、確かめるしかありませんね!!」

「な、何でお前が行く気満々なんだよ」

 輝く目でジードにずいっと顔を寄せると、嫌そうな顔をして半歩身を引かれた。

「ジュスタリアなんですよ!お師匠さんに直々に頼まれたんですよ!」

 そう。リイナのついて行きたいという100%の気持ちと、師匠に頼まれた彼らの手助けをしたいという100%の気持ちの200%で、選択肢は存在しない。

「こうなることを予想して、もう準備は万端です!」

「それ、どっから取り出した…」

「乙女の秘密です」


 いつの間にか現れていた、森に行ったときのリュック。乙女の秘密、とできないウィンクをしてみせるリイナ。

 頭を抱えたジードは、出していた道具を腰に戻し立ち上がる。

 

「リイナ!」

 呼ばれて振り向くと、いつの間にかリイナの母が立っていた。どうやら何か怒っているらしく不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。

 怒った母には敵わない。視線を母の胸辺りに移し、必死に伝えることを考える。


「お、お母さん、あのね」

「また、何も言わないで行くつもり?」

 はっと顔を上げると、寂しそうな目をした母と目が合った。

 あぁ、そうだった。森へ向かう時も、リイナは何も言わずに出てきた。そして、父が亡くなった日も、母を驚かせようと内緒で山に出たのだ。

 “行ってらっしゃい”と、見送りができなかったことを、母は泣いた。それを知っていたのに、母のことを考えなかった自分の勝手さをリイナはいまさら思い知らされた。


「ご、ごめんなさい」

 視界が滲み、とたんに寂しさがこみ上げてくる。そんなリイナを、母は優しく包み込んでくれた。

 気持ちが落ちつく頃、リイナはそっと母から離れ、涙を拭った。


「わがままな娘ですので、迷惑になったらいつでも返しに来てください」

「え」

「あぁ。そうさせてもらおう」

「えぇ!?」

 ジードも母もいたずらっぽい笑みを浮かべてリイナを見ている。

 確かに、レアードならどこにいてもすぐに戻ってくることができてしまう。

 ちゃんと言うことを聞こう。リイナはそう心に誓ったのだった。


「それじゃあ、行ってきます!」

「えぇ。行ってらっしゃい」

 優しく微笑む母に手を振り、レアードに駆け寄る。すでに準備を終えたジードが先に肩に乗ると、手を伸ばしてくれた。


「俺は、ジードだ」

「?知っていますよ」

 突然何を言い出すのだろうと疑問に思いながら、手を取ろうとすると、ジードは手を引いてしまった。

 驚いて顔を上げると、もの言いたげな視線でじっと見つめられる。

 しばし無言で見つめあった末、リイナの首がゆっくりと左に傾いていたのがぴたりと止まる。


「…私、名乗ってなかったんですっけ?」

 ジードが無言で頷いた。

 リイナの口元がひきつる。

 そんな初歩的なミスをしていたとは…。

 苦笑いを浮かべながら、リイナから再び手を伸ばした。


「私はリイナです。よろしくお願いします、ジードさん、レアード」

 今度はきちんと手を掴んでもらえたリイナは、ジードの足の間にすっぽりと収まった。

「行くぞ、レアード」

『ギャァァァ!』

 元気な声を合図に、リイナたちは大空に飛び立つのだった。 




 

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フルムーンの約束 紅音 @akane5s

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