第11話

 ジードたちが大木の傍に降り立つと、炎は既に治まっており痛々しい焼け跡が広がっていた。真っ黒に肌を焼かれた木々。その中でも、やはり大木の被害が一番甚大だった。黒く染まった地を、ジードは大木に向かってゆっくりと歩いてゆく。

 ふと気づくと、大木の傍に倒れている人影を見つけ、駆けだした。徐々にはっきりとわかる人影に、走る速度が上がる。

 

 お願いだ。嘘だと言ってくれ。

 否定したいのに、目の前にある光景は現実をナイフのように突きつけてくる。

 うつぶせに倒れていたのは、森を出ているはずのリイナだった。

 服のところどころが焼けて穴が開いているが見える範囲に外傷はない。一抹の不安を心に抱きながら、そっとリイナの頬に触る。ちゃんとぬくもりと息がある。

 ジードはホッとして肺の息を全て吐きだした。


「心配かけやがって…」

 軽くリイナの頭を小突くと、うっ…と小さく呻き、顔を歪ませていた。その様子に笑いながら、そっとその体を抱き上げる。目を覚ましたら説教してやるかと考えながら、ジードが振り向くと、そこには人がいた。

 1人の老人が一歩前に出たかと思うと、深々と頭を下げてきた。

「どういうつもりだ?」

「あんなに自然にあふれていた森を、焼いてしまった」

「焼いたのはあんたじゃない」

 老人は首を横に振り、ゆっくりと顔を上げて全てを話してくれた。

 少し離れたところにある村の長であること、人喰い飛竜をおそれ何度もハンターに依頼を出していたこと。今回火を放ったあいつは以前依頼したハンターだったが、一度なすすべなく帰還し、勝手に兵を連れてやってきたこと。そしてこの少女を心配してついてきたこと。


「この森を訪れ、その自然の多さに驚きました。そして、己の愚かさに気づかされた」

村長は燃えた森を見渡し、その視線は大木で止まった。


「もう一度言う。これはあんたらのせいじゃない」

 ジードは村長とは逆の空を見上げて呟いた。真上に昇っていた月はいつの間にか木々に埋もれており、小さな星の輝きが見えるようになっていた。

 月がいなくなると、星の輝きがよく見える。ふとそれが頭に引っ掛かった。


「こ、これは…」

 戸惑う村長たちの声にはっとして振り返ったジードは、息を呑む。蛍の光のようにきれいな青い光が大量に舞っていたのだ。辺りを見渡せば森の全体がその光に包まれている。長年森に棲んでいるが、ジードもこんな現象を一度も見たことがない。 


「お師匠さんの、バルドさんの最後の力です」

「!!気が付いたのか」

 腕の中で眠っていたはずの少女が目を覚まし、驚きつつもゆっくりと地に降ろした。



***


「それで、師匠の最後の力とはなんだ?」

 ジードをはじめ、全員の視線がリイナに集まる。リイナ自身、目覚めたばかりでかなり困惑しており、頭の中を整理しながら視線をさまよわせる。


「私は、夢を見ていました」

 あぁ。そうだ。夢だったのだと、口に出してはじめて気づく。そしてリイナはゆっくりと語った。


「彼の魂は、ずっと大木に宿っていました。炎が森を包んだとき、守るためにその力を使って被害を抑えた。そして再生の力をこの森に与えたそうです」

 目を閉じれば、バルドの優しいほほ笑みが浮かぶ。死んだ自分が役に立てるならこれでいいんだと。満足そうに、でもどこか寂しそうに。

 バルドは古のエルフの血を継いでいた。その力は強大で、だからこそ片腕をレアードに与えることで暴走を最小限に抑えることができたという。


 リイナは再び目を開けてジードを見た。

「森の再生は、結界を破ることで成されます」

「結界?」

「はい。レアードの流れ出る力をとどめるための結界だそうです。テイマーとしてあなたがレアードの力の器となったことにより、結界を解いても影響はあまりでないそうです」


 どうやらジードも知らないらしく、次から次へと話すと頭を抱えてしまった。

「まぁ、疑問は尽きんが、とりあえずどうすればいい」

「あ。やるのは私みたいです。大木に触れろ、とだけ言われました」

「あの曖昧師匠め…」

 がっくりと肩を落とし、ジードはため息をこぼす。

 村長は、視線を交わすと深く頷いてくれた。リイナも頷き返して足を踏み出す。いざと言う時のためだとジードも傍へ寄ってくれた。


 一度深く深呼吸をして、リイナは大木に触れる。その瞬間。

「わっ」

 ガラスが割れるような音と共に眩しいほどの光が大木からあふれ出した。その激しさに腕で目元を覆い、強く目を瞑る。さすがにレアードも目を覚ましたようでギャーと鳴き声が聞こえてきた。

 光が治まっていくと、暗い夜の森に帰ってきた。だいぶチカチカとする頭にゆっくりと目を開けていくと、視界に映りこむその景色にリイナは息を呑む。

 リイナだけではない。その場にいた全員が信じられない光景に唖然としていた。

 燃えたはずの花々は何事もなかったかのように咲き誇り、木々は青々と空に葉を伸ばしていたのだ。


「森が、戻った…」

『ギャァァァ!』

 バサリと羽ばたく音と共に元気な鳴き声がする。村人たちは一瞬で正気に戻ると突然とんだレアードに怯えて逃げ惑う。

 暴走したか、とジードは一瞬身構えていたが、ただ嬉しそうに飛ぶドラゴンに構えを解いた。

 月の光を反射して煌めくレアードを見上げ、リイナの頭に一つの可能性がよぎった。月の力を欲し、それに月が答えた。月に選ばれたドラゴン。

「ルーナ・フィオレット・ドラゴン…」


 ドラゴンテイマーに憧れたリイナは色々な本を読んだ。その一冊に書かれていた、伝説のドラゴンの特徴が、レアードと一致するのだ。

「ドラゴンの種類か?」

「はい!伝説のドラゴンです!」

「伝説…」

 飛び回って満足したのか、レアードはゆっくりとリイナたちの傍に降りてきた。 

 頭をジードに突き出して、撫でろと言わんばかりのドラゴン。まだまだ甘えたがりの子供の様でリイナはくすりと笑みをこぼした。


「お二人とも、一段落したところで、村に帰りませんか?」

 村長の声に振り返ると、いまだに混乱している村人たちがおり、もう夜中も過ぎていることを思い出す。

「俺はいい」

「何言ってるんですか!みんなくたくたなんですよ!パッと送ってくださいよ!」

 まだまだ元気なリイナが言わんとすることを村人たちも察したようで、徐々に顔が青ざめていく。

 それに気づいたジードが自ら辞退しようと口を開きかけたとき。

「いいじゃないですか。人食い飛竜じゃないって分かりましたし、それに、こういうのは慣れですよ!皆さん!」

 そう言ってリイナはジードの首に抱き着いた。それを見た村人たちはひぃっと悲鳴を上げた。

「お前なぁ…」

「はっはっは。それもそうだな。レアード殿、ジード殿、老いぼれは歩き疲れてしまったのじゃ。村までビュンと送ってくださらぬか」

「村長!?」

 笑いながら、レアードに少し近づく村長に村人たちが驚愕する。レアードは首を捻ってリイナとジードを見る。


「お前に乗せて欲しいそうだ」

『ギャァァァ!』

 元気な声で返事をしたレアードが器用に両手…前足をくっつけて村長の前に置いた。

「レアード、私も!」

 ひょいっとリイナもその手に乗り込む。

「はぁ…。お前らはどうする。無理にとは言わん」

 村人たちは顔を見合わせ、頷くとゆっくりとレアードに近づいた。


「道案内役はこっちにこい」

「えっ」

 レアードの手に乗っていたリイナを引っ張り出すと、ジードはその手を引いて肩の方へと歩いてゆく。 

 よく見るとレアードの首には細いツタが付いており、ジードはそれに捕まった。空いている片手でリイナの腰を抱えられ、自然と体が密着する。

「しっかり捕まってろ」

「は、はいっ」

 念願かなって乗ったドラゴンの背のはずなのに、リイナは緊張して風景を見る暇などなかったのだった。

  



 



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