第10話

「ふはははは!!いい気味だ!!我々に逆らうからこんな目に合うのだ!!」


 ワインレッドのドラゴンの上で、勝ち誇るように胸を張り高笑いする男。

 ジードの耳にはその下品な声は届かず、ただ呆然と燃える森を見つめることしかできなかった。

「ギャァァァ!!」

「っ!レアード…」


 怒りのこもったレアードの鳴き声で意識を引き戻される。翼を羽ばたかせながら、レアードは顔をジードに向けていた。その瞳には静かな闘志が宿っている。

 その目に宿る闘志は、森を燃やされた怒りと、ぼうっと呆けていた主に対する怒りのように見える。 

 いつものレアードだったなら、怒りに任せて力を振るっていただろう。短期間でいろいろ変わるものだと頭の中で感心しながら、ジードは片方の口端を上げて笑う。


「今宵の月は本当に美しいな…。そうだ。今までの非礼を心から詫びるのであれば、許してやらんことも…」

「月?」

 最後まで話を聞かずにジードはふと気が付いた。いつの間にか日は完全に落ち、背には月が昇っていたのだ。レアードが気を乱すこともなく、いつも通りだったのと、炎のせいで夜になっていたことにすら気づかなかった。契約による力の抑制は本当に成功したようで、ジードはほっとした。

 安堵したのも束の間、現状が大変なのは変わっていない。

 見上げていた視線を男に戻し、再び睨みつける。先ほどまで気分よさげに話していた男の顔は真っ赤に染まり、肩をわなわなと震わせていた。

「ほぉぉ。もう謝っても許さんぞ!!ベアトリス!ファイアーブレス!」

 話を聞かなかったのがどうやら気に食わなかったらしい。ベアトリスが大きく口を開き、炎を溜め始めるのを見てから、ジードはレアードに視線を移す。視線を交わしたのは一瞬。彼らにはそれだけでよかった。いつでも行ける、とレアードの瞳は語り、ジードは小さく頷く。


「外すなよ」

 そう呟いたジードは、体制を低くして次の衝撃に備える。逃げも隠れもしない彼らに、ベアトリスはブレスを打ち込む。動かないレアードめがけ、飛んでいくブレスに、男は勝ちを確信し顔に余裕の笑みを浮かべていた。


「今だ!レアード、打ち返せ!!」

「なに!?」

 引きに引き寄せ、合図とともにレアードは素早く一回転する。尻尾の強靭な皮膚で受け止め、遠心力で男のもとへ返してやる。

 完全に油断していた男は迫りくる自分の攻撃に目を見開いて驚くことしかできなかった。ブレスは見事命中し、男ははるか彼方に飛んでいったのだった。


「よくやった!」

 邪魔者はいなくなった。あとは火を消すことに集中できる。森の状況も見たいが、これ以上近づけばレアードの羽ばたきで被害を拡大させかねない。レアードなら大きな桶を持つことができるが、水場があったとしてもそれほど大きな桶が普通にあるとは思えない。そもそも、突然ドラゴンが現れれば、人間はパニックになり話しをすることすら困難であることが容易に想像できる。

 助けを呼べないのなら、何ができるか。被害をこれ以上浸食させない方法は1つだけある。

「…レアード、周囲の木々を全部倒すぞ」

「ギャーー…」

 レアードはまるで嫌だと言うように、弱々しく鳴き声を上げる。

 じっと視線を感じるが、目を合わせてしまえば決心が揺らぎかねない。ジードにも苦渋の決断で、握りしめた左手は爪が喰い込み血が流れていた。

 やがて諦めたレアードは、ゆっくりと降下を始め森に近づいてゆく。


 師匠、すみません。あなたを最後まで守ることのできない弟子を、どうか許してください。

 自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめ、火事に巻き込まれてしまった動物たちに祈りを捧げ、ゆっくりと目を開く。


「…?あれは?」

 森に近づき、ジードは違和感に気づく。確かに木は燃えているのだが、近づけば近づくほど、火が小さくなっているような気がするのだ。

 まだ燃える中心には、師匠の大木がある。ジードは大木を見たとき、一瞬自分の目を疑った。燃え広がっていた炎が、大木に集まっていたのだ。いや、吸い取っている、といった方が正しいのかもしれない。

 伐採することをやめ、レアードたちは炎を刺激しないように注意しながら、森の中に入っていくのだった。

 









 

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