1.生活

 陽の光のようにあたたかな心をもって、自由に上へ上へと羽ばたくように生きてほしい。

 そんな意味の名前だった気がする。しかし人はどうも親の期待を裏切るようにできているらしい。俺は困っている人を助けるぐらいはするが、自業自得で困っている人間を助けるほど心の温かい人間じゃないし、良くも悪くも目立たない位置にいたいため、上へ上へというほどの向上心はない。強いて言うならなるべく自由に動きやすい位置にいたいという意志はあるから自由に生きるというところだけはあっているのかもしれない。だったら俺の名前は、陽翔はるとじゃなくたって、自由とか、もっと他に色々あったのではないかと思う。


 現に今俺がここで一人暮らしをしているのも、単に自由に一人暮らしをしたいがために田舎を出てこっちの大学に来たからである。それが都会過ぎては慣れないし、田舎過ぎては一人暮らしの口実にならない。今の場所はそういった意味で都合のいい場所だった。


 この家に来てから俺はこの家の中でまだ一言も声を発していない。というと少しうそになるが、少なくとも会話はしていない。学校の友達も知り合ったばかりで家に入れるのはなんか気が引ける。この家に来てどれぐらい経つだろう。そう考えてふとカレンダーを見ると、赤い丸印。サークル勧誘の飲み会ぐらいには行っておくべきかと悩んで友人と参加することになった飲み会は明日に迫っている。少し憂鬱なような、何かに期待しているような不思議な感覚。せっかくの大学生活、さすがに彼女でなくても女友達ぐらいは欲しい。そういう期待なのか、自分でもよくわからないが何かそわそわしてきた。


 つけっぱなしのテレビからは、パソコンとつなげられているため動画サイトで流しっぱなしのどこの誰かも知らないアーティストの機械音のような洋楽のようなアップテンポな曲が流れ、その画面は様々な色にチカチカと光っていた。ほとんど何も置かれていないからか面積が広くなっている白い壁はその光を反射させ、日当たりが悪く暗い部屋の中でぼんやりと点滅している。


 実際は狭いこの部屋にその音は隅々までよく響く。それを聞きながらお勝手で前の日に炊いて残った白米と、インスタントの味噌汁を用意して、適当に胃袋に流し込んで、また蛇の通り道かというほどに狭いお勝手で歯を磨く。そして適当に服を選び、適当に髪をセットして、学校に出かける。この間30分。


 朝の空気はいくらか暖かくなったが、まだ微かに冬のにおいが残っているような気もする。自転車に乗っていると空気もこちらに向かって走ってくるため、その冷たさが春と冬の境目にあることを教えてくれる。信号は無駄に長い。車なんてほとんど走ってないだろう。の割にこちら側の時間はほんの数秒ほどしかとられていない。なんだ、都会はすでに機械に乗っ取られたか。初めてここを渡った時そう思った。


 行きの道は昼のこの時間であっても車道を走る。別に歩道に人があふれていて通れないからというわけではない。単に学生は横に並んで歩く。一組いるだけでも自転車は通り抜けられないし、むしろ自転車は車道を走るべきで、この場合むしろこちらが侵略者だ。邪魔をしてはいけない。勢いよく走りたいからという理由もある。というよりこれが本当の理由だ。その勢いのまま駐輪場に自転車を止め、未だにいまいち慣れない校内を歩き進めると講義室だ。この間15分。こうして短いのに長く感じる一日が幕を開ける。

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