第5話 勇者パーティー(♀)が強すぎる

思い……出した。


あれはモテな過ぎてもう人間の女でもいいや、と自棄になっていた頃だ。


キューマは、兄たちの会話から漏れてきた『境界渡りの鈴』に興味を持った。


それさえあれば、人間界に行ける。人間の女は男に飢えているそうだし、きっとモテモテだ!


昔のキューマは今以上に頭が軽かった。

保管庫から鈴を盗むと、早速発動させたのである。消費魔力の確認や、転移場所の設定などせずに。


その結果、彼は人間界の砂漠へと放り出された。

急いで魔界に戻ろうとするも、キューマの雀の涙程度の魔力では、鈴の連続使用は出来ない。


あわや脱水症状で死――という状況で出会ったのが、幼い勇者たちであった。



きたる魔界侵攻用の兵器として、人間らしい扱いを受けず、国家機関に育てられていた彼女たち。優しくされた事はなく、冷遇される人生に心まで冷たくなっていた。


しかし、魔界出身のキューマが、水を恵んでくれた幼女らのバックボーンを知るはずがない。


この子たちに取り入って、ヒモにならないと生きていけない!

キューマは全身全霊でびた。


接触すら許されていなかった男が、こんなにも愛らしく求めてくれるなんて……

凍っていた幼女たちの心は瞬間解凍された――では済まず、燃えたぎった。


食事をアーンするのは序の口で、ボディタッチは陰湿なまでにディープ、寝床に忍び込むこそ我が本懐。

勇者たちは競い合いながらキューマにアタックを仕掛ける。

一騎当千の幼女らのキャットファイトは、クソザコナメクジのキューマにとって致死率高めであった。


こいつらヤベェ! このままじゃ殺される!


彼がそう思う頃には時すでに遅く……兵器であった勇者たちは全身に欲望という名の血を巡らせ、どこに出しても恥ずかしくない肉食女性に進化していた。



綺麗な身体で魔界に帰還出来たのは奇跡と言えよう。

ギリギリのところで、鏡面渡りの鈴を起動するための魔力が溜まった。勇者たちは誰が先にキューマを食べるかで争っている。

その機を見逃さず、彼はまんまと勇者たちから逃げたのであった。


そして、このトラウマな思い出を記憶の底に封印し、平和な日常を過ごしていたのである――そう、キューマに狂った勇者たちが、魔界へと侵攻してくるその日まで。




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感動の再会である。


「「「キューマ(さん)(様)」」」


勇者たちがねっとりとした目で、噛みしめるように彼の名を呼ぶ。


「イイエ、チガイマス。ボク、キューマ、チガウ」

己の死期を悟ってしまったのか、キューマの言葉から生気が抜けている。


「やっと、やっと見つけたよ」

「この高ぶり。言葉に出来ない」

「ああ、これも神の思し召しでしょうか」


三人はとろけた笑みになった。

今すぐキューマに抱き着き、ベッドに放り投げ、そのままマウントを取る気満々の表情だ。


(……終わった)

抵抗するだけの力はない。以前のように鏡面渡りの鈴を持ってもいない。もう、どうしようもない。


自分は二度とシャバに出られず、大事にされてしまうだろう――キューマの心が折れかかった時、予想外の事態が起きた。


近付いてくる戦士、魔法使い、僧侶の肩がぶつかり合ったのだ。

狭い室内で一人に三人が群がろうとすれば、そうなるのは自然なことである。



「…………邪魔しないで。一番槍はボクだよ。彼の槍をボクの鞘に納めるんだ」


「…………そんな取り決めはない。ターゲットを見つけ次第、共闘関係を解消するのは既定路線」


「…………神はおっしゃいました。『男を前にして友情は儚き物』と。あなたたちとの日々、悪くはありませんでしたけど、ここまでですね」



三人が無表情で互いを見つめた――と次の瞬間。


戦士が抜刀し、魔法使いに斬りかかる。


斬撃は魔法使いにとって予測済みだったようだ、召喚された使い魔のビックスライム君が身体で止めている。


その隙に、僧侶がキューマに手を伸ばすが、戦士の蹴りが彼女の脇腹に刺さる。部屋の壁に叩きつけられた僧侶だったが、即回復魔法で復活し、お返しとばかりに杖から光球を発現させ戦士に向かって放つ。


その隙に、魔法使いがスネーク君を使ってキューマを捕らえようとする。が、そうはさせまいと僧侶が杖を大きく振りかぶって、スネーク君を窓の外へとナイスショットする。


その隙に、光球を気合で吹き飛ばした戦士がキューマに迫るが、魔法使いが雷撃魔法を唱えて――


その隙に、僧侶が天使を顕現させてキューマを空へと連れ去ろうとするが、戦士がその翼をもいで――


その隙に、魔法使いのスパイダー君が満を持して出撃するが瞬殺され――



その隙に――宿屋全壊し。


その隙に――戦いの余波で村の家屋が吹っ飛び。


その隙に――戦いは世界へと飛び火していった。





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「死ぬかと思った。なかば死んだ」


悪運を総動員してキューマは生き残った。

勇者たちの仲間割れを止めようと軍が参戦したことで、特異点であるブレイクチェリー山の監視網が緩くなったことが幸いした。キューマは人間たちの目を掻い潜って、特異点に飛び込み、魔界へと逃げ帰ったのである。


「よくやったな。ろくでなしのお前が、まさか任務を果たすとは思わなかったぞ」


飛竜の交通便などを使って魔王城へ帰宅すると、父親が手放しに歓迎した。


「人間界の監視役からの報告では、勇者たちは何日も絶えず争っているようだ。闘いの規模はどんどん大きくなり、地が割れ、海が枯れ、空が堕ち、今や天変地異レベルらしい」


「ヒエッ」


「軍では鎮圧出来ず、被害は広がるばかり。冷遇していた勇者たちから手痛いしっぺ返しを受けているわけだな」


「敵ながら同情するぜ」


ブレイクチェリー山に登って眼下を見た時、勇者たちの激闘の風圧に当たって軍が木の葉のように舞っていたのを思い出す。災害に人が勝てるわけがないのだ。


「人間界の多くの国が混乱の渦中にあるらしい。最早魔界に侵攻する力はないな」

長年の悩み事が解決したからだろう、魔王が「カカカッ」と笑い、破顔する。


十数年苦楽を共にしてきた勇者たち。その絆は男一人が間に入ることによって易々と崩壊してしまう。

男を求める本能が成す悲劇か……

キューマは何とも言えない気持ちになった――だが、それはそれとして。


「親父、とりあえず殴らせろ。んで、俺の功績を存分に宣伝してくれ。嫁候補がわんさかやって来るくらいにな」


「おお、もちろんだ。お前は英雄なのだ。どんなワガママを言っても構わん……と言いたいが、あと一つだけ頼まれてくれんか? 英雄様にしか出来ないことだ」


「あん?」


魔王が手を突き出して「『硬直』せよ」と、魔法を放ってきた。


「なっ! なにしやがる親父ぃぃ!!」

憎まれ口を叩いても身体は素直である。キューマは速やかに固まった。


「お前、今から人間界に戻って勇者たちの争いを止めて来い」


「はっ?」


「勇者たちの闘いが激し過ぎて、境界に大きな歪みが出ている。なんか時空魔法とか、次元斬とか、天使召喚とか私の常識では考えたくない力の応酬が原因らしい。このままでは境界が壊れ、魔界と人間界が永遠に繋がりかねん。現に、世界のいたる所で特異点が増殖中だ」


「げぇ……」

境界がなくなったら、肉食女性と常に隣り合った生活になるだろう。まともに生きていける気がしない。


「け、けど世界すら壊す勇者たちを俺が止められるわけねーだろっ!」


「知っているぞ、勇者たちはお前を巡って争っている。仲裁者としてお前以外に適任はおらんな」


「な、なぜ知っているし?」


「監視魔法で常に観ておったからな。お前のヘタレぶりは堪能させてもらった」


「プライバシー!」


「ええい、うるさい! 『キューマ!』と絶叫しながら王城を破壊する勇者の姿が監視役から報告されている。ちなみにその監視役は壮絶な光景から心理的外傷を患って辞表を出してきた。あんなものが、もし魔界に来ようものなら大災害は免れぬ」


「俺だってトラウマ持ちっすよ! 勘弁してぇぇ!」


「グダグダ言わず男を見せろっ! ……さて、取り出したるは」


魔王が懐から出したのは、お馴染みになった『境界渡りの鈴』である。


「ちょ、やめっ! それだけはやめっ!」


「身体を張ろうが、身体を売ろうが、停戦手段は問わん。安心しろ、お前は一応王族なのだ、重婚は認められておるぞ」


「俺は普通の子とイチャイチャしたいんだぁぁ!! 肉食勇者はいやぁぁぁぁ!!」


キューマの身体が淡い粒子へと変わっていく。転移の前兆だ。


「グッドラック、逝ってこい!」


「ちくしょおおお!! 親父ぃぃぃ!! 俺は生き残って、絶対てめぇに復讐してやるからなぁぁぁ!!」


再び恨み言を残し、キューマの身体は消えていった。





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今回、勇者を探すのに苦労はなかった。

辺り一面が砂礫されきの大地と化し、そこに立つのは三人の女性だけ。

目立つので、すぐに見つけることが出来た……が、それは同時にキューマが勇者たちに捕捉された、とも言えた。



「あはっ、どこにいっていたのさ。山を十個斬って探しても見つからないから心配したんだよ、ボク」


「あなたがいないと、私はこんなにも壊れてしまう。もう絶対に放さないようスパイダー君とスネーク君とビックスライム君を合成してみた。見た目はグロいが頼もしい。おすすめ」


「この世界は邪魔なものが多すぎます。ワタクシと天界に行って、末永く幸せになりましょう」


昼も夜もなく、闘い続けてきた勇者たち。

満身創痍の姿だが、人にも魔族にもない神秘性があった。もう生物としての枠を超えてしまったらしい。


「どうすんだよ、これ」


それはあまりにも絶望的な任務。

命が尽きるか、貞操が散るか、戸籍が汚れるか、先は見えない暗雲たる戦い。


キューマは嘆き悲しんだ。

しかし、終われない。

父親への怒りと、嫁もいない身で終わりたくない一心で顔を上げ、キューマは勇者たちに立ち向かうのであった。

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『男女比 1:30 』 世界からの侵攻 ~勇者パーティー(♀)が強すぎるので色仕掛けで何とかする~ ヒラガナ @hardness5

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