第3話 最初は、うまく行かない 

 「入学早々から遅刻しやがったなぁおい、藤原、卯月野!」

いおりの肩が、ぴいっと跳ねる。

怒鳴るのは中等部の担任、白沢皐月しらさわさつき先生。

生徒は入学式の前に、一旦教室へ集まることになっていた。

並べられた十五個の机の上には、菜の花のちいさな束と、その席に座る者の名前を書いた紙がそっと置かれている。

おのおの既に指定の席に着いているなか、遅刻して飛び込んできた、特に見慣れない顔のまかては目を引いた。

叱られているのにもかかわらず、当のまかては入学式への思いがつのり上の空、全くお構いなしなので、皐月先生のこめかみに青筋が走った。

そこで鐘が鳴り、大講堂への移動が始まったので、運がよかったといえる。

大講堂は本校舎の離れにあり、屋根付きの外回り廊下を通って行く。

小中高等部の新入生達ががやがやと緊張もそこそこに歩いて行くなか、まかては桜がひらひら舞う校庭の奥に、何やらぼろの建物を見つけた。

が、後ろに押されて大講堂に入り、在校生や先生からの盛大な拍手に包まれて、入学式を迎えた。




☆☆☆


「ごきげんよう、諸君。私がこの白桜女学院が院長、凍堂四季巳とうどうしきみだ。よろしく。」

新入生達が着席するや否や、真っ赤ハイヒールを高鳴らせて壇上に現れたのは、まっすぐ伸びた黒髪の麗しい、はだが陶器のように透き通った女性。

院長先生はとうとうと祝辞などを述べたのち、最後にこう言った。

「この学院内では、その日一日初めて顔を会わせた相手には、『ごきげんよう』と挨拶をすることが院則として定められている。相手よりいかに早く言えるかが、生徒評価の鍵になる。励むように。」

これが、全ての新入生が想像したであろうゆったりのんびり学院ライフを、毎日がバトルの戦場に仕立て上げるものであるとは、新入生の誰も知るよしはない。

しかし在校生はみな口をキリリと引き締めていた。

なんのこっちゃとポカンとした顔を浮かべる新入生達を見て、溢れ出そうになった笑いをこらえるためだ。この院則を聞いたまかてはみんなに挨拶!みんなに挨拶!と脳内で息巻いていたが、一方いおりはダルい……と思いつつも、成績に関連するなら仕方ない、と自分を励ましていた。

それからしばらくして入学式は終わり、生徒たちは再度教室に戻ることになった。

問題はそれからである。




☆☆☆


 席に着いたのち、まかては黙り込んでいた。

 『、藤原まかて』

 入学式が無事終わってが外れたか、元々まかて以外はみな持ち上がりのメンバー、友達同士で楽しく話し始めた。

ふと、誰かがまかてを見て、言った。

 『親殺しのバケモノ。』 

その言葉を皮切りに、会話が一気にまかての噂や陰口へと変わった。

まかては寂しげな笑顔でうつむき、だんまりを決め込んでいたが、先生の話し合いが長引いているのをいいことにエスカレートし、あることないこと、ただの罵詈雑言を、実にキャッキャと話し合った。

そしてあるとき、一人が、窓ぎわの一番後ろの席にあるまかての席まで歩み寄ったかと思うと、いきなり机を蹴った。

驚くまかてを無視して通り過ぎ、仲間のもとに戻っては皆でクスクス笑った。

何度か同じようなことが繰り返され、ついにまかての隣席でいおりが切れた。

ガタンと椅子を蹴って立ち上がり、真顔で当事者に殴りかかろうとしたその時、まかての後ろの席で同じくだんまりを保っていたひとりの生徒が、口を開いた。

 「本人を直接蹴る勇気もないほどの腰抜けは、いっぺん死んだらどう?」

 初雪のごとく白い髪をきりりと高く結い、肉色の大きな角が額ににょきり。

クラス一番のである彼女は、深く椅子にもたれ込み、ぽっくりを履いた足を、ゴン、と重い音を立てて机上に投げやった。

 「この学校、なんやと思っとるん。初等部のはな垂れチビッ子から天下の院長先生まで、みぃんな揃ってバケモンやろ。誰もが、そこで一緒に笑いよる友達をも、手が滑って殺しかねんのやって。あたしの目の前のこいつは、運悪う親を殺してしまっただけ。ここはバケモンのための学校よ、自分がバケモンって自覚がないような阿呆は、この学校におる資格ないんやないの?」

そう言ってアッハッハと笑う彼女に、だんまりのまかては興味を持ったらしく、くるりと振り返った。

周囲が静まり返るなか、まかては聞く。

 「あんた、誰?」

慌てていおりがまかての袖を引く。

 「まかて、その子はね……。」

そう説明しようとしたところを、鬼は遮る。

 「卯月野!あたいは自分の自己紹介くらい自分で出来るよ。あたいは熊崎桜花!街の南端に住んでる鬼熊の一族の跡取り娘よ。よろしく!」

白魚のような手をまかてに差し出す。

まかてはその手を取ると、高らかに宣言した。

 「私、あんたと友達になるわ!」

桜花はまたもやアッハッハと大声で笑った。

細い体が上下し、髪に結わえ付けられた小さな鈴が、チリンチリンと軽やかに鳴る。

いおりはその様子を心配そうに見ていたが、まかてと桜花の握った手が離れたその時、ちょうど皐月先生が教室に戻ってきた。

 「おいおい何だよ、妙な空気だな。」

いおり以外の初めての友達ができたまかてはニッコニコ、いおりはそんなまかてを心配そうに見つめ、桜花は未だアッハッハと笑っている。

それ以外の生徒は、しんと沈黙している。

かくしてまかては、一人目の素敵な仲間と出会った。




☆☆☆


 「あたし、そんな縁談断るから。」

 桜花は薬くさいその部屋のふすまを吹き飛ばすように開けた。

重い気持ちと体を抱えて長い廻廊を歩き、四方に血色のお札が貼られた、座敷牢のような自室に戻る。

丸座を引きずり出し、すっかり黄金色になった畳の上に寝転がったけど

 「酒天の君、懲りないね。」

格子窓の隙間から、すっと色白な影が覗く。

黒子衣装を身に付けているが、頭の被りの両端が、不思議に盛り上がっている。

 「あたしの生まれしか気にしていない、頭のスッカラカンな奴ら。酒天の奴、親父、そして五代目、どいつもこいつもみんな。あたいを利用して儲けることしか頭にないんよ。」

桜花がため息をつく。

影はその様子をじっと見つめていたが、ふと思い出したように背負った籠をあさると、窓から細い腕を差し入れた。

 「今日の花はくちなし。」

花を、畳の上にそっと置く。

その甘い香りは、桜花の意識をまどろみへと誘う。

 「いつもありがと。あとで飾っておくよ。」

上の空で答える桜花。

 「お大事に。」

黒子はその体調をひどく心配するようなそぶりを見せつつも、音を立てずに去った。

 

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暗黒☆天国 空乙女 @yubisaki0713

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