第2話 入学式、手をつないで

 「それじゃお母さん、行ってきます」

 人間世界の裏側に存在する町、さくら町。

まぁるく広がる煉瓦の町を、まぁるく森が取り囲む、不思議なまち。

さくら町の中心にある広場からは、東西南北に向かってひとつずつ、桜並木の街道が森の中まで続いている。

北の道の果てには、ちいさな青い花のとり囲む湖。

西の道の果てには、真っ白の壁の学び舎。

南の道の果てには、黒光りする屋根の広いお屋敷。

 藤原まかては、東の道の果てにある、茂る森を突き抜けるほど高くそびえ立つ、極彩色のステンドグラスで彩られた塔、そこで育った、箱入りの女の子だ。

 塔は中心がどかんと吹き抜けになっていて、ドーナツのような丸見えの廊下がそれぞれ四階まで、壁沿いをぐるっと回る螺旋階段でつながっている。

一階は玄関ホールで、床は一見ただの青と白のタイル張りだが、よく見ると意図的に組み合わさっており、一面を使って魔法陣が描かれている。

ホール奥は厨房と食堂が口を開けており、ご飯どきには香ばしい匂いが塔からあふれる。

二階には図書室、その隣に、ほぼ図書室を住みかとするまかての妹・美神の部屋。

三階は長姉の明久理の部屋で、ワンフロアぶち抜き。

ちなみに二番目の姉・流久理は、いつも塔の地下室にいる。

まかては最上階の四階、そのまた屋根裏で暮らしていた。

無理やり閉じ込められたのではない、自分で選んでそうしている。

部屋のようすは、木製のベッドと、机つきのチェストのみ。

出窓にかかったカーテンや布団などは全て白の木綿で統一されていて、ほこりもなく、掃除も行き届いているゆえに、潔癖を感じさせる部屋だ。

チェストの上には、まかてによく似た女性が写る写真が立ててある。

そのそばにはガラス瓶が置いてあるが、花は生けられておらず、代わりに色とりどりの押し花が、瓶の回りに散りばめられている。

 「行ってきます、母さん。」

まかては部屋を飛び出すと、階段を滑るように駆け下りていった。

コートの背中にあしらわれた桃色のリボンを揺らし、ドタドタと足を踏み鳴らして下りてゆくまかてに、

 「いってら~、まかて!」

亜久理は、廊下むきの窓から身を乗り出して手を振った。

図書室から扉を蹴破らんばかりに飛び出してきた美神は怒り心頭で、

 「階段くらい静かに下りて!」

ときいきい叫んだ。

流久理はしばらくのおやつとして、焼きたてクッキーを鞄いっぱいに詰め込んだ。

 「ほら、まかてが大好きなクッキー。もし万が一これを食べても元気がでないような時は、迷わずうちに帰るのよ。いつでも待ってるからね。」

 今日、まかては初めて学校に登校する。

昔、生まれたての頃のまかては、たびたび体内のちからを暴発させ、姉妹達や、また関係のない相手に危害を及ぼすことがしばしばあった。

周りの子供達が学校に行き始める歳になっても、そのことを懸念して、姉妹達はまかてを学校に通わせなかった。

けれどまかては、何度も何度も、私も学校に行きたいと懇願した。

願いを叶えてもらうために、まかては自分の生まれ持ったちからと真剣に向き合い、血を吐くような修行を重ねた。

そして去年の秋、まかてが周りに危害を及ぼさないレベルまでちからを抑えられるようになったのを確認した姉妹は、努力を認め、春からの進学を許可した。

 うきうき気分で用意周到に準備をし、月日は巡り、今日は入学式。

 「まかて!」

 意気揚々と扉を開け、さあ行くぞと突っ走ろうとした矢先に、袖を掴まれた。

春先だというのにノースリーブの制服、そして真白の手袋という奇妙な出で立ちの女の子が、ツインテールを揺らして玄関先に立っていた。

彼女は卯月野いおり、まかての唯一の友達、幼なじみだ。

昔、両親に連れられて塔を訪れ出会ったことをきっかけに、寂しがりやなまかてのため、いおりはほぼ毎日、月にある実家からふわふわと舞い下りて、つい昨日も塔に遊びに来て、時には外に連れ出しもした。

まかての厳しい修行に付き合ったこともあるほど、親密で気の置けない間柄だ。

新入生のまかてとは違い、いおりは在学生。

突っ走り屋なまかてが迷子にならないよう、姉達が先に連絡を入れ、一緒に登校するよう頼んだのである。 

 「さ、行こう。ぐずぐずしてると遅刻しちゃう。」

いおりはまかての手をしっかと握り、桜の舞い散る街道を駆ける。

 学校への道は単純だ。

塔がさくら町の東端で、学校は北端。

街道を広場までまっすぐ行き、そこから北端に向かって曲がれば迷うことはない。

が、まかては突っ走り屋なので、放っておくと西端へ一直線だ。

そんなふうにして迷子になるまかてを、いおりは何度も塔へと連れ帰ってきた。

まかてははじめ引きずられるままにしていたが、何を思ったかいきなり走りにブレーキをかけ、つられてこけかけたいおりを受け止めると、お姫様抱っこした。

いちについて~、と小さな声でつぶやきながら構えをとる。

 「ちょっ!ストップ、スト」

よ~い、どん!

まかての脚と額のバレッタに薄く光がともった次の瞬間、まかては道脇に茂る森の中へと、猛スピードで駆け出した。

藪のトゲが肌を引っ掻き血が滲んでも、一切気にしないし止まらない。

 それだけではない。

まかての肌についた傷が、できたそばからみるみる消え失せてゆく。

いおりはまかてのコートを上からかけられ守られた。

 ほどなくして学校の校門にたどり着いた。

まかてのほほはつやつやと上気して輝いていたし、もちろん無傷だった。

しかしその格好たるや、全身あちこちに草木がはりつき、制服は引き裂かれてはだけ、ちらちらと下着が見え隠れしている。

いおりはグシャグシャになったツインテール以外おおかた無事だったが、覆っていたコートは言わずもがなの状態。

 「これで入学式出るつもりなの……?」

まかては、だってこっちの方が速い、とにっこり笑ってみせた。

確かに、わざわざ遠回りして街道を通らずとも、東端の塔から北端の学校へは、森を突き抜ければ一直線。

 「さ、行こう。クラスメイト達が待ってる。」

まかてが差し出す手を、いおりは一瞬ためらったが、結局ため息をついて取った。そして、つないだ手のひらから光をあふれさせ、まかてと自分を包み込んだ。

二人の無惨に乱れた姿が、出発時のぴかぴかな姿に戻ってゆく。

 魔法が解け、いおりはもう一度ため息をつく。

まかては元通りになった制服に喜び、ぴょんぴょんと跳ね回ったかと思うと、いおりの頬にそっとキスをし、いおりを縮み上がらせた。

予鈴が鳴り、二人は慌てて校舎へと走る。


数多の因果を背負って生まれた少女・まかての、学園生活の始まり。


 

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