全てが零に還るころ

水原緋色

第1話

 人々は逃げ惑っていた。


 逃げることなどできないものから。


 –––から逃げようとしていた。



 ソレが現れたのはほんの10年ほど前だ。

 正方形の澄み切った青い空のような色をしたソレはクルクルと意味もなく回り続け、空高くに浮かんでいた。とにかく大きなソレは、ボクらの住む町からなら何処からでも見ることが出来た。

 ソレは正方形が角を起点に傾いて、回っていた。


 そしてそれは5年前、突如全てを吸い込み始めた。

 ビルや家などの建物はもちろん動物や人など全てを吸い込む。

 そこから帰ってきたものは1人もおらず、人々はソレを恐れた。


 そして人々はこう言った。


「あれは我々の世界を、汚染された世界を正常に戻すために、ゼロに返すために神が遣わしたものである」


 –––いつしかソレは『ゼロ』と呼ばれるようになった。




「それにしてもコレはいつまで回り続けるつもりだろうねぇ、イジュー?」

「時が来れば止まるだろうよ、オーピア」


 12、3歳の少年と喋る猫。彼らはボリボリとスナック菓子を食べながら、回り続ける『零』を見る。


 不定期に様々なものを吸い込んでいくがその大きさに変わりはない。

 吸い込まれたものがどこに行くのか、それは誰も知らない。もちろん、この1人と1匹にもわからない。

 ただ、『零』がどういうものかを知っている。その目的まではわからないが、『零』が人々が作ったものがもつエネルギーを集めるものだということを知っている。


「ねぇ、イジュー。これがいつ止まるか賭けないかい?」

「そうだね、オーピア。ただ待つばかりも退屈だ。じゃあ……後100年ってとこかな。この子は学習しているように思えるしね」

「えー、そんなに簡単にいくものかなぁ……。人間達も色々としぶといからねぇ。僕は300年ってとこかなぁ」



 楽しそうに言葉を交わす1人と1匹の周りは悲鳴で溢れている。

 人々は奇異な目で1人と1匹を見て、逃げ惑う。いや、そんな風にほかの人間を気にしている人などはいない。しかし、『零』を恐れないというそれだけで、人々から浮いていた。

『零』はある程度モノを吸い込むと満足げに回転の速度を緩める。人々が安堵の表情を浮かべ、日常に戻っていく。これこそが奇妙な光景であると、オーピアは思うが、人々にはその非日常が日常となっていたのだ。



 ……そんな日常が続くこと50年。世界は様変わりしていた。


「イジュー、この子は本当に学習していたみたいだね。それも、僕たちが考えるよりもずっと早く。やっぱり、人間なんて所詮石ころのような存在だったのかもしれないね」

「ふふん。だから言っただろう、学習していると。まぁ、このスピードはオーピアが言うように予想外だがね」


 満足そうに喉を鳴らすイジューは以前は町があった場所を見下ろす。少し不服そうなオーピアも『零』が出した結果自体には満足しているらしい。



「さて、次の惑星に行こうか。いつまで続けないといけないかわからないんだ。さっさと終わらせたいからね」



 すべてが零に還るころ、ようやくボクらは『零』がなんであるかを知ることとなった。だがボクらにこのことを伝えるすべはない。


 ―――どうやらボクらとボクらのこの惑星は、よくわからないやつらの生きる糧となるらしい。




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全てが零に還るころ 水原緋色 @hiro_mizuhara

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