第三話「和宮第一中学校」
「夜なのに学校が騒がしいと、近隣住民から苦情が絶えないから来てみれば……
豹変した男子生徒に冷やかしが3人…困ったものね」
俯きながら冷たい表情を浮かべ、呆れたように呟く女子生徒。
彼女は燃える怪物を意に介さず、冷淡とさえ言える落ち着いた様相で、動揺を見せていた3人の前へ近寄っていく。
「貴方達、こんな時間になにをしているの?一般の生徒が校舎に立ち入っていい時間ではないのだけれど」
「…それは」
木戸が理由に言い淀んでいると、いくらか平静を取り戻した雨宮がその場に立ち上がり、言葉を遮るように割って入った。
「…おい、お前がやったその手品はなんだよ?」
突然食ってかかってきた下級生に対し、火野は冷めた表情を崩さずに答える。
「お前?上級生にその口の聞き方は無いんじゃない?」
上級生としての立場を明確にせんと。
会話の主導権が雨宮に移った以上、黙っている木戸ではあったが、
(いやそこは今気にするとこじゃなくない?)
と内心突っ込まずにはいられなかった。
「あ?名前知らねえもん仕方ねえだろ」
「そういう問題では無いと思うのだけど。」
(大翔もなんで食ってかかるんだよ!ていうか先輩もプライド高!)
と、指摘することだらけな会話へ、喉元まで出かかるほどの思いを心の中で吐露する木戸であった。
「まあいいわ。」
(良いんだ…割と言い返してたのに…)
と木戸が勝手に不完全燃焼になっていたところで、火野は落ち着いた表情のまま、話を続ける。
「一応私の質問にも答えて欲しいけれど、貴方が言うところの『手品』を説明するならば…」
少し間を置き口を閉じる火野。三人も沈黙し、火野の次なる発言に注目する。
火野は、表情を崩さず、手を合わせ祈りを捧げるポーズを取るとともに、少し顔を上に向けながら口を開いた。
「そうね、神から授かった力、というところね」
沈黙が延長された。
というか、少なくとも木戸と颯香の2人に関しては
『何言ってんだこの人』
と、ポーズも相まって余計に混乱していた。
ただ、雨宮に関しては生来の正直者であるが故に怪訝な表情を浮かべると共に、火野の発言に対し思ったことをそのままぶつけていた。
「ふざけてんのか」と。
「ふざけてないわ本気よ」
祈りのポーズを解いた火野がまたしても真顔で答える。
「訳が分かんねぇって言ってんだよ」
雨宮は表情や言動に苛立ちを含みつつも、内心(こいつ何か話の通じないやつだな)と感じていたため、分かりやすい言葉で伝えるようにし始めていた。
ただ、その意図を火野が知る由は無い。
「じゃあ最初からそう言いなさい。一々突っかかってきて面倒臭いわよ貴方」
「原因作ってんのはお前だボケ」
(面倒臭いなこいつ…)
と若干呆れた雨宮。思わす棘のある言葉が出てしまう。
が、火野のズレた部分はまたも発揮されてしまう。
「あとお前じゃなくて火野佳那。2年3組生徒会副会長、火野佳那よ。覚えておきなさい」
いい加減相手するのも疲れた雨宮は、流石に相手に合わせることにした。
「…わーったよ、火野サン。これで満足だろ」
途端、火野は胸を張り、少し満足気な表情を浮かべた。
「ええ充分よ。これからは何度でもそう呼びなさい。」
「何度も呼ぶほど会いたくねえけどな」
満足気な表情から一変、火野は少し目を細めながら雨宮を見た。
「何か言ったかしら?」
「いいや、何にも。」
雨宮は目を逸らして答えた。
そして、雨宮はこれ以上無駄な体力は使わまいとして、場を切り上げるために言葉を続けた。
「ひとまずいいわ、人が燃えた理由を聞くのは。今日は色々疲れたし、もう帰るわ」
すると颯香が驚きの表情を浮かべ、大きく口を開いた。
「えー!もう帰るの!?まだまだ面白いこと起きそうなのに!!」
いやいや、と俯きながら木戸がフォローに入る。
「颯香ちゃん、化物に追いかけられたんだし素直に帰ろうよ…」
これ以上関わるのはやめておこう…という雨宮の心情を察しての発言でもあった。
「案外素早く立ち退こうとしてくれて助かるわ。正直、面倒ごとを増やされるのもあまり好きでは無いから」
横目で外の景色を見ながら冷めた表情で話す火野からは、苛立ちも感じ取れる。
そんな雰囲気を察した木戸が、場を収めんと火野に話しかけた。
「火野先輩、すみませんでした。これからはもうしませんので。」
「それでお願いするわ。木戸優弥くん。」
火野は、木戸の顔を真っ直ぐと見ていた。
「!?僕の名前を知って…」
「当たり前よ。私は生徒会副会長だもの。4月の時点で把握済みよ。」
さも当然、と言ってのける火野であった。
「流石ですね。2年生で1枠しか無い副会長のポストを務めているだけある」
感嘆した木戸が(口先だけではあるが)尊敬の言葉を口にしようとしたところで、すかさず火野から理由を伝えられる。
「僕も見なら」
「素行不良生徒として」
「ええ!?」
理由が理由であった。
少し驚愕する木戸ではあったが、
「心当たりはあるでしょう?」
と火野に問われると
「いや…まあ…」
とそのまま閉口するほかなかった。
「貴方、校内で結構知られてるわよ?振る舞いに気をつけなさい。」
「うぃっす…」
これ以上目を付けられ過ぎないようにしよう…と少し反省する木戸であった。
落ち込んでいる木戸をよそに、火野は後輩たちをその目にしっかりと据えながら改めて話し始めた。
「ひとまずこの件は不問。その代わり今日起きた事は他言しないように。それが条件よ。」
雨宮は火野の提示に対ししっかりとした頷きで応じると、校舎から立ち退くために踵を返し、階段へと歩き始めた。
「おし、さっさと帰るぞ」
木戸も雨宮の動きに合わせ、火野に一礼して場を後にした。
「先輩、お邪魔しました。」
「ええお気をつけて。」
少しだけ表情を柔らかくして後輩を見送る火野であったが、何となく『和一ではない生徒がその場にいる違和感』を抱き、1人だけ呼び止めて質問を投げかける。
「…ねえ、ショートボブの貴女。最後に一つ、いいかしら?」
「いいですけど…何ですか?」
颯香は突然呼び止められたことで少したじろぎながらも、火野へと体を向けた。
自然さを少し取り繕うように。
「貴女、他校の生徒よね。
…もしや一連の怪奇現象の真相を知った上でここに来ている…なんてこと無いでしょうね?」
颯香はすぐには答えなかったが、困惑した表情を浮かべて答えた。
「いえ…私にもさっぱり…」
『違和感』こそあったものの確証もない…そう考えた火野は、それ以上言及しようとしなかった。
「分かったわ。呼び止めてごめんさない。気をつけてね。」
「はい、ありがとうございました。」
颯香は火野に対しお辞儀をすると、待ってよ〜!と小走りで雨宮と木戸を追いかけて行った。
三人が去った後、火野は、化物に対して放った火が鎮火しているのを確認するとともに、和一の生徒へと姿が『戻った』ことを訝し気に見つめながら、こう呟いた。
「連日続く怪奇現象、そして宮熾中との接触…まだまだ調査する必要がありそうね…」
天地事変 望月 慧 @kei_yunagi
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