第二話「火野佳那」

「絶対無理だろこんなん…寝れないどころか終わりすら見えねえわ…」

結局、雨宮の健闘虚しく課題は10倍へと膨れ上がった。

雨宮は、全身が脱力し放題、微塵たりとも気力を起こせないまま午前中の授業をこなし(その為授業の度に何度も怒られている)、昼休みを迎えていた。

机の上に突っ伏す様な形で、上半身を放り出し腕を前に垂らす、という全くもって生気を感じれられない状態になっている。

そこに、朝方の喧嘩を制裁した木戸が、項垂れる雨宮を励まそうと優しく近寄り言葉を掛けた。

「まぁまぁ、どうにかなるでしょ。」

「いや流石に無理だわ…ああ無情…アーメン…」

旧年からの仲故、木戸は気さくかつ手短に励ました。

一方雨宮は放心状態故、気遣いに対し脈略の無い適当な事しか言えなくなっていた。

木戸はとりあえず、半ば見慣れたかのように苦笑いを浮かべていた。

「ハハハ…あれ?」

ふと、木戸のスラックスのポケットにしまわれていたスマートフォンが振動する。

彼はポケットからスマートフォンを取り出すと、何の通知か判断するべく画面を確認した。

「あ、颯香ちゃんじゃん」

颯香、という名前を聞いた雨宮は、隣にいる木戸へ顔を傾けた。これといって、特に意外そうな表情は浮かべていない。

「マジか、どうしたよアイツ」

どうせくだらない事だろ、と気に止めるそぶりも見せず続ける雨宮。

対して木戸は、スマートフォンを見ながら一瞬話そうとした言葉を飲み込み、視線を落としたまま話し始めた。

「『元気してた??私は元気だよー!

で、どうしたかっていうと!!

和一って、最近不審者?霊?

よくわかんないけど出るらしいじゃん!

だからね!

夜に行かない!?いや行こう!!

決定けってーーい!!!』

だって。」

雨宮は面倒だと感じたのか、顔を歪ませ心底面倒臭そうな表情を浮かべた。

「文章うるっせえな…」

「返信待たないでいきなりこれだからね、驚いたよ」

いつもの事だけどさ、と苦笑いしつつ雨宮の方を向いて話す木戸。そのまま無理に話題を膨らまそうとせず、彼はスマートフォンにもう一度目を落とした。

「あとさ…」

「ん?」

まだあんのかよ、とでも言いたげな歪んだ表情を崩さない雨宮。木戸は御構い無しに、話を続ける。

「『大翔はめんどくさがるだろうから』

『お母さんに許可も取っときました!』

『22時に校門前ね!!!!』

『来なかったら、B級映画のDVDは燃えるゴミになるみたいだよ!』

…らしいけど?」

雨宮は今迄の脱力は何処へやら、勢いよく体を起こし、掌に力を込めるとそのまま席から即座に立ち上がった。

「ハァ!?」

大声が教室中に響き渡る。

教室にいる生徒全員の視線を集めるが、一切気にする事なく木戸のスマートフォンを貸せ、の一言と共に文字盤を操作しメッセージを必死に打ち込む。

「ふざけんなアイツアイツ…!!

あのババア何考えてんだよオイ!!」

何かに取り憑かれたかのようにスマートフォンを操作する雨宮は、中毒患者と見間違えられても不思議でない程だった。

『お前何考えてんだふうか!』

『あのババアはマジでやるんだよ!』

『殺す気か!!!????』

直ぐに既読、と表示されメッセージが返信される。

『あ、大翔?

おはよー☆』

『何のんきしてんだぶっ飛ばすぞ』

『うわっ、そういう事言うんだ怖〜い』

『お前が言わせてんだろうが』

『あ、ちなみにDVD壊すのはまさとのお母さんじゃなくて私のお兄ちゃんだから!』

『薊家に発送済みでーす!』

雨宮の顔面から血の気が引いていく。

母親を止めたところで何の意味もない。

勿論颯香に手をあげる訳には行かない。

DVDの為だけに、薊家に邪魔しても困惑待った無し。というか、そんなことをしようものなら間髪入れずに指示を出されてしまい、粉々に砕け散るかもしれない。

どう足掻いても、絶望。

『行くわ』

『毎度あり〜!』

ポン、と力なく木戸にスマートフォンを返すと共に、

雨宮は先程よりも更に力無く、草花が枯れるかのように萎みながら机へと項垂れた。

「こんなんアリかよ…もう誰も信じられねえわ……」

「…災難だね、大翔」

余りの不幸の連続に、木戸は雨宮の左肩に手をそっと置いて、彼に語り掛けることしか出来なかった。



「マジふざけんなよ颯香、お前覚えとけよ……」

「えへへーやっちゃいました!!」

結局22時という、補導されかねない時間帯に3人は校門前に集合した。

雨宮は制服のまま、木戸は上半身をブレザーを脱ぎパーカのみ、下半身をスラックスを薄い水色に近いデニムに履き替えた姿で登校?した。

対して彼らを招集した女子、薊颯香。

薄黄緑、という表現が一番近い特徴的な髪色に、灰色の瞳。男子2人に比べ一回り小さい身長にあどけなさの残る容姿。薄手のベージュのロングコートに、白地のTシャツとデニム。いわゆるガーリー、と呼ばれる様な服装をしていた。

服装だけ見れば軽いお出かけ、みたいな感じに纏まっているが、雨宮の心持ちはそんな浮ついた気分ではなく、課題の消費を邪魔された怒りが溜まっている状態であった。颯香によってもたらされたイライラを当人に還元すべく、拳を片手づつ颯香のこめかみに押し付け、いたずらっ子へ罰を与えるかの如くグリグリと押し付けている。

颯香は堪らず痛い痛い痛い!!!パワハラ!!ハラスメント!!などと叫んでいるが、雨宮にとって一言一言が反省どころか煽りにしか聞こえなかったようで手を止める気配はない。

「まぁまぁ2人ともイチャイチャはその辺にしてさ…。なんだったら家帰ってからも出来るじゃんその程度」

「「イチャイチャしてねえ(ない)!!」」

こういう時ばかり、息がぴったり揃う2人に若干呆れため息をしつつも、木戸は行動を促させるべく颯香に話を振った。因みに、先ほど戯れを木戸によって制止されたのもあり雨宮は手を緩めている。

「ほんっと痛かった…

うん、でカズイチってなんか最近出るらしいの!!とにかく出るんだって!」

「そこはIINEで聞いてるっつの、どこに行くのか説明しろ」

「あ、そこか!

えっとですねぇ…校舎内の廊下だったかな?で、生徒の教室がある方の廊下、って私の中学で噂になってるからそこに行きます!!」

授業時間内にも颯香が軽く説明しているのだが、どうやら最近雨宮と木戸の通っている和宮かずのみや第一中学校(通称カズイチ)には少々怖い噂が流れており、夜遅くの教室から大きな物音がした!だとか、素行不良の生徒同士が窓ガラスを割った上に、割れ方が気に入らず殴り合いをしたとか、様々な変わった噂が近頃流れている。特に颯香が聞きつけた「生徒棟の爆発音と不審人物徘徊」は特に恐怖じみたものとして颯香の通っている宮熾みやおき中学校にも伝わっている程である。

しかし、雨宮はその事にはまるで関心がなく(彼自身毎日B級映画を見て過ごせれば満足なため)、正直課題もたらふく出されてしまったのでさっさと帰りたい、木戸はまあ成り行きで来てしまった次第である。

「早く終わらせるぞ、俺は帰って課題やらなきゃいけねえんだよ」

「はいはい仕方ないなー。いこ、優弥くん」

了解、と木戸が返事すると、3人は木戸、雨宮、颯香の順で塀を乗り越え校内へと進んで行った。

(前からこの中学、色々とおかしいと思ってたが)

(なんでこの時間に、警報鳴らねえんだよ)

雨宮は、また別の疑問を感じながら。



「いやー出なくない?不審者」

「ホイホイ出られても面倒だけどな」

夜の学校を徘徊する3人であったが、1階、2階と全体を見回りながら上へ進んでいっても一向に人の気配を感じる事はなかった。

「結局、居ないのかな。不審者は」

「そうっぽいねー。」

少し残念そうに返す颯香だったが、

「でも、まだ3階が残ってるからね!諦めちゃ駄目だ2人とも!」

直ぐに切り替え気を引き締めるように促した。

「へいへい。」

「あはは、そだね。」

苦笑気味に対応する雨宮と木戸。


しかし、呑気な深夜徘徊はこの瞬間、終わった。


「よしじゃあ三階に

『ドオオオオォォォン!!!』


行こう、と言う前に言葉は地鳴りが轟いた様な爆音に掻き消された。

「「「!?」」」」

日常生活ではまず聞くことのできない異音に動揺する3人。

「…今の、どういうこと?」

「…分かるかよ、爆発してんのは確かだけど」

冷静に状況を確認しようと努める颯香と雨宮。その間、木戸は周囲を見渡していた。

「大翔、颯香ちゃん。ここを動かないでいよう。廊下の奥の方、明らかに怪しい。」

「…そう、だね…」

颯香が木戸に促され一旦落ち着く為に深く息を吐いている横で、雨宮は木戸に言われた奥の方をよく見ていた。すると、周りとは明らかに違う状態であるのに気が付く。

「……天井が、壊れてんな…」

自分のよく知ってる場所で、非現実的な事に遭遇した雨宮。彼はただ、その場所を眺めているのみであった。

毎日通っている学校に起きた確かな異変。いつも斜に構えているとは言え、この時ばかりは調子を忘れ衝撃を受けずには居られなかったのだ。

だが、異変はこれだけではない。

「ねぇ、天井が崩れたところ…人みたいな影が…見える……」

廊下の奥、3階の床が崩れ落ち瓦礫の山となった場所。

人の形をした見覚えのない姿が、這い蹲る様な姿勢をして、そこに存在していた。

「ったく…どういう事だよ…次から次へと!!」

雨宮は慣れている筈もない怪奇現象の数々に冷静さを欠いていた。思わず声を張ってしまう程に。

まだ中学一年生であるが故に、露呈させてしまった未熟さ。そしてこれが、3人にとっての仇になった。

「一旦落ち着こう大翔、声を荒げたって仕方ない」

「落ち着くだぁ?この状況で、どうやってだよ!」

雨宮を冷静にさせようと気を鎮めるよう促す木戸であったが、雨宮の頭にはもう理解できない、という事しかなく声だけでなく眉間に皺を寄せ、手足が強張った状態で八つ当たりするかのように木戸に叫ぶ以外、まともに行動できる状態ではなかった。

最中、2人に割って入る様に颯香が叫んだ。

「待って!!優弥くん!大翔!!

………あの影、こっちに、向かって来てる!!」

遠くにあった筈の黒い影が、ゆっくりと少しずつその相貌を表しながら、3人の元に近づいていた。

「…は…?」

雨宮はたじろぐのみだった。

影が、何故か男子生徒の姿をしている事の困惑も含め。

「やばい!取り敢えず逃げ」

木戸が緊迫した表情で、2人に注意を喚起しようとした時。

影だったものは、2本の足で立ち上がると前傾姿勢となり、人としてはおおよそあり得ない獣の如き速さで雨宮達の所へ迫って行った。


突然の出来事。

文字通り、雨宮は立ち竦むしかなかった。

走馬灯などなく、多少たじろぐ事しか許されないまま。


そして、まさに飛びかからんとしようとした時であった。


目の前の獣が、真っ赤な炎に包まれた。


先程まで動いていた何かは、突進するのを止め、痛みに悶えるような喚き声を上げる。

「…止まっ……た」

雨宮はその場に、力なくへたり込んだ。

「なんとかなったのか…」

木戸は目の前の物体が停止し、自分たちの身が無事である事に安堵する。

そして無事を自らに納得させるべく、ただ燃え盛る獣だったものを見ていた。

「…でも、どうして急に火、なんか…」

颯香も木戸と同様に安堵していたが、同時に唐突な発火現状に疑問を感じていた。

そんな中、まさしく三者三様の反応を示す3人の元へ、燃える物体の後ろから、また1人、近づく者が居た。


「…手間ばかりかかるわね。

やっぱり、とんでもない人達ばかりだわ」


なお燃え続ける炎に照らされたのは。


雨宮・木戸に比べ少しだけ小さい背丈に、

和一の制服である、若草色のジャケットをチェック柄のリボンを付けたブラウスとベージュのカーディガンの上に羽織り、グレーのスカートと白のハイソックスを履いた出で立ち。

赤毛の長髪、特徴的な一本だけ立った髪の毛。

強い意志を感じさせる、つり上がった眉と目に、火のように赫い、真紅の瞳。

もちろん、雨宮、木戸、颯香の誰でもない。

1人の女子生徒の姿であった。《ルビを入力…》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る