天地事変

望月 慧

第一話 「雨宮大翔」

太古の昔、神は天と地を創造した。

天空を統べる神、天神

大地を統べる神、地母神

天神は雨、雷を用いて天に変化をもたらした。地母神は土や金属を敷き大地を盤石な物とした。

そして、それらがぶつかり合う事により、風が吹き、木が芽吹き、火が起こった。

人間が繁栄するようになると、人々はこれらの恵みを活用するようになった。

しかし、力に溺れ自分達の力は絶大だと過信するようになると、神の能力すら奪い、意のままに扱おうと考えるようになり、聖域すら冒そうとした。

この行為に怒り、悲しみ、憐れに思った神は、人々から全ての恵みを奪い、自分らの能力と引き換えに天と地に全てを封印し、世界を造り変えたのだった。


天地事変


第一話



「という訳でこれがこの文章のあらすじです。訳とは別の、おおまかな解釈ってことだから。一応頭入れとけよー」

冒頭から続いたものは成り立ちの神話。どうやってこの国ができたか、ということを教師は伝えている。

教師が文学について喋っているこの場。

和宮第一中学校、1年6組の1時間目の授業なのだが。

「あと、朝っぱらから堂々と寝てる雨宮、誰か起こしてやってくれ」

これから物語の中心となる、雨宮と呼ばれた少年はというと。

「大翔、まさと、起きなって…!」

「……」

堂々と寝ていた。

水色という特徴的な髪色。特にセットしている訳でもないが、逆立つように遊んでいる毛先。制服はまともに着る気がないようで、ワイシャツのボタンは全て開けられている。勿論、灰色のスラックスの中に裾を入れていない。

全く起きようとしない雨宮に、教師から指示された生徒は先ほどより語気を強め、体を強くゆすり、雨宮を起こそうとする。

が。

「………………」

これっぽっちも起きようとしない。起きるつもりがまるでない。完全に狸寝入りだろ、ふざけるのも大概にしろ、と頭に来ている。それは教師も例外でない。状況を見かねると、雨宮の近くまで移動し、大声を張り上げた。

「起きろや雨宮!!!」

雨宮の身体がビクッ、と波を打つ。狸寝入りをしているせいで周囲の状況が正確に把握できないのもあり、近くで大声を出された事に反応している。

雨宮はやっと起きる気になった様で、重々しく顔を上げ教師の顔を半目のまま捉えようとする。その顔は眉間にしわが寄りに寄っていて、はっきり捉えらない状態からでも容易に次の行動が推測できる。

「いい度胸してるな雨宮、授業受けるつもりは無いのか?」

雨宮は大きく屈伸をすると、無意識に相手を煽っているとしか思えない言葉を投げかけた。

「無いっスね。昨日夜まで映画見てたし、今日も見る予定なんで。」

舐め腐っているとしか思えない。

すると教師は怒ることなく、冷静に、淡々とプレッシャーを掛けた。

「わかった。今日の夜寝る気無いんだったら、今寝ても許してやろう。」

「えマジ…」

「その代わりお前だけ今日の宿題5倍な。この授業終わったら職員室こいよ、取りに来なかったらどんどん膨れ上がるから」

タダでは転ばない。やる気のない少年に然るべき天罰が下った。

「あーそういう…」

雨宮は言葉を失っている。どう考えても自業自得である。

雨宮が絶句していると、授業の終了を告げる鐘が鳴った。それに気づいた教師は区切りをつける様に手を叩き話し始めた。

「じゃあ今日の授業これで終わりな。先生は雨宮の為に愛のあるプリント用意しなきゃいけないんで。」

クラスの日直担当が挨拶をし、授業時間が終了した。尤も、雨宮自身はこれから地獄が始まるので、彼にとっては何も終わっていないのだが。

「終わった…よりにも寄ってあいつの課題かよ…絶対寝れねえよ一睡も出来ねえ…」

雨宮が頭を抱えていると、一人の少年が彼に近づいて来る。

m字バング、と呼ばれる類の顔の中央に掛けて髪を少し残して分けた前髪。黒色の猫毛と、大きな目、緑色の瞳。黄色のパーカーの上から常盤色のブレザーを着る、特徴的な出で立ち。身長は雨宮と同じくらいで、中学一年生としては平均的、といったところか。頭を抱える雨宮に、その少年は話しかけた。

「お疲れ様、大翔」

「…おお優弥、冷やかしどーも。」

「ま、下手に煽るもんじゃないねーアレは」

「その通りだったわ…やらかした」

優弥、と呼ばれた少年はハハハ、と口を大きく開けて笑った。

彼の名前は木戸優弥。性根が疑われる雨宮に対しても、気さくに話しかける人柄の良さが持ち味。

楽しげに話す二人であるが、プリントを取りに行かなければならない都合、早々に話を切り上げると、雨宮は重々しく立ち上がった。

「じゃ、取りに行ってくるわ…」

「がんば。」

木戸の姿を尻目に、彼は職員室を目指し始めるのであった。

「あーまじ面倒…今日死ぬんじゃねえかな…」

変わらず文句を垂れる雨宮。反省の様子は無い。

課題によって彼のテンションは下がりに下がっており、顔を下げて歩いていた。

そのせいである。雨宮は、廊下の向こう側から歩いてくる生徒を上手く避けることが出来なかった。

雨宮同様服装を乱していて、おまけに人相も悪いという、テンプレートな出で立ち。

そして、鍛えているであろうがっちりとした体格の少年が居た。

「いってえな…」

舌打ちをされる雨宮。

「(いちいち大袈裟だな…)」

イラつく雨宮だったが、彼と争っている暇はない。

素直に謝って場を収めるため、

「あ、すいません」

と一言かけて立ち去ろうとするが。

「...あ?調子乗ってんじゃねえよ!!」

キレられてしまう。胸倉を掴まれるおまけ付きで。

時間がないのも相まって余裕のない雨宮は、耐え切れず眉間に皺を寄せながら相手を挑発した。

「...は?調子に乗ってんのはお前の方だろ」

元々頭に血が上っていた相手は、感情を爆発させる。

「てめえ!!」

右手を構え後ろに引くと、そのまま雨宮の顔めがけて殴ろうとする。

雨宮は即座に左手を顔の前に移動し、相手の拳を受け止めた。

「危ねえな...大体肩当たったぐらいでなに本気になってんだよ...」

「ああ!?お前はついこの間喧嘩した奴の顔も忘れるのか?」

ああ!?と最後に付け足し、上体を乗り出して雨宮に迫る不良少年。

雨宮は問いに対し一応、答えるために睨みを利かせながら相手の顔を凝視した。

そして、呆れ返ったように口を開いた。

「...ああ、あん時の。」

それっきり無関心。雨宮は、それ以上何も言わなかった。

そしてその行為が、相手の感情を逆撫でした。

「変わったことすら気付かないみたいだな...

いいだろ...そのまま死ね!!」

不良少年は態勢を崩さず、そのままの勢いで右足を蹴り上げようとする。

対して雨宮は、身体を右に90度回転させそれを避けると、相手の襟元を左手で掴み自分の右手近くに手繰り寄せ、身体の向きを戻すと同時に腹に向かって拳を叩き込んだ。

若干イラついているのもあり、これ以上余計な気を立てられないする意も込めて力強く叩き込んだ...

つもりだったのだが。

相手は一切、態勢を崩さなかった。

「効いて...ねぇのか!?」

「言っただろうが...!!変わったてよ!!」

雨宮が息をつく間もなく、不良少年は至近距離から雨宮の顔目掛けて右手を、素早く振り抜いた。

力を込めて殴ったのにも関わらず、相手が無反応だった事に動揺していた雨宮は、回避動作に移れない。

右手に込められた力をすべて食らう形となった。

真正面から、体ごと吹き飛ばされる雨宮。

「...いっ......!!」

頭から倒れそうになる体を、右足のアキレス腱を伸ばすような態勢でどうにかバランスを取る。

「(こいつ...パワーが全然違うじゃねぇかよ...!!)」

その実、雨宮は深い関わりを持つ人以外には全く関心を持たない人間の為、変化を問われても気にせずにいたのだが、

過去に雨宮が相手取った時は、体格はやせ型。

自己主張が苦手そうな生徒に対し不良少年が威張り散らしていたのを、校内でたまたま通りかかった雨宮が目撃。

「なんでそんなことしてんの?」

と不良少年に聞いたところ、

「雑魚相手に当たり前のことをしてんだよ」

と答えたため、

「じゃあオレもやるわ、当たり前の事」

と言い、不良少年を有無を言わさずボコボコにしたのが事の顛末である。(その後、教師に見つかりこっぴどく叱られたのは言うまでも無い。)

しかし、今の不良少年は体格も違う、打って変わって雨宮を制圧しかける程の腕力。

まるで、違うのである。

「有り得ないだろ...お前殴ったの一週間前だぜ...?」

「有り得るんだよ...!!お前を殺したくてたまらないと願ったら!!

宿ったんだからな!!

この力が!!」

誇らしげに、かつ大袈裟に。

動揺している相手にこれでもかと力を誇示する不良少年。

「(力...?)」

しかし、この時雨宮は違和感を覚えていた。

不良少年の身体から、形容しがたいエネルギーが漏れていた。

体の周りを波打ちながら駆け巡る、禍々しい、濁流のようなオーラ。

何故そんなものが見えるのか、この時の彼に知る由はなかった。

すると、これでもかと自慢を重ねていた不良少年は、一通り満足したのだろうか。

一呼吸置くと雨宮を睨み付け声の調子はそのままに、区切りを付けるように口を開いた。

「まあお前が殺せれば力なんてどうでもいいんだけどよ...死ね!!」

再び雨宮に向かって素早いスピードで迫りくる拳。

気付いたら既に目の前に来ていたそれを、雨宮は避け切れずダメージを負う事を覚悟していた...

のだが。

不良年の横から、肩に向かって突如蹴りが加えられる。

わざわざ飛び蹴り。

「はーいそこまで!!」

「うごっ......!!」

突然の出来事に対処しきれなかった不良少年は、頭から蹴られた方向に向かって倒れこむ。

そして、倒れた瞬間を見逃さず蹴った少年が馬乗りになった。

不良少年の腹の上に腰を下ろし、両腕を押さえつけてこれ以上抵抗されないように万全の態勢を取っている。

「おま...!!優弥!!」

不良少年を蹴ったのは、教室で雨宮に気さくに話しかけていた木戸優弥だった。

「貸し1ね、大翔。

てか、早く行かないと5倍が...」

しかし、不良少年もタダでは転ばない。両足を地に着け腕に力を込めて立ち上がろうと抵抗する。

「てめえ...何者だ!!

はなせやゴ...」

「...黙っててくれないかな?」

「...!!」

冷え切った声色と冷淡な表情で、ただ相手を見つめながら木戸は言葉を遮った。

不良少年がミ、と言い切る事は叶わなかった。

雨宮はその間、目まぐるしく起こった出来事を前に突っ立ってる事しか出来なかったが。

そんな彼を見て、木戸は行動を促させる。

「こいつは適当に処理しておくから。早く行きなよ」

木戸の声ではっ、と雨宮は我に帰る。

「..お、おう!じゃあ頼んだ!!」

「待ちやがれやオ..」

「...黙れつったよね」

そして、数々の疑問を抱えたまま雨宮は職員室に急ぐ。

「(どういうことだよ...あの訳わかんねぇやつも...それを抑えた優弥も)」

雨宮の疑問が、晴れることは無かった。

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