夏祭り

流々(るる)

夏祭り

 俺の生まれ育ったこの町は、祭りが盛んだ。

 夏祭りが近づいてくると仕事も手につかない、なんて言うじいさんはそこら中にごろごろいる。俺は、その域には達していないけれど、祭りの日程が決まると仕事の予定を入れないようにはしている――あれ、じいさん達と同じか?



 父親は婿養子だったせいもあり、あまり――いや、ほとんど興味を持っていなかったけれど、母親は祭り好きだった。

 その影響か、小さいころから俺も祭りが好き。それも縁日なんかではなく、盆踊りが好きだった。やぐらの上で踊る浴衣姿のおばさんたちに交じって、一緒に踊ったりしたもんだ。

 浴衣も好きで、今でも三~四枚持っている。角帯を貝の口に締め、お気に入りの浴衣を着て夏の夜道を歩くと、結構注目される。一度、浴衣のまま先輩にフィリピンパブへ連れていかれたが、彼女たちにはチョー受けた。




 今年もそろそろ祭りの準備を……と思っていたころに、うちのむつみへ慎二くんが入ってきた。新しく建ったマンションに引っ越してきた慎二くんは「神輿を担いでみたい!」と睦に参加したそうだ。

 ちなみに、睦とは祭りを取り仕切る自治会、例のじいさん達やじいさん予備軍が集まっている。もちろん、予備軍の俺も一員。


 慎二くんは神輿とは全く縁のない生活を送っていたそうで、祭りと言えば縁日の水あめ、という印象くらいだそうだ。そんな感じでいきなり睦に、ってのもぶっ飛んでる気がするけれど、じいさん達は若いもんウエルカム!というノリなので温かく迎えられた。



 祭りの一カ月前には、睦恒例の事前打ち合わせがある。

 その場では、これまた恒例の加藤さんによるありがたーい訓示がある。加藤さんは睦の相談役、つまり祭りの場では働けなくなったじいさんだ。

「いいか、神輿の蔵出しはとにかく一番早くやるかんな。一番に出すのが験担ぎだかんな。宮元みやもとががたがた言っても関係ねーから」

「担ぐときの掛け声は『わっしょい』だかんな。『セイヤー』なんてのは掛け声なんかじゃねぇ」

 真面目な慎二くんは、加藤じいさんの言ってることをいちいちメモしてた。あのじいさん、毎年同じことを言うからそのうち内容も覚えちゃうのに。


 蔵出しの日は朝五時に町会会館前に集合となった。金曜日だけど大丈夫?と慎二くんに聞いたら、

「大丈夫です。会社へは八時に出れば間に合うので、七時半までなら手伝えます」

 さすが、まじめな慎二くん。じいさん達も笑顔だ。

 俺には「よしよし、これで少し楽が出来るわい」とにんまりしているようにしか見えないけれど。


 蔵出し当日は十人余りが集まった。慎二くんはジャージの上下でやる気満々だ。じいさん達の指示にてきぱきと動く。

 神輿を蔵から出す段になり、加藤じいさんが、

「先にウマを持って行ってくれ」と慎二くんに言った。

「えっ!? ……あ、馬、ですか……」

 固まる慎二くんに、ウマは神輿を置く台のこと、二つで一組になっていること、四本足の台なのでウマと呼ぶこと、神輿は神様が乗る輿だから地面には直接置かないことを教えてやった。

「へぇー。全然知りませんでしたぁ!」

 素直な慎二くんは、睦として知っておくべき基礎知識に感激し、その後もテント張りやら荷物運びやらに先頭を切って働いた。

「いやぁ、今回は慎二くんがいたから早く終わったな。ありがとう」

 じいさん達から褒められて満面の笑みで去っていく慎二くんの後姿を、じいさん達の目論見通りじゃねえかと思いながら見送った。




 いよいよ神輿巡行の当日、神酒所みきしょに揃いの半纏はんてんで集まった睦の面々。慎二くんも真新しい半纏にそでを通しているが、帯がうまく結べずあたふたしている。

「どれ、貸してみな。締めてやるから」

半纏帯は細いだけで、浴衣帯と同じなので貝の口に締めてやる。

「おぉっ、格好いいっすね!ありがとうございますっ!」

 素直な慎二くんはまた感激していた。


 本来、町神輿はその町会に住む人たちで担ぐものだが、今では高齢化やら人手不足やらで神輿の同好会を招いて担いでもらうのがほとんどだ。

 ウチの町会も同様で、睦の役目は巡行時の交通整理や、担ぎ手同士が揉めないようにすることがメインとなる。担ぎ手の連中は気の荒いのが多いので、些細なことで喧嘩になりやすい。これをなだめるのがなかなか至難の業なのだけど、意外なことに慎二くんが活躍してくれた。

 いつもニコニコしているあの顔で「すいませーん」とやると、若いあんちゃんには文句が言えねえなとばかりに場が収まるのだ。これは睦として貴重な人材をゲットしたのかも。


 担ぎ手は交代しながら巡行を続けるが、終盤になると何人かは疲れも見えてくるので睦も交代で担ぎ手に回る。楽しみにしていた慎二くんにも番が回ってきた。

 ここまでの間で、すっかり同好会の連中と仲良くなっていた慎二くんは、彼らの間に入らせてもらった。しかし、身長百九十センチを超える大男なので腰を曲げて窮屈そうだ。普段は腰が低いのに。

 それでも楽しそうに、掛け声を出しながら担いでいる。

「わっしょいっ!」

 おいおい、そこは同好会の連中に合わせて「セイヤーッ」じゃねーの?

 周りの空気を読めよ……




 無事に神輿巡行も終わり、鉢洗はちあらいの席でも慎二くんの活躍が話題となった。

「やっぱりデカいから、担ぐのは大変そうだなぁ」

「慣れないし体中痛いけど、楽しかったっす。来年も頑張ります」

 加藤じいさんからは「わっしょい」の掛け声について、直接お褒めの言葉を頂いていた。


「あんたも慎二くんがいてくれたおかげで、だいぶ助かったんじゃないかい?」

「よせよ、七十過ぎのじいさん達と一緒にしないでくれよ。俺はまだ六十八だぜ」 






 ※貝の口(かいのくち):帯の結び方の一つ。男結びとも言う。

 ※宮元:神社がある町会のこと。「おのお膝

 ※鉢洗い:祭礼の後に行われる反省会 兼 慰労会 兼 飲み会。

      町会などが主催する場合は鉢洗い。神社が主催する場合は直会なおらい



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