5000兆円もらった

大蔵くじら

1話:終話

 突然だった。

 5000兆円もらった。

『5000兆円ください』

 そもそものはじまりは、ツ○ッターで流行っていたから呟いてみたそんな一言だっただろうか。


 どこからどう見ても、明らかに迷子で、どこからどう見ても、明らかに外国籍の小さな女の子。

 昼時に街を歩いていると、たまたまそんな少女に遭遇した。道行く人々は少女を可愛そうな目で見つつも、日本語が通用しないことを憂慮してか、なかなか声を掛けられずにいる様子だ。あるいは、英語が通用しそうな金髪ロリガールであったなら、習得させられた英語(っぽい何かの言語)でもって「きゃんゆーへるぷみぃ」とでも声を掛ける頭の良いオニーサン(ただし危険性を孕んだ)がひとりやふたりは居たことだろう。

 しかし目の前の少女はどうだ、褐色の肌に瞳は灰色、とてもじゃないが、俺たち日本人が持っている英語圏の人種イメージとは符合しない。なるほど、これではそこにいるお巡りさんすらも声が掛けづらいというものだ。

 そうとくれば、この頭の悪いオニーサンの出番である。

 ——群衆よ、刮目せよ。しかとその辞書に刻み付けよ。

「こんにちは。どうしたのこんなところで」

 日本語は世界共通言語であると!

 なおも泣くばかりの少女に、続けて問いかける。

「お父さんやお母さんはいないの?」

 そう言うと、少女は嗚咽交じりに、小さく頷いた。

 やっぱり日本語は最強なんだ!

「……場所はわかるかい?」

 さらに聞くと、少女はぴたりと時を止め、しばらくすると服についているポケットというポケットを次々にがさごそ漁りだした。

スカート、ジャケット、そうして最後に手を付けた白シャツの胸ポケットから、ようやく目当てのものを探り当て、取り出した。

探し物の正体は小さな紙であった。それを俺に渡してきたので、内心ドキッとした自分の心を慌てて落ち着ける——。

(俺はロリコンじゃない……俺はロリコンじゃない……)

 心内で呟きつつ、渡された紙を広げてみると、書いてあったのは、保護者のものと思われる住所だった。なんだ、ラブレターじゃなかったのか……。

「ここに行けばいいのかな?」

 少女はまた頷いて肯定。俺は少女をこの住所まで送り届けようと決めた。RPGゲームなら、色々あってこの旅が長くなるやつだ。俺クエストの始まり、だぜ!

 

 



 そこからは早くて濃い、激動の物語だった。

 まず当たり前だが、この日本でそんな長旅にはならなかった。

 バスで2駅(子供料金くらいは俺でも奢れた)驚くほどあっさりたどり着いたのは、名前も聞いたことのない国の大使館で、少女の父親がそこの大使だった。

 少女を父親の元に返すなり、父親は抱き着いた。俺に。

 それは、所謂お国柄という奴で、親子の感動の再会よりも恩人への恩が先立つと後になって知った。

 父親は拙い日本語で、

「アリガトウ、アリガトウ……」

 と、こっちが申し訳なるくらいにお礼を言ってくれた。少女の人をロリコンの道へ引きずっていく(俺はロリコンではないが)魔性の笑顔(——そう、よく漫画で「にぱっ」とかいうよくわからない擬音がついているアレ)も見れたとあって(重ねて言うが俺はロリコンになっちゃいない、決して)俺はこの小さな善行に対しての報酬は十分受け取ったつもりになっていたのだ。


 しかし、現実は奇怪である。

 後日、この件のお礼として頂いたのが——そう、5000兆円だ。

 例の少女の父親が、あの後俺のツ○ッターアカウントを特定してくれやがり(善意100%)俺の馬鹿なつぶやきが露呈したと思えば冗談で呟いた『5000兆円欲しい』を鵜呑みにしてくれてしまったのだ。父親が一般人なら、「そんな大金無理だ」で済んだかもしれない。しかし彼は、金持ちだった。

 さる石油産出国からやってきた親日大使にして、本人も大量の油田を抱える石油王らしい。日本とでは物価も違うのだろう。数日後呼び出されたかと思えば、きっかり5000兆円入った通帳を、ぽんと渡してきたのだ。それもこんな衝撃発言をしながらである。

「ツマラナイモノデスガ……ムスメヲ、アリガトウ」

 彼にとって5000兆円がなんでもない金額だと奥ゆかしくも正しく伝わってくるなんて、日本語最高だと思った。俺は顔を引きつらせつつも、なんとなく受け取るしかないなと思った。その日はお礼をとのことだったので民族衣装っぽい正装を着た少女も可愛かった。

 

 さて、そんな経緯で手にした5000兆円。とりあえず銀行へ行き、1万円ほど卸してみた。ちゃんと卸せた。マ○クドナルドへ行って、おなか一杯食べた。1万円だけでもわりと余った。

 次に、欲しかった服やゲームやCDなんかを纏めて買ってみた。それなりに買ったと思ったのだが4999兆円ほど余裕で残った。(買ったものを置くスペースがないことに後で気付き、一部返品した)

 物欲がなくなってしまったところで、性欲も……そう考えるも、いくらお金があっても、現代日本で人は買えないので諦めた。

 早くもやりたいことが無くなった。とりあえず、ちょっといい入浴剤を買って帰宅した。

 次の日、昨日のことは夢なのではないかと疑うも、部屋中に溢れかえる昨日買った物をみて、現実だと理解した。ふとテレビをつけると、選挙がどうとかいう難しい話をしていた。理解できないのだから見ていても何も面白くない。お金で馬鹿は治らないだろうか。

 ダメ元で病院に行き、聞いてみた。受付で症状を聞かれたので、『脳が悪い』と書けば、すんなり通された。これは期待が持てるかもしれない。呼び出され、診察室に入った俺は、あまりに嬉しくて聞いてみた。

「先生、いつの間に馬鹿につける薬が出来たんですか!」

 先生は驚いていたが、ちゃんと話を聞いてくれた。しかしやっぱり馬鹿につける薬はないようだ。

そうだ、お金だけは持っているのだから、俺にも研究を依頼する権利はあるんじゃないだろうか。

「先生、薬の開発依頼ってどうすれば出せるんですか? 大丈夫です。お金だけはあります」

「一般人にそういった依頼はできませんよ」

 そういう権利は俺にはないらしい。先生が言うのだから仕方ない。馬鹿を直そうとするのは諦めた。

 

 病院からそのままバイト先に向かい、働いてから帰宅。疲れたのでちょっと奮発して比較的値段の高い方のコンビニハンバーグを買って、付け合わせも出来合いのもので夕飯とした。風呂に入れば、昨日買った入浴剤が思ったよりもいい効果を発揮していてうれしくなった。

(さすがに高級品は違うなー。そういえば、俺今お金持ち?)

 お金持ちはこんな優雅な生活を毎日していたのか、羨ましい。

 そんなことを考えていると、ふと自分が独りなのが寂しくなった。

 どうして俺には友達がいないのだろう。家族が居れば、せめて誰かとこんな生活を共有できるのに。考え始めると止まらなかった。

 

 

 あれから、数日が過ぎた。

 5000兆円は全部孤児院に寄付した。

 俺はもう生きていたくなかった。

 沁みついた貧乏根性が、俺にお金を使わせるのを拒ませた。

 本当は裏の世界では人が買えるのだって知っていた。

 5000兆円あれば、日本が変わることくらいわかっていた。

 お金があっても、なくても、俺は虚しいだけで何も変わらない。

 人は人によってのみ変わることに気付いたのは、死を覚悟した今更だった。

 死にたい。

 そうして今にも、少し高級な荒縄と、これまた少し高級な椅子を使って、俺は少し高級で、気楽で好奇な死に向かうのだ。



                                 完

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