乙ゲーを知らないヒロインと悪役令嬢

圷 とうか

ヒロイン目線「なんじゃこりゃ」



 目が覚めたら、私は私ではなかった。小さな手と腰まである淡いピンクの髪。あたりを見渡せば、テレビで見たことある西洋貴族の部屋。

 私が寝かされている大きすぎるベッド。部屋の中には誰もいない。もう一度自分の小さな手を見て、可憐な少女は叫ばずにはいられなかった。


「なんじゃこりゃあああああああ」


可憐な少女の声が部屋に反響すると、扉の外から慌ただしい足音が聞こえ、そして勢いよく扉が開いた。


「お、お嬢様!」


メイド服を着た女性が勢いよく部屋に駆け込んでき、少女はびくっと肩を震わせた。


「旦那様!旦那様!お嬢様が目を覚まされました!だんなさまああああああ」


メイドは何かを叫びながら部屋を出ていくと、数十秒もしないうちに先ほどとは違う重々しい足音が聞こえてきた。そして、また扉が勢いよく扉が開き、駆け込んできたのはダークブルーの髪と金色の目を持った超絶ハンサムな男性だった。

 その男は、少女を目に留まると、ボロボロと涙を流し始めた。


「ソフィイイイイイイ」


勢いを殺すことなく抱きついてきた男に、少女はギョッとした。


「お、お父さま?」


何が何だかわからず、口から勝手に出てきた言葉に、少女は目の前の男が自分の父であることを認識した。


「ソフィ、よかった、本当によかった。もう目が覚めないかと思った・・・・」


自分の置かれている状況が飲み込めず、少女は父親を見上げた。


「お、お父さま、私は・・・・?」

「ソフィ、覚えてないのかい?」


父の言葉に首を傾げた。記憶がまだ整理できておらず、自分が昨日まで何をしていたのか思い出せない。思い出せるのは、涙を流しながら自分を見下ろす家族と大切な恋人。ああ、そうだ。「わたし」は死んだんだ。進歩した医療でも進行した癌を治すことはできず、最後の最後まで抗い、そして大切な人たちに見届けながら死んで逝ったんだ。


「りょうくん」


小さな声でかつての恋人の名前を呼ぶと、目頭が熱くなり、大粒の涙が溢れ出てきた。


「りょうくん、おにいちゃん、おかあさん、おとうさん」


かつての大切な人たちの名を呼べば、涙はとめどなく溢れ、息が苦しくなった。

 私はどうしてここにいるのだろうか。自分を抱きしめてくれる人が父だとわかるのに、心はそれを完全には受け入れてくれない。

 突然泣き出した私に、父はおろおろとし、誰かの名前を呼んでいる。だけど、その言葉は耳に入って来なくて、ただただ大切な人たちに会いたい気持ちで苦しかった。


「マーガレット、マーガレット、すぐに来てくれ!」

「はいはい、そんなに呼ばなくても聞こえてますよ、あなた・・・・ってどしたのソフィちゃん」


おっとりとした足取りで訪れた女性は、苦しそうに泣く私を目に止めた瞬間、父を引きはがし、そっと包み込むようにして抱きしめた。


「どうしたの、私の可愛い天使。怖い夢でも見たの?」


優しく撫でられ、溢れていた涙が少しずつ止まる。ああ、この人が私の母親だ。


「お母さま」

「どうしたの?私の可愛い天使」

「お母さま」


小さな手で母を抱きしめると、母親は何も聞くことなく抱きしめ返してくれた。

 しばらくして、ようやく落ち着いた私は、侍女が持ってきた水を飲み、父から何があったのか説明をしてもらった。

 私が眠っていた時間は一週間。その間、一度も目を覚ますことなく、医者曰く魔力が戻れば目を覚ますとのこと。だけど、その魔力はいつ戻るかはわからない。一日かもしれないし、一か月かもしれない。それを聞いた父は絶望し、母はただただ私が目覚めることを信じて待っていたと言う。

 私が魔力を失ったきっかけは、弟を守るためだったと父は言った。そこで漸く思い出した。


「私は森に行ったアデルを探しに行って、そこで魔獣に襲われているアデルを助けた。私はアデルを背負って帰ってきて、それで・・・・」

「家に帰ってきたソフィは私たちの顔を見た瞬間倒れた」

「そうでしたのですね」

「幸いアデルは大した怪我もなく無事だったが、アデルを助けるために魔術を使ったソフィは力を使い果たし倒れた」

「そうだ!アデルは?アデルはどうしたのですか?」

「アデルなら今ビル先生と一緒だ。ソフィをこんなめに遭わせてしまった後悔から、魔術の勉強を頑張るようになった」

「よかった・・・・アデルは無事ですのね」


安堵に胸を撫で下ろすと、痛いぐらいの視線を感じ、私を顔を上げた。


「お父さま?」


顔を上げると、どこか不安な表情で父が私を見ている。お父さまともう一度呼ぶと、母が父の頭を小突いた。


「あなた!あなたがそんな顔をしたら、この子が不安になるでしょう!しっかりなさい」

「あ、ああ、そうだな・・・・・。ソフィ」

「はい、お父さま?」


小さく首を傾げると、父は真剣な表情で私を見た。


「ソフィはいつから魔術を使えるようになった?私たちが知る限り、ソフィが魔術を使っているところを見たことがない。アデルに何があったのか話を聞いたが、お前が凄い魔術で魔獣を消してしまったとしか言わない。その現場に見に行ったら確かに魔術の痕跡があった」


父の言葉に、ソフィはまだ整理されないこちらの世界での記憶を引っ張り出した。そして、あることを思い出した。

 そうだ、私ここが異世界だって随分前に気が付いていたわ。そして、この世界で私が魔術を使えることも。だけど、「わたくし」が「わたし」だとは思い出せなくて、だけど、どこかゲームのような感覚で魔術を使っていた。ようやく全部思い出せた。かつての「わたし」といまの「わたくし」を。


「お父さま、黙っていてごめんなさい。私、三歳の頃から魔術を使えましたの」


私の口から出た言葉に、父と母が息を飲んだ。

 この世界で魔術が使えるようになるのは平均で七歳からだ。魔力が発現した時、自分がどの属性を持っているか調べ、そして魔術学校で魔術について学ぶ。

 勿論、魔術を持たない人間も存在する。持たない人間が蔑まれることはなく、持たないものも持たないものなりに努力して生きている。

 ただ平均が七歳なだけであって、大人になってから魔力が発現する者もいる。しかし、三歳で魔力が発現した者は、この世界にはまだ一人としていない。

 父が小さく息を吐いた。


「ソフィ、ずっと一人で苦しんでいたんだな」


優しく抱きしめてくれた父に、私は小さな手で抱きしめ返した。


「ソフィが苦しんでいたのに気が付いてあげられなくてごめんね。これからは何でも話してくれ。私たちはいつでもソフィの味方だ」

「はい、お父さま」


ごめんなさいと私は心の中で謝った。―――――いや、本当に申し訳なく思った。だって、私はこの世界のことをなんにも知らなくて、勿論魔力の発現の平均年齢が七歳だということも知らず、ただすごい技を使えるようになってから、お披露目しようと思っていただけだのだ。

 そんなときに、弟のアデルが魔獣に襲われて、咄嗟に現段階の大技を使ってしまい、帰り道もアデルを背負うために魔力を使ってしまったことで、家についたら力尽きてしまったのだ。まさか、魔力切れで一週間も寝込むとは思わなかったが・・・・・。もう、なんと言ったらいいのかわからないが、本当にごめんなさい。

 申し訳なさのあまり、これからは迷惑をかけないように頑張ろうと心に決めた瞬間だった。

 


 そういえば、この世界って、何かのゲームとかかな?







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乙ゲーを知らないヒロインと悪役令嬢 圷 とうか @toto0402

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