第8話 さらに新人さん入りました!
休憩室に駆け込むと、ジャージ姿の少女が枕元のおにぎりを凝視していた。目が合う。そしてよくわからないままに頷いた次の瞬間、彼女はおにぎりにかぶりついた。ビニールを剥かずに。
「くぁwせdrftgyふじこー!?」
彼女は声にならない悲鳴を上げる。慌て過ぎだと苦笑を漏らしつつ助け舟を出す。
「あああ、そのままじゃいかん、ちょっと貸して」
おにぎりのビニールを外して海苔を丁寧に巻き、渡す。ミネラルウォーターもペットボトルのフタを開けてテーブルに置いた。
一心不乱におにぎりにかぶりつく。がぶ、もしゃもしゃもしゃ、がぶ、もしゃもしゃもしゃ、ごっくん。くぴくぴ……ごくり。リスとかウサギの食事シーンのようだ。
日本人に近いような肌色で、黒髪を伸ばしている。長い髪をあの頭巾のどこに収納していたのか疑問を感じるがとりあえず棚上げする。瞳の色も日本人っぽくブラウンだ。
着ていた服は軽く洗って部屋の片隅で乾かしているが……忍者服っぽい。というのは、服のチェックをしていたリンさんがあちこちに隠しポケットがあり、防水加工を施した火種とか、投げナイフのたぐいとか、糸のこぎりっぽい金属糸とか、いろいろと物騒なものが出てきたと報告してきたからだ。
あれだ、糸を一か所引っ張ると全部ほどける仕掛けとかあるに違いない。
歳は小・中学生くらい? 身長も小柄だ。そして非常に整った顔立ちをしている。和風美少女というやつだね。すらっとした体つきだが、胸部装甲は重厚だった。いわゆるロリ巨乳である。いいね!!
しかしまあ、この子、よく食べる。手渡したおにぎりがそろそろ十個目である。小柄な少女のどこに入っていくのか不思議だが、途中から気にしないことにした。そうだな、大体五個目あたりからかなあ……。
ふと視線を感じた。物陰からバルドさんが光彩のないどんよりとした瞳でこっちを見ている。とりあえずゴマかすように笑顔を向けると、なぜか頬を赤らめて引っ込んでいった。何だったんだろう。
少女に目線を戻すと、どうやら我に返ったようだった。唐突に土下座してとんでもないことを叫んだ。
「生涯の忠誠を誓います! 何なりとお申し付けください、主様!」
「うん、ちょっと落ち着こうか」
即座に返答できたのは、さすがにこっちの世界で鍛えられたせいだと思いたい。
「ですが、命を救ってもらった恩は命で返せと父上が」
「うん、じゃあ、こうしようか。“おにぎり”と“ミネラルウォーター”の代金が1500ゴールド。お金は……持ってないのな」
フルフルと首を横に振った後、俺の言葉に合わせてコクコクと頷く。何この子かわいい。
「んじゃ、うちで働かない?」
「えっと……主様はこのお店の?」
「うん、店長だね。だからそこらへんは俺が決められる」
「こんな立派なお店の主とは……素晴らしいです!」
「で、どうする?」
「粉骨砕身の覚悟を持って働かせていただきます!」
「ほんとに砕かなくていいからね?」
うん、そこで、なんで? って感じで首をこてんと倒すの反則。無垢な表情に鼻から出血しそうだ。ぶはっ!
「というわけで、新人さんです」
「お、おう……」
バルドさんなんで棒読み??
「んじゃ、自己紹介をよろしく」
「はい、モモチ・カエデと申します。主様に身も心も捧げました! よろしくお願いいたします!」
うん、元気いっぱいだね。いいと思います。けど誤解を招く表現はやめようか。じゃないと……ほどなく俺の頭は刈り取られた。綺麗に伸びたバルドさんのハイキックが俺の側頭部を撃ち抜く。
「へんたい! クソロリコン!」
「バルドさん、クソはひどいと思います……」
そう言い残して倒れた俺。
「店長、ロリコンは否定しないんすね、あと、変態も」
ルーク、あとでしばく。俺は……ただの紳士だ。
ぼやけていく視界の端でかけていたメガネが飛んでいき、壁に当たってレンズが砕けるのが見えた。ああ、あれ最後の一つだったのに……。あまりの無念に天が応えたのか? スキルを習得した。
『スキルを習得しました。
スキル:エンドレスメガネ 魔力が続く限りメガネを無限に生成する。これでどれだけ壊されても大丈夫!』
初めて習得したスキルがこれかよ! 俺のツッコミは意識とともに虚空に消えていった。
目覚めると、なぜかカエデちゃんとバルドさんが仲良しになっていた。やっぱ少女もイケメンがいいのか、いいんか!(血涙)
リンさんがカエデちゃんにレジの打ち方を説明していた。レナさんが接客トークを教えている。自動ドアが開くたびに、「いらっしゃいませー」とやや舌足らずな声で挨拶する。
黒髪ポニーテールの少女。イイ! エプロンも微妙にサイズがあっておらず、小さな子供のお手伝い感が満載だ!
そう思ったのは俺だけではなく、おっさんおばさんたちが、カエデちゃんを蕩けそうな微笑みで見ていた。新たな客層、ゲットだぜ!
SIDE:レイル王子および王国軍
一方そのころ、ゴルドニア王国軍を率いるレイル王子は歯噛みをしていた。
魔王率いる軍勢が攻め寄せてくるとの情報を得て、大軍を発し先制攻撃を加えようとしていた。魔国は天候不順による凶作であった。要するに王国に攻め込んで食料を調達しようという考えであろう。自国内で戦えば国土は荒れる。それを避けるための迎撃であった。
そして今も前衛部隊が派手に蹴散らされていた。まさに無双。
魔王による攻撃である。相手の軍は王国軍の半数にも満たない。だが、魔王とその幹部の戦闘力は王国軍部隊を上回り、単騎で兵を蹴散らしてゆくのだ。
もちろんある程度戦闘が長引けば魔力が枯渇し、その爆発的な力は失われる。数の利をもって兵を入れ替えつつ戦うことで、何とか戦線を維持しているのが現状だ。
「ジョゼフ、このまま退くのも難しい、ここで戦線を下げれば一気に敵はラグランを抜けてくるだろう」
「左様ですな。ですが敵もこちらの陣の厚みを抜けておりません」
「だがこのままではじり貧だ」
「物資はラグランで買い付けております」
「負傷兵が多い。彼らを何とかせねば士気が下がる一方だ」
そこに急報が入った。ワイバーンに乗った敵兵が後方の補給部隊を襲撃したという知らせだ。魔法兵の活躍もあり撃退に成功したが、これでは後方にも戦力を割かないといけない。
レイルは頭を抱えた。
「ジョゼフよ、ここは乾坤一擲の賭けに出ようと思う。我自ら魔王を討つのだ。さすれば奴らも瓦解しよう」
「殿下、自重してください!」
「だが、このままでは泥沼にはまり込んだように我らはここで溶けて消えるぞ?」
「そうならぬよう儂が手を打っております。今は耐えるときです」
「その根拠は?」
「彼奴等の侵攻の理由が凶作だからです。長期の対陣では必ず疲弊するはず。そうすれば我らの勝ちです」
「うむむ、相分かった」
王子は焦燥を抑えつける。ここで軽率な一手を打てば、こちらの崩壊を招くことも理解していた。改めてジョゼフへ補給部隊の護衛の増強と、ラグランにできた商会への物資買い付けを命じるのだった。
王国軍に異変が生じたのはその数日後だった。重傷者が減り士気が上がっている。
ジョゼフは物資調達担当の武官を呼んだ。
「最近兵たちの消耗が少ないが、何か変わったことはあったか?」
「それがですね、ラグランにできた【コンビニハヤシ】という店からポーションを買い付けたのですが、非常に質がよく、負傷兵たちの回復が早まっております。また、武具も上質なものを取り扱っており、修理なども請け負ってくれております」
「ほう、そのポーションはどのようなものだ?」
「こちらです」
ジョゼフは鑑定スキルでポーションを確認すると、ポーション+3と表示された。最高品質である。これを通常のポーションと同じ価格で販売しているとの話を聞いて驚愕した。
「一度そのコンビニとやらに行ってみよう」
「はっ、すぐに手配いたします」
ジョゼフは王子に報告を上げるため、ポーションを手にその場を立ち去った。
書籍版試し読み『もし異世界ファンタジーでコンビニチェーンを経営したら』 響 恭也/「L-エンタメ小説」/プライム書籍編集部 @prime-edi
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