第二十三話 優秀な部下
「ご苦労様です。あなたのおかげで迅速に行動することが出来ました。やはり持つべきものは優秀な部下ですね」
監査官の部屋でデスクチェアーに腰掛けるケルーナ様。私の直属の上司だ。
「カッサバルド殿は処刑にはならないでしょうが、大幅な降格と遠方への異動が予想されます。もう彼も大丈夫でしょうし、当人には知らせてはいませんでしたが囮としての任務も終わりです。補償があれば引っ越しも可能でしょう」
いくつかの書類にサインをして、デスクの上に書類を置く。補償で支払われる額と即日支払う額が記された書類だ。これを彼の元に届ければ私の任務は終わる。
「さて、あなたの次の行き先です。零細規模は終わりましたので次は小規模、そして中規模、大規模と規模の大きなところへ移っていくことになります。そして全てが終わった後、こちらに戻ってくるという当初の予定通りに研修を行います。いいですね、フィオラ」
「はい、ケルーナ様」
研修生として優秀だった私。今回は研修と銘打って彼の懐に入り込み、動向や外圧がどのように働いているかを内部から調べるのが任務だった。その任務が終わり、私は普通の研修生に戻ることになる。
「それでは次の研修先ですが、小規模の迷宮をいくつかリストアップしました。この中から選んでください」
「あの、そのことですが……」
ケルーナ様が差し出しす書類に私は目もくれず、思っていることをはっきり言ってしまうことにした。
「あの迷宮にとどまろうかと思います」
「なぜでしょう。研修は済んだはずですが?」
「はい。ですが私なりに考えました。各規模の迷宮に移っていくのも良いかと思います。ですが管理者の成長と友に迷宮の成長をこの目で見て、仕事としてしっかり携わることも研修として大きな意味があるのではないかと思います」
「……なるほど。ずいぶんと彼を高く評価しているようですね」
ヴィンセントは零細規模の迷宮の管理者だ。これ以上あの場所にとどまっていて学べることは現状ない。しかしこれから彼がどのように方針を定め、どのように成長していくのかを見るのは大きな意味があるはずだ。
「彼はまもなく小規模の迷宮の管理者となります。他へ移るより、現状維持で成長を見ながら小規模の仕事も学べる。良いことづくめではないかと思います」
「確かに、悪くはありませんね」
「はい。それに個人的にですが、今回の件で彼が囮になりやすいように事務方として行動したことになります。そこに少々罪悪感もあります」
「罪滅ぼしを兼ねて、研修を行うというわけですか」
「はい」
自分の意見は言い切った。あとはケルーナ様がどのように判断を下すかを待つだけだ。まだ研修生の私には上司の命令を無視できない。決められてしまえばそれに従うほかないのだ。しかし決定される前であれば、一目置いてもらえている身でなら、ある程度わがままを言うことくらいは許されるはずだ。
「……いいでしょう。ヴィンセントには補償の一部として、内情に明るい事務方の研修期間の延長が決まった、ということにしておきましょう」
「ありがとうございます」
ケルーナ様なら聞き入れてくれると思っていた。これで心に残った罪悪感を払拭するために、本当に迷宮が成長するための事務作業を心の底から本気で行える。
「そうなると……フィオラはもうここには帰ってこないかもしれませんね」
「なぜでしょうか?」
「まもなく小規模になって、それからさして時間をかけることなく中規模になれそうならば、そのさらに上を目指すのに事務方としてあなたを置いておいた方が良いという判断を上層部がするからですよ」
優秀で上り調子なら、そのまま心臓部の人員を変える必要はない。当たり前の判断だ。
「それではここから出向という形になりますね。私の上司はケルーナ様ですから」
「フィオラらしくない。かわいいことを言いますね」
頻繁に顔を合わせることはない研修生の身だ。それでも尊敬している上司はケルーナ差まであり、そこがヴィンセントに代わることはおそらくないだろう。彼も悪くはないが、私の思う頼りになる上司とは方向性が違う。
「では手続きはこちらでして起きます。ヴィンセントに、これからを楽しみにしていると伝えておいてください」
「わかりました」
私もこれから次のステップへと変わる。事務方としてヴィンセントを支えるだけでなく、本当に成長に役立つ進言や仕事が求められる。今までは最悪の場合、上司からのサポートを受けることが不可能ではなかった。受けはしなかったが、そう思えるだけで心の余裕が違う。
後ろ盾もなく、あの迷宮にいる者達だけで成長していく。難しいことだろう。あの迷宮にいるモンスターのほとんどは使い物にならないといってもいい。自分の心の中の罪悪感の清算だけでなく、実力を真に試せる良い機会でもあるのだ。
ケルーナ様の顔に泥を塗る様なことがあってはならない。私はこれからの仕事を考えるだけで身が引き締まる思いだった。
迷宮の管理者 猫乃手借太 @nekonote-karita
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。迷宮の管理者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます