第二十二話 理想の管理者

 人間、ボルジャン、そして自らの部下にルドガー。本来なら会うことはないはずの四者をしっかり拘束して聴取した。その結果、彼女はここへやってきたのだ。

「人間、制裁対象、そしてカッサバルド殿の部下、彼らは一時的に彼の迷宮に置いています。水棲生物中心の迷宮ですから、陸上生物の彼らが結託しても逃げられませんから」

 ルドガーの迷宮で証人を形式的に保護している形だ。実際は軟禁か監禁かわからない。しかし重要な証人として確保されている時点でもうカッサバルドには手出しが出来ない。

「まずは人間ですが、彼らは人間の情報屋から情報を買って行動していました。その情報の出所を探ったところ、カッサバルド殿の部下が情報の出所だと言うことがわかりました。人間がモンスターを狙うのは至極当然のことなので操るのに苦労はなかったでしょう」

 動いて欲しい人間をうまく操るために、情報屋に金を払って都合のいい情報を流させる。それで人間をうまく誘導して迷宮を襲撃し、さらに戦いになってもルドガーが有利な海岸へとおびき寄せたのだ。

「ボルジャンはあなたの部下に誘導されてあなたの管理地域にやってきたそうです。そして海岸へ行くのもあなたの部下が誘導したそうです。希望の迷宮に移籍させてもらえるという褒美のため、だそうです。人間もボルジャンも両方口封じで殺す予定だったのでしょう。情報の流れを追えたりあなたの部下の話が出てきたりと、あなたにとって都合の悪い情報をいくつか持っていました」

 口封じをすることが前提であればどのような褒美を用意しても損はないし、実際に殺してしまえば情報も漏れなくなる。死人に口なし、だ。

「ルドガーは大会での失態を取り返すために制裁対象のモンスターを討つ役目を受けたと言っていました。口封じだとは知らなかったようです。自分に不利益な情報をあえて残す必要はありませんから、彼の立場や状況を考えると知らせる必要なく、都合良く使えたことでしょう」

 ルドガーはカッサバルドの不利な情報を消し去るために利用されたことになる。大会での初戦敗退が原因のようだ。真実を話さなくても相手が人間であったり制裁対象であったりという理由がはっきりとしているから、上司の命令に疑いを持つことはなかったのだろう。

「そしてあなたの部下ですが、これが一番大きいです。ボルジャンの誘導、ルドガーへの情報提供、人間への情報流布。全てにあなたの指示があったことを証言しました。そして私が過去の数字に憶えた違和感も、あなたの関与があったことを証言していただけました。優秀な部下だったようで、長くあなたの元で裏方を担当していたようですね。色々と知っていてくれたので本当に助かります」

 ケルーナがカッサバルドをにらみつける。その瞬間、部屋の温度が下がった気がした。実際に下がったわけではないだろう。おそらく体感温度が下がったのは彼女がにらみつけたから。悪寒を感じるほど、怒ったケルーナは恐ろしかった。

「ではカッサバルド殿、問います。今私が話した内容は真実ですか?」

「いや……それは……」

「ご自由に発言していただいて結構ですが、無言は真実で反論できなかったと見なします」

 突然の追求に考えがまとまっていない状況で無言は肯定と見なす、と言った。これほど抜き打ちで取り調べを受ける側に圧力をかける言葉が他にあるだろうか。

「……魔王様のためを思って……」

「そうですか。つまりカッサバルド殿は魔王様により任命された管理者を自らの判断で廃業に追い込み、自らの出世に生きる者には最大限援助をするのが魔王様のためだと言いたいのですね?」

「いや、それは誤解だ。俺は魔王様のためにも出世をしなければならないと思い……」

「つまり魔王様の判断基準が間違っていると?」

「そ、そうではない。俺は上に行った方が魔王様のお役に立てると……」

「なるほど、カッサバルド様は現在魔王様の周りを固めている幹部の皆様方よりも優秀だと言っておられるわけですね」

「ち、違う! そうではなくてだな……」

 何を言ってもケルーナにいい印象を持ってはもらえない。良いようには捉えてもらえない。自らの判断で行っていた悪事が暴かれ、考えもまとまらないうちに取り調べを受けている。ケルーナのペースで話が進んでいるのも当然だ。

「どのような理由があろうと、魔王様と魔王様に認められた幹部の方々が決めた管理者を自らの都合で廃業に追い込む。これは魔王様に対する裏切り行為です」

「ち、違う! 決して魔王様を裏切るようなことは……」

 否定しようとも、関係者と詳しい事情を知っている者が全てケルーナの手の中にある。どのような言い訳を並べようと、彼女の判断が全てだ。

「それに今回、あなたが引き起こしたことで一つの迷宮が大損害を被り、多くの者達が戦死となりました。聞くところによると現状、損害により蘇生は難しいと聞いています。魔王様の配下を死に至らしめる行為を誘発したのは魔王様に対する反逆と見なして問題ないでしょう」

「は、反逆など……」

 魔王様に対する反逆の罪は最大で処刑。つまりカッサバルドはここで屈すれば最悪処刑される可能性があるのだ。

「違う、俺は反逆などしていない」

「話は魔王城監査取調室でいくらでもお聞きします。そしてあなたの管轄内で行われた全てのことを調査対象として監査官総出で徹底的に調べさせていただきます」

「ち、違う! い、異議だ! 異議申し立てを……」

 カッサバルドが言い終わる前に轟音が響いた。ケルーナの右足の付近がへこみ、床に幾重にもひびが走っている。立ったまま床を強く踏みつけたようだ。

「監査官の権限であなたの異議申し立ては却下します。そしてこれ以上醜く抵抗をするというのであれば実力行使も致し方ありません。魔王様の名の下に正義を執行するまでです」

 カッサバルドががっくりとうなだれる。どうやらここでの抵抗は無駄だと理解したらしい。今まで自らの地位を振りかざしての好き勝手な振る舞いをしてきたいた。それがどこまで立証することが出来るかはわからないが、少なくとも反逆罪の可能性まで疑われたカッサバルドが元の地位に戻ることはないだろう。

「さて、ヴィンセント」

「は、はい」

 ケルーナの目がこちらに向けられる。カッサバルドの方はひとまずこれで終わりのようだ。

「今回、あなたとあなたの迷宮へ行われたことによって被った被害に対して、補償があることを約束します。並びにあなたとカッサバルド殿の間で起こった契約の直近十日分は無効とし、あなたの関係者との契約に関しても直近十日分の異議申し立ては最大限聞き入れるようにいたしましょう」

 カッサバルドとの間に契約があったとしても直近十日の間はなにもない。あるのはベアトリクスの件だけだ。すでにカッサバルドと契約を結んでしまっている。だがケルーナの言ったとおりになるのであれば、ベアトリクスが望めばカッサバルドとの契約を無効化することが出来る。

「ヴィンセントの補償には少し時間がかかりますので、ひとまず迷宮の修復と戦死者負傷者の蘇生と治療に必要な分は私の方から即日で先払いします。早急に迷宮へと帰り、魔王様のために体制を整えるようにしてください。忙しくなるでしょうから事情聴取には部下を迷宮へと向かわせます。魔王城へ来る必要はありません」

「わかりました」

「ではカッサバルド殿、ルドガー、ベアトリクス。私に同行してもらいます」

 ケルーナはあくまで自らの職務を遂行していく。カッサバルドとルドガーが彼女に続いて部屋を出て行く。その後をベアトリクスがついていこうとするのだが、足を止めてことらを向く。

「ベアトリクス……」

「ヴィンセント、ちょっと行ってきます。でもすぐに帰ってきますよ。私、ヴィンセントの役に立つまではヴィンセントから離れる気はありませんから!」

 ベアトリクスはそう言って急いで先を言ったケルーナの後を追いかける。

「放り出せなくて、見捨てられなくて、あいつが自分で出て行くって言うまでは俺がしっかりしながら好きにさせてやろうって思っていたら……なんだか俺の方があいつに助けられたような……情けねぇな」

 困っている者、助けを求めている者、弱い者……そういった者達を放っておくことができない性分なのだ。だからベアトリクスは帰りたいと言うまでいてくれて良いと思っているし、どこの迷宮にも雇ってもらえない者達と契約して居場所を作ってやりたいと思っている。

 もちろんそれが全て自分の出世につながっているわけではなく、時に足を引っ張る材料になっていることもわかっている。でもだからといって放ってはおけない。出世して迷宮自体が成長したとしても、なんとか今いるメンバーには頑張れる限りは頑張ってもらいたいし、こちらも頑張れるだけ頑張ってやりたい。

 自分が苦しいときに助けてくれる信頼できる友がいるように、自分が多くの者にとってそういう存在でありたいと思う。

「帰らないとな。みんなが待ってる」

 蘇生を待つ戦死した仲間、重傷を負って看病が必要な仲間、そしてそんな仲間達を見てくれる友。

 決して良い立地条件ではない。決して楽でもない。それでもあの場所は自分にとって居心地の良い家のような場所であることもまた確かなのだ。

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