第二十一話 真相のピース

 大会でしくじり、カッサバルド様の信頼を失った。でも僕は長い時間を待ってでも汚名返上をする気でいた。でも機会は思ったよりも早くやってきた。僕は好機とばかりに、カッサバルド様の命令に従い動くことにした。

 カッサバルド様より新たな任務として与えられたのは制裁対象となったモンスターの始末。トロール族のボルジャンというやつだ。陸上のモンスターだったから正直悩んだ。どうやって倒すべきか、それを考えながら情報収集をしていると、ボルジャンは人間の戦士を追いかけて海岸にまでやって来ることがわかった。

 チャンスはこの海岸にいるときしかない。過ぎた失敗は新たな成功で上書きすることができる。僕は最高のタイミングを見計らうために海中から様子を伺っていた。

 海岸でキャンプを張っていた人間達。そこに突如でかいトロール族が現れた。食事の準備や寝床の確保、周辺の散策などで武装や隊列が乱れていた人間達はあっという間にボルジャンに蹴散らされていく。食事と寝床を整えるために一時的に武装を解除していた人間はあっという間にやられ、次にその近くにいる武装した人間がやられた。周辺の散策に出ていた人間達も戻ってくるが、隊列が乱れているため次々にやられていく。多少傷つけることは出来たが、戦いの行方は戦いが始まったときに決まってしまっていた。

 いや、戦いなどというものではない。引っこ抜いた木のような大きい棍棒を甲冑の上から人間に叩きつけ、甲冑ごと人間を破壊していく。おそらく蹴散らされた半数は死んだだろう。残った半数もほとんどが重傷で動けない。唯一、リーダー格と思われる一人がかろうじて立っているが、戦いの決着は時間の問題だ。

「モンスターごときにこんな目に遭わされるなんて……」

「もう少し楽しめるかと思ったが物足りねぇな。脆い、人間は脆いんだよ。ちょっとぶん殴ったらもう動けなくなりやがる。でも……まぁ、それが面白いんだけどな」

 残った人間の最後の戦士にボルジャンが歩み寄っていく。後はとどめを刺すだけなので余裕があるのだろう。顔は笑っているし、歩みもゆっくりだ。

 人間にとどめを刺した瞬間にこちらも動く。僕はそう決めていた。最後の男を殺せばもうボルジャンの脅威になるやつは地上にはいない。やつが勝利を確信して油断したとき、僕は飛び出してやつを海中に引きずり込む。地上ではあの豪腕に勝ち目はないが、水中であればどれだけ腕力が自慢でも負ける気がしない。

 海中には僕以外に、僕が契約している腕利きの水棲モンスターを配置してある。引きずり込んだ後に抵抗されても、水中で数の利がある状態だ。引きずり込むことさえ成功すれば命令の遂行はなされたのと同じだ。

 僕がその時を待っていたとき、ボルジャンと人間しかいなかった海岸に歩いてくる者がいた。一体誰なのか、僕は海中から気配を消して様子をうかがっていた。

「……ケルーナ様?」

 一度しか見たことがない。しかし一度見れば忘れられない。魔王様の信頼も厚い特別監査官を務めるドラゴン族の才女が、なぜこんなところにやってきたのか。僕は理解が出来ずにただ状況を見守ることしか出来なかった。

 よく見ればケルーナ様は片手で誰かを持っている。その誰かには見覚えがある。カッサバルド様の配下で雑務から情報収集などの裏方の任務に就いている者だ。それを釣った魚や狩った獣のように、軽々と片手で持って運んでいた。

「誰だ、お前?」

 ボルジャンがケルーナ様をにらみつけている。ボルジャンは人間を殺すことに快楽を持っているようだから、ドラゴン族のケルーナ様が現れても特に敵意は抱いていないようだ。

 僕は安心した。圧倒的確上のケルーナ様には向かうなど考えられない。ましてやドラゴン族の才女だ。挑むこと事態が自殺と変わらない。ボルジャンの命を気にしてのことではなく、同じ格下の存在としてボルジャンにちょっと感情移入してしまったようだ。

「私はケルーナ。今回、事情によりこの場は私が預からせていただきます。よって皆、動かず私の聴取に応じてください」

 ケルーナ様が手に持っていた情報屋を砂浜に放り投げる。そしてこの場にいる者達へ、順に視線を向けていく。

「モンスターに従うつもりはない! どのみち殺す気だろう! さっさと殺せばいい!」

 人間が真っ先にケルーナ様の命令を聞き入れないことを宣言した。

「こちらにはこちらの事情があります。あまり時間的な余裕がないため頑なに拒まれるのは好ましくありません。よって今回は特別に交換条件として、私の聴取に素直に応じれば礼としてお前の仲間の治療と蘇生、そして無事に人里への帰還を約束しましょう」

「な……んだと?」

 人間の表情に迷いが生まれる。モンスターの言いなりになるくらいなら死んだほうがましだ。しかし死んだ仲間が生き返り、全員で生きて帰ることが出来る。それならば言うことを聞いた方がいいのではないか。そういう悩みの顔だ。どのみちこのまま行けば死ぬしか道がないのだから、その悩みはもっともな悩みだろう。

「そ、そんなことが出来るのか?」

「可能です。私はドラゴン族ですから」

「ど、どういうことだ?」

「魔力を含ませたドラゴン族の血液には特別な治癒と蘇生の効果があります。かつて魔王様を討った、人間の世界では伝説の英雄とされている者はドラゴンの地で不老不死となったことで魔王様を討った。そう伝承に残っていたはずです。聞いたことはありませんか?」

「と、当然聞いたことはあるが……それなら不老不死に?」

 ケルーナ様は首を横に振る。ドラゴン族の地で不老不死になった人間がいるが、それにはどうやら特別な原理があるらしい。

「不老不死になるには一般のドラゴン族ではなく、特別な儀式を経てドラゴン族の王となった竜王様の血液を用いなければなりません。詳細省きますが、私に出来るのはせいぜい完全回復程度が限度です」

 完全回復をせいぜいとか限度とか、言うことがいちいち普通ではない。ドラゴン族という種族が多くの種族から恐れられている理由が、多種族の常識が通じない種族だからなのだろう。

「おいおい、ちょっと待てよ」

 人間がケルーナ様の言うことに従うかを悩んでいるとき、今度はボルジャンが異を唱え始めた。

「どうして俺様がお前みたいなやつの言うことを聞かなきゃならねぇんだ?」

「何かご不満でも?」

「俺様は人間をぶっ殺したいんだよ。その人間を治療と蘇生? 無事に帰す? ふざけたこと言うんじゃねぇよ! 人間は敵なんだよ! 敵はぶっ殺せばいい!」

 僕は心の中から、ボルジャンにやめろと念を送る。しかしそんなもので意思の疎通が図れるはずがない。ボルジャンは変わらずケルーナ様に突っかかっていく。

「人間は敵だ! その敵を殺さず生かすやつも敵だな。お前も俺様がぶっ殺してやる!」

 ボルジャンは手に持っていた巨大な棍棒を勢いよく振りかぶる。ケルーナ様に攻撃を仕掛けるきだ。

「バカなことを……」

 僕はボルジャンの無事を諦めた。少なくともケルーナ様は聴取が終わるまではボルジャンを殺しはしないだろう。だが、無事はあり得ない。

「お静かに」

 ケルーナ様が腕を振った……と、思う。早すぎてよく見えなかった。けどおそらく腕を振ったと思う。

 ボルジャンが振りかぶった棍棒。木をそのまま引き抜いた様な棍棒。それが綺麗に輪切りにされていた。振りかぶったままの姿勢でボルジャンが固まっている。

「な……」

 さすがに戦闘力の違いを感じたのだろう。ボルジャンの表情が険しいのがわかる。

「何なんだよ、お前はっ! 俺様の邪魔をするんじゃねぇよ!」

 しかし振り上げた腕の行き先に迷い、結局狙いはケルーナ様のまま腕を振り下ろす。

 その瞬間、世界が明るくなった。

 何をしたのか、ケルーナ様が自らに向かってくるボルジャンの腕に向かってフッと息を吹きかけただけだ。しかしそれはただの息ではなく、閃光を発するかのように一瞬だけ周囲をまばゆく照らす炎。

「う……うわぁーっ!」

 ボルジャンの腕は一気に燃え上がって、そして一瞬でその炎は消えた。

「熱ぃっ! 痛ぇっ!」

 砂浜を転げ回る巨体。それをケルーナ様は冷めた目で見ている。

「騒がないでいただけますか? すでに灰燼。痛みも熱もないでしょう」

 炎はとうに消えている。ボルジャンの片腕とともに。

「お、俺の腕がぁ……」

 燃えた腕の付け根は焼け焦げているおかげで出血などはない。本当に一瞬で灰燼となってしまった。噂には聞いたドラゴンの炎。鉄すら一瞬で溶かしてしまうというのは本当だったのだ。

「お望みなら足も同じようにして差し上げましょうか?」

 ボルジャンにもう抵抗する気力がなくなっていた。圧倒的な戦力差を実感して戦意を喪失したのだ。人間殺しを楽しみ、破壊と殺戮を喜ぶ戦闘狂は一瞬にして従順な敗北者となってしまったのだ。

「では聴取を始めましょうか。座ってください」

 ケルーナ様が聴取を始めるために人間、カッサバルド様の部下、ボルジャンと座る場所を指定して座らせる。

「それと海の中にいる、あなたもです」

「……えっ!」

 一瞬、言っている意味がわからなかった。だがケルーナ様がこっちをまっすぐ見ている。海中に隠れているというのに目が合っている。僕がここに潜んでいることもはじめからばれていたのだ。

「は……はい……」

 もはや抵抗は無駄。逃げたところでいいことなど何もない。ここはもう従順に、聞かれたことをはっきり答える。それが生き延びる唯一の道だった。

 僕は海岸に上がり、指定された場所に座る。そしてケルーナ様は全員に対して聴取を始めた。

 なぜここにいるのか、ここへ来るまでにどのような情報を経ていたか、そしてここで何をするつもりだったのか。様々なことを聞かれ、僕だけでなく全員が従順に回答を言葉にしていく。

 ケルーナ様が知りたいことを知った上で納得して満足するまで、聴取は続けられることとなった。

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