第0話 プロローグ
「伏して願はくは、太乙、高遠なる惠寵を垂れ、悠悠たる・・・」
道士、忽ち聲を飲みて、呪を罷め、目を虚空に寓して、耳を隣室に側だつ。
空院、森閑として人無きが如く、庭前、數聲、白鷺飛ぶ。
金盤、斜めに照らして、光を惜しまず、碧雲、蓬勃として晩風に散ず。
寂寞たる室中には、ただ、道士の吐呑せる口氣の、潜めんと欲して潜むる能はず、漸く荒くなりもてゆくなむ聞こゆるのみなりける。
「悠悠たる神氣を被らしめ・・・」
道士、聊か震へたる聲もて、再び呪を唱へんとする時しも、隣室に響き有り、人語有り、忽爾として、禍禍しき妖氣の、四邊に噴涌横溢せる有り。
「人やある?人やある?妾の弓手はいづちゆきしならむ?」
「あはれ、手のひとつなくとも何の患ひかこれあらむ。妾は首ぞなき。」
「たれか?これへ。妾は目の玉をふたつながら落とし侍りて、物もえ見えざる。」
「あなかしましや。妾は足を失ひたるにぞ、庭院のうちを歩むにも不便なりや。」
道士、懷中より、古錢を連ねて作れる短劍を出しつつ、
「幽界の津梁に迷へる妓女の遊魂をして・・・」と語を繼ぎし一刹那、
隣室との境なる扉、四方に砕けて飛び散り、女の、或いは手を失ひ、或いは首なき、或いは眼窩空しき、或いは胴體を失へる、四人、道士に對峙せり。
道士、叫斷して、短劍を放つに、四人の妓女、或いは天井を驅り、或いは壁上を這ひて、飛びて道士に向かふ。短劍、道士の手を離るるや、閃光の赤き、之を包みて、即ち錢を連ねし絲の絶えつるにぞ、四散して床に落ちたり。
女の左手無き、道士の左腕を割き、女の首無き、道士の首を捻り、女の眼無き、道士の両眼を弄び、女の足無き、道士の胴體にまつわり、嬌聲を隱隱と響かせつ、赤き炎を揚げて後、煙と消えて行くところを知らず。
月光の静かに照らせる室内には、ただ、散乱せる護符と古錢、道士の、手足を欠きたる屍のみぞ殘されたりける。
裴氏の妻<キョンシー列伝> 挨拶表現 @niku_udon
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