裴氏の妻<キョンシー列伝>
挨拶表現
第1話 風水師
淸朝末造、文敎は泰西の余波を蒙り、人情は浮薄の欺瞞に陥る。
聖主、在りと雖も、景仰する者は稀に、醇儒、無きに非ざれども、衆人、之を嘲る。嗟乎、誠に是れ、靑史の千載に留むる所、曉風を待たずして滅び、百家の萬歳に畜ふ所、白露に隨ひて墜ちぬ。
かかる人心紛擾し、禮敎地を掃ふの時に當り、江東地方に、百歳、好尚を改めず、人心の純朴なる、往昔を欺くが如き、一村墟有り。紅暾、波間に出づれば、野老、田圃に赴き、夕陽、西山に傾けば、牧童、牛羊を追ふ。春風、面を拂ふの日、三禮を誦讀するの音、遍く軒下に響き、秋聲、牆に聞ゆるの時、竹馬に跨り弄ぶの姿、頻りに陌頭に見ゆ。
其の村の丑寅の隅、山外に山有りとはかくやと疑ふべき寂寞たる村巷の、轉た寂寥たる村隅にしも、遙か貞觀の御代より、風水を相するを業と爲しきたりし一家有り。一老叟有りて、ここに居り、妻子も無く、兄弟も無く、四時閑居して、周易を披覽せり。
叟は、性愚魯、人と交るの術に拙く、内に老莊の蘊奥を抱くも、外には莞爾の相貌を表せば、童蒙も之に狎れ、犬猫も相吠ゆ。
風和らぎ、日暖かなれば、手に正義一巻を携へつ、草廬の戸を排して、煙霞浮べる野に遊び、流鶯を朋と爲して、以て逍遙低吟するを常とせり。
一夜、例の如く、燈火の下、獨り几に凭り、茶を喫しつつ、漫然と経書史籍を繙き、心を疑義に潜めたりし折しも、俄かに黑甜郷里の招きに遇ひて、 懸頭錐股も之を驅遣する能はざるばかりになりぬるにぞ、叟は、欠伸の鯨音に似たる、ひとつものして、書巻を枕にして眠りける。
夢に、叟、衆庶闊歩せる、雜雜たる大路に佇立せり。毛髪容貌、大いに村郊に異なり、衣装沓履、未だ嘗て見ざる所なり。顯紳淑女、異香を漂はせて去り、靑牛白馬、車を引きて縦横なり。叟、茫然自失すること少時、歩に信かせてゆくに、朱欄の麗しく連なれる一橋の前に至りぬ。橋のあなたには、唯だ樓閣の、衰微せるが如き有りて、蜘蛛、糸を飛ばし、鳥雀、集まり鳴く。
叟、忽ち己の夢裏に逍遙せるを悟り、覺めんと欲して精氣を丹田に聚めし時しも、眼前の樓閣、ひとたび劇しく震動し、樓外の碧空、紫雷閃光あり。叟、覺えず、「やや!」と嘆聲を發するや、視界、光を失ひ、四支、力無きに至り、茫然として昏倒せり。
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