第4話 晴れたら

同じ景色、同じ色、同じ時間、貴方たちと私の時間。

握りしめた彼女の日記を持ったまま奥に立ち尽くす彼に告げる、振り向いた顔は本当に朱音によく似ていた。

彼らが本当にそうなら、彼はこの日記を知っているのだろうか、彼は笑ったまま、話をはぐらかそうとする、そんな彼の笑顔を私は引き裂くように顔に彼女の日記を押し当てた。


『お姉さんの日記、知ってたコレの事?』

『……さぁ、ね』


息を切らしながら乱れた髪を直すことも忘れ話すと彼はその日記を睨む。

私が持っていたことに驚いたと言ってそこから距離を置いた。


『今日晴れちゃったね……』

『うん、晴天だよ。』

『君も何処かに行くつもり?』

『その予定』

『……君はさ、私と彼女の事知ってたの?』

『うん』


素直に彼は彼女の日々を話してくれた、始めっから私の名前を知っていたらしい、通話でいつもあの日々を彼に伝えていた、毎日が楽しくて毎日が幸せだったと……そして死ぬ前の夜、彼女はやはりあのゲームをしていた。


『明日は雨が降るかな』


その質問から始まった二人のゲーム、そして勝ったのは勿論、彼女。

そこ答えを教えてもらう前に彼女はこの世を去った、彼は今もその意味をわかっていないようだった、晴れた日に何がある晴れた日に何を思った。


わからない、それが悪い


彼はまるで今までの私のようだった、ずっとその理由を探して散々大人に同じ事を聞かれてきた。

でも、違うのは……そう彼が彼女の弟だったから、だから理由を訪ねる人達は容赦なく彼を責め立てたのだ。

私が思った通りだった、じゃあ彼は何も知らない私と同じように私以上にいろんな人達に責められ責任のような物を押し付けられてきたのだ。

葬式だって参加するのも苦に成る程だ、もしかしたらそこに入れない程だったかもしれない、現に私は彼を一度も見ていないのだから、疎遠となった母に聞くのが怖かったのだろう、日記を始めに貰ったとき思わず突き返したと彼は腕を擦りながら答える、本当なら見たくないとまさか私が持っていたなんて思いも寄らなかっただろうに……


『やっぱり姉さんの言うとおりだった、明石さんは優しいね。』


始め見た印象は最悪だ、暗くて下を向いて声を掛けても何処か違う所を見ていて、他人なんてどうだっていい顔をしていたらしい、私だって彼の事は目立ちたがりの変人だと思っていた、彼はいつも聞いていた話とは違うと散々私の事を否定した。

初めて会った時は気づかなかった、晴れた日に照らされた彼の頬はうっすらと赤く染まり染まっていた、夕焼けに照られされそう見えていたではなく元からだったのだろうか。


あの時私が彼の落ちたあの場所に行かなかったから、こんな話にはならなかった、ここまで私達は知らなかっただろう、一生引き摺って私達はただなんとなくで生きていくのだとそう思っていた。

意味もわからないまま大人になって濁った目を心に焼き付けたまま切りがない程の後悔に溺れるところだった……


『僕がね、僕が姉さんを追い詰めちゃったんだ……』


空っぽで隙間だらけの言葉で彼は言った。

ちゃんと会って話していればもっと早く会えていたら……と私の後悔のように言葉を挟む。

それは誰の事、貴方の事それとも彼女の事ゆっくりと止めていた足を進め今にも溶けてしまいそうな瞳を見つめ頬に手を添えた。

大人達に責められ責任を押し付けられ潰れる寸前までいった彼はきっと私と同じだったんだ、一番近くて一番遠い存在に置かれ知ることも許されなかった、無知な私と同じだった。

だから、迎えに来たんだ。

一人で抱えて彼女と同じ気持ちを知ろうとして晴れたあの日、あの時間、この場所に近くて人の多い昼間に行い彼女の事を知ろうとしたんだ。

それは彼女にとって宛付けのつもりなのすらもわからない、でも彼はそれでもわからなかったと私の髪を指に絡ませ遊ぶ、きっとどんなに知ろうとしてもそれは誰にもわからないただ一人彼女だけを除いて……


『朱音の事何一つわからなかった。』


今もわからない、彼は彼女の日記を私から奪い、どうせ恨み事で一杯だろうと口にする、ペラペラと頁を捲り私は後付けのように口を開いた。

何を今まで言われていたかわからないが彼だってずっと彼女の側にいたんだ、それを見てわからないとは言わないだろう。

彼もそれに驚くはずだ、だって、彼女は苦しいも悲しいも一言もそこに書いてない、ただの日常楽しかったこと彼女の幸せな気持ちしか書いていないのだから……本当に双子なら私よりも深くわかるだろう、そして彼は深く心を抉られるだろう。

何度も何度も頁を捲り直し彼は目を大きく開く、嘘だと小さく声を漏らせば、それは次第に大きくなっていく。


『驚いた?私も君と同じだよ。』

『嘘だ……嘘だ嘘だ……なんで……なんで』


包帯にまみれ緩くなった物が風に吹かれる、赤く染めた頬を涙で濡らし日記を強く握りしめ顔に押し付けていた、ぐしゃぐしゃになった日記にすがるように彼は嗚咽を溢す、結局意味なんてわかりやしない、後悔したって誰もわからない、所詮それは彼女の残した最後の忘れられない『日記』と言った私たちに刻まれた記憶なのだから……

どうして……となんで……と言ったってこれは意味のない、天気ように確信的な予測なんてできない、彼女だけの記憶なのだから……

いくら記憶を漁ろうと私達には何年たってもわからないままだろう。


『姉さん……姉さん……朱音お姉ちゃんっ!なんでだよ!』


いつも冷静で何を考えているかわからない不思議な彼が人の子のように悔しさを込め叫んだ、お姉ちゃんお姉ちゃんと幼い子のように喚き瞳から溢れ落ちる滴を私はただ手で拭うことしかできなかった。

彼の顔はまるで林檎のように赤く染まり、瞳からは沢山の雨粒が落ちる、自らの半身でもある姉が死んだのだ彼の気持ちはどんなものだろう、それは私には理解はできないでも、失った【悲しみ】は私でも胸が張り裂けてしまいそうなほどにわかる。


『もういいんだよ。

君はあの子の事を誰よりも知ってるでしょ?

信じられなくても、辛くてもそれが全ての理由なんだよ……』

『…』


彼は泣いた、何処までも遠く響くように声を風に乗せ泣き続けた、私も泣いてしまいそうだった。

崩れ落ちた彼の体に身を寄せ覆い被さるように気が済むまで彼の心臓の鼓動を聞いていた。

結局、何も私達は知らないで終わってしまったのだから……

日記の終わりに一番最後の裏表紙の厚紙部分にこう書かれていた。


【ごめんね、大好き】


これが本当に最後の言葉だった……


唐突に訪れた親友の死に私は振り回され彼も振り回されて彼女のやっていたゲームをただ延長でやっていただけに過ぎなかった。


後から聞いた話、何故夕方に彼が居たのか聞いた所二人の両親の仲の悪さの都合で会うことを許されなかったとだからこっそり昔から夕方に学校に集まっていたと言う。

それが噂になり男女と言うことから酷く学校にいずらそうにしていた姉を気遣い、学校に来なくなり会えない日も増えそれが原因なのではないかと彼は語る。

だから、死んだあの日から彼自身や無知な大人や周囲は強く責めここまで身を削ってしまったのだろう、だらりと体を私に預け二人して空を見上げた。

ふわりと風が彼の取れた包帯を飛ばした、これから二人してどうしようか。

彼は自傷をやめるだろうか、私はもっと変われるだろうか私達は互いに目を合わせては微笑んでため息をつく。

他愛ない、高校生の私たちと彼女だけのゲーム。

彼女の事はどうだったわからない、でも彼の事をよく理解できたような気がした、皮肉にも人の死で知れた真実などこれほどまでに悲惨な物語はないだろう。


何とも言えないこの気持ちを彼女はきっとどんな思いで見ているだろう、きっとあのあどけない顔で笑っているに違いない。





ーENDー




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林檎と雨と理由 雨音 @ameyuki15

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