子を失う母、嗤う義母

「ははぁ…。」

集会開始十分前。

エアーノは会議場に集まった神々の群れを見て、感嘆したかのような声を出した。

緊急での招集、しかも自由参加式だったのでそれほどの人数はいないだろうと高を括っていたのだが、読み違えだったようだ。

少なくともエアーノと顔見知りの神はほぼ全員居る。

もはや高すぎて何階あるのかも分からないこの会議場は、二階から上の真ん中が吹き抜けとなっている。円形の会議場には縁に沿うように所狭しと各神用の椅子とテーブルが置いてあり、彼らの傍にはその神々直属の眷属が一人控えている。

人間上がりも純正神も自分の席に座って【娯楽】が始まる時間を待っている。


こいつら悪趣味にも程があるな とひそかに思った。

まぁ、ここに来ている自分も同類ではあるのだが…。


「わんわん、歩いて。」

『ぅわぅん。』

あんまり行きたかないよう、という感じで鳴いた食肉目犬科イヌ属。

この犬はエアーノ直属の眷属である、弟子ではない。名前をわんわんと言う。いささか安直であるとは彼女も思っている。

彼のほかにもあと三匹いるが、今日はお留守番をしながらドックフードをかじっているはずだ。ちゃんと言いつけを守っているのなら、の話である。


「ぐずらないのよ!」

エアーノは叱咤した。

「これも仕事!」

『ぁぉん…。』

わんわんは気が進まないよ、と言う顔をしながらのろのろと歩き始めた。

良い子よいこ、後でジャーキーあげる とエアーノが褒めながら後をついていく。

エアーノの席は三階の右端あたりだ。入口は各階の真ん中にしかないので、端まで行くには神達の後ろを歩くしかない。

顔見知りの神ばかりなので、黙って通り過ぎるわけにもいかない。


挨拶地獄の始まりである。


お邪魔してます、こんにちは、お久しぶりです、どうもどうも…。

ありとあらゆる出会いの言葉を神達によって使い分けながら後ろ失礼します、と言いつつ移動する。

返答は、基本無い。精々傍についている眷属がこちらに向かって頭を下げるぐらいだ。する必要はほぼないと言っても差し支えない。

しかし・・・。挨拶無しで通り過ぎると嫌味を言われたり、今後私のこなした仕事の評価を正当に行ってくれない可能性もある。

なので、まぁ面倒だが、するしかない。声出すだけでいいので普通の仕事より楽…。

『ふん、人間上がりの癖に我ら上位神に気安く声を掛けるとは。常識知らずが。』

『野蛮な声を出さないで、耳が腐りそうよ!』

『出来損ないの義母の癖に…』


今しがた浮かんできた 神、辞めたいなぁ。という思いは心の隅っこで寝かせておいて、さっさと足を動かすことにする。無心になるのだ私よ!とエアーノは自分をも叱咤した。犬は速足になったエアーノの後をついて行きながら わぉん と鳴いた。


さて、色々気に食わないことはあったが無事自分の席に到着した。

自分は椅子に着席、わんわんは傍に寝そべる。準備は万端。

後は始まるのを待つだけだ。暫く目を瞑って瞑想でもしよう。3分しか出来なさそうだが…。

目を開けると、周りがざわざわと騒がしくなっていた。3分のつもりが20分も瞑想、もとい転寝していたらしい。

日々の疲れ故、致し方なし。そう自分を納得させ会議場の一階、今日は廃棄の場として使われる中心の舞台上に目を向けた。


そこには、エアーノの所に来る筈だった他の神の眷属がうつぶせに寝かされていた。隣には見世物の様になっている彼を生み出した神がいる。あまり顔を見せたくないのだろう、俯いている。

舞台上の後ろの方で紙に書かれた何事かを朗々と読み上げているのが今日の主催者である112番目の神だ。何の神かは忘れた。


今日は【眷属の廃棄会】これの為に皆呼び出された。

不定期に、不祥事を起こした眷属やただ単に使えない眷属達をを見せしめ的に殺す会である。日によっては生みの親の神の評価や、番付の順位が下がったりもする。

見せしめなので、眷属を罵倒するも良し、生みの神を罵倒するもよし。石を投げるのもまぁ良し。

神達にとっては、絶好のストレス解消日和と、まぁそう言う事だ。


読み上げが終わり、会議場に居る神達が一斉に舞台に向かって罵声を浴びせ掛ける。

神の面汚し だの 降格させろ だのそれはまぁ好き勝手に色々言われている。真ん中にいる神は肩を震わせつつ罵声に耐えていた。

眷属はうつぶせだったので、顔も表情も見えなかった。


程なくして処刑係の眷属(多分112番目直属の奴らだろう)4、5人が入場して来る。彼らの手にはメイスが握られている。

「わんわん、今日は撲殺みたいよ」

そんなこと教えないで、という目で見られたのでごめんと謝っておいた。

横たわる彼を取り囲み、メイスを振り上げる。112番の号令で出来損ないをぶち始めた。

最初は死に至らない場所…足や腕を折れない程度に打ち据える。

鈍い音と小さな悲鳴、泣き声が断続的に響く。神達はなおも彼らに罵声を浴びせ掛ける。

徐々に力を増しているようだった。どこかの骨の折れる音が聞こえてきた。悲鳴も天井まで突き抜けるほど大きくなっている(ここに天井があるのかどうかは定かではないが)

神達は出来損ないが悲鳴を上げるたびに大声を上げて喜んだ。


体を痙攣させる出来損ない。腕も足も粉砕されぐちゃぐちゃに、背には大きな青い痣とへこみ。もはや再起不能のありさまであるが、まだ息はあるらしい。ひゅーひゅーという息の音がここまで聞こえてくる。

ここで、112番目の眷属が俯いていたあの神にメイスを渡した。

なるほど、最期は生みの神に彼の頭を潰させるらしい。なかなかエンタメ性があるなとエアーノは感心した。


神がメイスを振り上げる。最後に何か2、3程彼に言葉を投げかけ、頭目掛け全力で鉄の塊を振り下ろした。


ぐちゃ、と言う音の後には派手に飛び散った血と脳漿と肉の塊。それと筋肉反射で動いている胴体だけがあった。

眷属が床の掃除をしている間に、112番目から生みの神に向かって降格が告げられた。会議場に居る神の殆どが順当だというような発言をしている。

他人の不幸は蜜の味、ここに居る神達にとってはなおさら甘く感じる。

他人が堕ちてくれれば、その分自分の番付が上がる。

残念ながら、今日降格されるあの神はエアーノよりも番付が低かったので、彼女には甘く感じられなかった様だ。


エアーノも自分の弟子になるかもしれなかった彼の最期をじっと見ていた。

今回の処刑はなかなか完成度が高かったように思う。娯楽性がまぁ高い。評価としては10点中8点である。

「貴方の死に様、いいストレス解消になったから…そうね、次は眷属になんかならないように願ってるあげましょう」

まぁ、貴方に次は無いんだけどね。 ぽつりとそう言い、暫く彼を追悼した。


集会も終わり、後は帰るだけである。わんわんに帰るよ、と声を掛けると まってました と言わんばかりに出口に向かって駆け出していく。

犬の後を追いながら、エアーノはあの眷属を生み出した神の事について考えた。

確か奴は私と同じ人間上がりで、割と情が深い奴だったように思う。

ならば、目の前で手塩にかけた眷属を殺されたのはさぞ心が痛むことだろう。私の所に引き渡す話が出た時、得体のしれぬ相手に「息子」は渡せぬと抗議してきた程には、可愛がっていたのだから。

可愛がっていた相手を苦しめ抜いて殺したのは、全てあの神の実力不足と判断の見誤りでなった事なので。奴を哀れむ気はないが。


「無能な上司を持つと大変よねぇ。」

眷属には、同情の念しかない。

私の元に来ればあんな死に方はせずに済んだ。なぜならエアーノは数時間前上司が言ったように… 出来損ないの義母 であったからだ。

不良品の眷属を回収し死ぬまで面倒を見る。それが彼女の役目の一つ。面倒を見ている間は廃棄は免れることが出来るのだ。私より年若い神はそのことを知らなかったらしい。必死で他の神に悟られぬよう隠し通そうとしていた。


あぁ、哀れ。知恵なきは罪。しかしお前が無学なおかげで私の負担が増えることは無くなった。

「全く有難いこったわよ」

口の端を上げながらぷりぷり尻尾と尻を振る愛犬を追いかける。

「ストレスは解消できた、不安材料は無くなり、犬はかわいい。」


あぁ、今日は良い日だ。

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神内部。 サササザキ @a1a1a1a1a

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