そして仕事は続く
空は曇り、何時雨が降ってもおかしくなさそうな暗さである。
目を刺す程明るい光は当然のごとく雲に遮られ、鳥は雨に濡れ凍えるのを嫌がった為巣に帰っていった。
何も邪魔する物が無い。今日は仕事日和である。
エアーノは珍しく朝早く・・・7時ごろに起きて仕事場へ行き、本日の業務に手を付けていた。(おそらく暗さのせいで時間を勘違いしたのだろう)
「もっと寝ておくんだった・・・。」
机に突っ伏して弱音を吐く彼女。まだ仕事を始めてから15分も経っていない。とんだ根性なしである。
「昨日も同じような仕事したのよ、書類整理。その前も書類整理、そしてその前も・・・」
成程、そういえば彼女は一週間連続で上司から押し付けられた書類整理の仕事に追われていた。15分で飽きるのも納得と言えば納得である。
「無いのよ。」
「自分の仕事をする時間がさぁ。」
ぼそぼそぼやき続ける。
生憎この空間に居るのはエアーノだけだったので、弟子の慰めの言葉や叱咤の言葉を聞くことは無かった。それは多分幸運な事だっただろう。
肯定的、非肯定的問わず今口を挟まれたら確実に手が出る自信がエアーノにはあったからだ。
今手を付けているこの仕事は建前上、
【エアーノが、尊敬できる上司の力になりたくて、善意で、自主的に、無償で手伝っている】という事になっている。
つまり、どれだけ終わらせても給料は出ない。
さらに、これをしても特に上司からの評価が上がる訳でも無い。
日常的にやっている事・・・例えば食事をとるだの、洗濯するだのをしても褒め称えられたり勲章を貰えるわけじゃないのと同じである。
ちなみに。先ほど言ってた通り、エアーノには自分のなすべき仕事をする時間がない。あと10日もせずに今月が終わるのだが、今月中の仕事はまだ3分の2以上手を付けられていなかった。
もし一つでも終わっていない仕事が残っていたら・・・自分の評価にばっちりと反映されるだろう。
ならば、上司の仕事をお断りして自分の仕事ができる時間を作ればいいじゃないか と思った人がいるかもしれないが。
残念ながら、神の世界はそこまで甘くない。
エアーノは人間から神になった者、人間上がりである。
純正の神・・・生まれながらにして神だった者は人間上がりを下に見ている。
彼女は他の人間上がりよりも多少優遇されている方なのだが、その理由の大部分は 純正神達にとって都合のいい存在だから だ。
都合のいい存在。それの中には勿論、自分の仕事を肩代わりしてくれるから というものも含まれる。
つまり。彼らの仕事を断るという事は彼女の待遇が今までより悪くなる可能性があるという事である。
自分の動きが制限されることも考えられる。それは何としても避けたかった。
「最悪だ。」
「此処より最悪な場所は他にない。」
「世界で一番劣悪な環境の中、私は仕事をしている。」
エアーノは改めて自分が人間上がりであることを呪った。あぁ、せめて純正の神に生まれたかった。もしくはもう少し、1000年ほど早く神になっていれば。年若い神でなければ。
「年取りたい。」
「・・・年取りたいわ。」
二度繰り返した所で、自分の年齢が変わることは無い。
彼女は如何にも もう将来に明るい展望は見られません といった顔をしながら書類整理を黙々と続けた。
場面は変わり、2時である。
昼休憩もすっ飛ばしてひたすら書類に食らいついていた為、何とか予定時間より2時間早めに終わらせることができた。
目を閉じだらっと硬い木の椅子に身を預け あ゛ぁ゛ー と息を吐きながら全身の力を抜く。
5分だけ休もう。その後、速やかに自分の仕事に取り掛り、今日も含め毎日8時間自分の仕事をすればギリ月末に終わるはず。これで行こう。
エアーノは少し先の未来の予定を立て、なるべく5分が遅く過ぎていきますようにと願いながら椅子に凭れていた。
そこに、ゴンゴンとノックの音が響く。ノックというより体当たりに近いような気もする。「何か用?」と声を掛けると扉が開いた。
アディだ。レバータイプのドアノブを肘で押して入ってくる。
どうやら何かで手が塞がってい・・・待て。何故あいつは白く縦に長い長方形の物体を持って・・・まさか。
『主、大変申し上げにくいのですが。
6番目様から追加のお仕事が届いておりますよ。』
「・・・あ゛ぁ゛、・・・。」
神よ、何故忠実な僕である私にこのような仕打ちを与えるのですか。
「殺せ。」
「私を帰依の間へ送れ。」
『主・・・。そんなことを言わないでください、私もお手伝いいたしますから。』
「あ゛ぁ゛・・・。」
最早弟子の優しさあふれる気遣いも一つたりとも心に響かない。
アディは部屋の端に置いてあった椅子を運び、主と向かい合うように座って書類の整理を始めた。
エアーノは生気のない目で分けられた書類にサインやら判子やらを押していく。
2時間後には自分の仕事、出来るといいな。そう思いながら淡々と上司の名が書いてある青緑の判を押すのだった。
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