二人の巫女



 振動するような音がする

(いつもの夢だ)

 槍を持った仮面の兵士達

 ブーン、と低い羽の音がする

(今まで捕らえられていた女王蜂の恨みか、それとも峰酒に変えられた蜂達か)

 兵士に捕らえられる

 喉が乾く

(飲みたい)

 あのドロドロとした血のような液体

 目の前に現れる髪の長い、黒衣の女

(代峰の巫女達)

 彼女は動けない俺に近づいてくる

 彼女の口から溢れる液体

 彼女の口が俺の口に当てられ、喉の奥に流し込まれる感触

 一瞬だけ癒される渇き

 それは次の瞬間にはより強い渇きに変わっていく

 目の前の女は急速に老化し、痩せて、やがて髑髏へと変わっていく

 視界に映る俺の手は皺が増え、肉が削れ、細くなっていく

 白く伸びた髪の毛が落ちだしていくのが見えた




 起きると背中と頭に汗をかいていた。

 喉が渇く。

 台所まで急いで行き、コップに水を注ぐ。

 急いで飲み干すと冷たい感覚が喉から胃に落ちていく。

 だが、渇きは収まらない。

 二杯、三杯と飲む。

 胃に水が溜まっていく感覚だけがする。

 喉はまだ渇いたままだった。

「ちくしょう・・・どうなってるんだよ、これ」

 あれからだいぶ経ったはずなのに、俺の体はおかしくなったままだった。

 峰酒が体の組織を一部破壊したのか、作り変えたのか、ともかく簡単には治らないものらしい。

(これが呪いか)

 あの赤黒い液体が飲みたくてたまらなかった。




「それじゃあ、全員の退院を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 四人の声が重なる。

 あの日から二ヶ月後。日曜日の午後に俺、優、代峰さん、ともちゃんの四人で、代峰さんのマンションに集まった。

 もっと早く集まろうとしたが、事件の後始末をしたり、体調の問題で全員で集まれる日がここまで伸びた。


 あの後、俺と優は大事を取って二日ほど入院があったがすぐに元気になった。この四人の中では俺達二人は最も事後処理が少なく二学期も普通に登校を始めれた。


 ともちゃんはあの後、すぐに入院し、体調自体は二週間程度で回復してきた。

 だが、精密検査や失踪していたときの処理もあり、大分時間を取られてようやっと今になって時間がとれたらしい。


 代峰さんも大変だったようだ。

 山火事の後始末もそうだし、両親に幾つかの容疑があって取り調べなどもあったらしい。その間、代峰さんが代わって家の処理をしたりもしたそうだ。

 夏休みが終わって少し経つが、ようやく片付いたらしく、やっと学校に登校し始めた。




「今にして思うと、助けにいったつもりが、いつの間にか俺が危ない目にあってたし、最後は炎上してエライ騒ぎになってたし。とにかく必死に動きまわった数日だったよ」

 俺は事件の感想を正直に言った。

「うん、確かに大変だったよね。泥まみれの蜂蜜まみれの蜂まみれの、煙まみれの・・・」

 確かにそうだった。帰るときの優のお気に入りの服は無残なほどに汚れ、傷がつき、ボロボロだった。

「そう言えば、志渡さんの服、ごめんなさいね・・・志度さんに合うとってもいい服を見繕うから」

 代峰さんは申し訳無さそうに謝る。

「ああ、そういう意味じゃないから。咲季と、お母さんが一応は助かって良かった」

 代峰さんのお母さんは今も入院中だが、少しづつ回復しているらしい。

 峰酒に蝕まれた体はそんなに簡単に回復するとは思えないが、それでも最悪の自体は回避した。


「うん、お母さんのことは、本当に良かった。夏休み前、ちょうどこの場所で星村君に占ってもらってよかった。あの時、声かけてなかったら・・・お母さんもあたしも死んでたと思う。志度さんにも助けてもらたし、二人とも、ありがとう、本当に」

「そう言われたら・・・まあ、大変だったけど、よかったな」

「うん」

 だが、俺達は手助けはしたが、最後は代峰さんが決めた運命だった。

 これで代峰家の巫女が短命ということは無くなるだろう。




 二時間ほど食べたり、話したりしていた。やがて、優が立ち上がる。

「あたしもう時間なっちゃった」

「あ、なんかあるの?」

「うん、今日は部活があるからね、また今度集まろう」

「キャプテンも大変だな」

「ん、そんなでもないけど。あ、そうだ、この四人でさ、今度どっか行こうよ。温泉とかさ」

「お、いいね」

「うん、良いわね」

「ぜひ行きましょう」

 松風も一鳴きした。

「お前も行きたいのか」

「犬を連れていける所を所調べないとね」




 優が玄関から出ようとしたとき、呼ばれた。

「何?」

「勇舞、あ、あのさ、今度さ、どっか行かない?」

「ああ、さっきの温泉の話?」

「いや、その・・・二人でさ」

 妙に優は小さな声になって言う。

 どういうことかは分からなかったが答えはすぐに出る。

「ああ、いいね。いこう」

 優と二人で動いて失敗したことなんて無いのだから。

「あ、本当?よかった・・・じゃあまたね!」




 部屋に戻ると、ともちゃんと代峰さんが楽しそうに話していた。

 この二人、事件後によく会ったりしているらしく、親しくなったようだ。

 元々血が近いこともあるし、巫女として共有したこともあるのだろう。


「勇舞、ちょっとこれ、飲んでみない?」

 ともちゃんが粉末のようなものを飲み物に溶かしていた。

「なにそれ?」

「今作成中の新しいサプリメント」

「あ、例の工場に復帰したの?」

「うん、今は栄養補助食品を研究しててさ」

 それはまだパッケージが作られていないらしく、何も印刷されていない個包装のビニール袋を渡された。

 袋を切ると飲みかけだったソーダに混ぜた。

「ねえ、なんか赤いんだけど」

「そうね。着色料使ってないから、原料の色がそのまま出ちゃってるね」

「ふーん」

 俺はグラスを傾けた。

 口に入れた瞬間に知っている匂いがした。

 飲み込んで少ししてから、不思議な安心感を感じ始めた。

 少しふわふわした感じがする。

 聴覚が鋭くなったかもしれない。

 二ヶ月前に感じた感覚だった。

 あの時よりも緩やかな変化ではあるが。


「ねえ・・・これって」

 二人は顔を見合わせて、にやりと笑った。

「勇舞、蜂の夢見てるじゃない?」

「峰酒を飲むとずっとあれに悩ませられるからね」

 その通りだった。

「ああ・・・そうだよ。今朝も見てきた。それに、喉が渇いて仕方ないんだ」

 二人は頷く。

「私も、知香さんも、お母さんもそうだよ」

「私達があれを見なくて済むようにしようと思ってね。咲季さんとお母さんにも協力してもらって峰酒の成分に近いサプリを作ってるの。もちろん有害な成分は除いて」

 それで最近二人よく会っていたのだろう。妙に仲がいいとも思った。

「でも、峰酒はもう作れなくなったんじゃないの?これどうやって作ったの?」

 ともちゃんが得意げな顔をする。

「元々研究もいいところまでいってたし、それに峰酒飲みながら一年も巫女やってたんだよ。その間何もしてないってことはないよ」

 そう言って自分の頭を指差す。大事なことは全部頭に入ってるってことか。

 そして、巫女の代理をしていた間、何の設備も無くても脳内だけで峰酒の研究をしていたのかもしれない。化学系の知識は豊富だし、峰酒の力を借りたともちゃんなら十分に可能だろう。

「これで、あの悪夢と渇きはなくなるの?」

「まだ研究を再開したばかりだから絶対じゃないけど、あれは多分、峰酒に含まれてたある成分が不足すると起こるの。だからサプリで補ってあげれば症状は改善されるはずだよ」

 横で代峰さんが満足げな顔で頷いている。

(あの時、私達が呪いをなんとかするって言ってたのはこのことか)

 あの時の代峰さんには見えていたのだろう。ともちゃんと二人ならなんとかできることを。若くから巫女を務める宿命の代峰家では現れなかった、好奇心旺盛で化学知識の豊富な巫女なら峰酒を解明できるということを。

「それでね、研究が進んだら、私達だけじゃなくて一般の人にも有効だと思うからきっといいサプリになると思うの」

 代峰さんがはずんだ声で言う。

「それは・・・すごいっていうか・・・恐ろしいっていうか」

 あの峰酒の力をもし副作用なしで取り出せるならとんでもないことのようにも思えた。

「まあ、当面は費用とかの関係で量産は無理だから、研究と称して私達用の物をほそぼそと作っていくくらいかな」

「え、これ高いの?」

「結構かかるよ。でも、これに関しては咲季さんのお父さんからいくらでも費用出るから。後で勇舞の所にも定期的に届けるようにするよ」

「うん。これだったらお父さんも協力してくれるって言ってたから」

(呪いを解こうとしていたのは巫女だけじゃなかったか)


 目の前の赤い液体は代々の代峰家が求めて続けていたものかもしれない。




「でも、これ、本当に大丈夫なの?元が峰酒の成分に近いんでしょ?飲み続けるとやばくない?」

「も、もちろん、大丈夫・・・」

 俺の言葉を聞くと、代峰さんはぎこちない返事をしながら視線を逸した。

「だ、大丈夫よ。成分も合法だし・・・依存性とか、中毒性とか、そういうのはないし・・・」

 歯切れの悪い返事は自信のない時のともちゃんの癖だった。

「おい、これ本当に大丈夫かよ」

 妙に似ているこの二人。冷静に考えれば、今回はこの二人が原因で巻き込まれた。

(今後も何かあるかも)

 不安を感じないでもない。

「でも・・・まあ、いいか」

 何かあってもこの二人と一緒ならなんとかなりそうな気もする。

 俺は赤い液体を飲み干した。

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夢占蜂呪 @Ophidian

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