第27話 お宝発見

 魔物発生装置が停止し、わたしたちはそのまま地下四階へと進む。あの巨大竜ギルガルがいた、広い空間が現れる。訪れた冒険者たちをギルガルが待ち構えていただけあって、上の階よりもさらに天井が高くちょっとしたコンサートでも開けそうなくらいだ。

 そして、この広間の奥。大きな扉が見える。

「あれが、お前がもらった鍵で開くんだろうな」

 勝道が扉を指差しながら言った。扉はわたしの身長177cmの、倍ほどの高さで、こんな薄暗い地下の奥には場違いな、実に分厚そうな木製の観音開きの造りになっていた。左右の扉に、立派な竜と女神のような女性の彫刻が施されていて、その周りを、どんな意味があるのか分からないが、幾何学模様が囲んでいる。立派な城の、門扉に使われてもおかしくないくらいだと思った。

 その扉の、取手のすぐ下に、鍵穴が空いていた。

「兄ちゃん、早く早く!」

 春風が、待ちきれない様子でわたしをせかす。わたしは、ギルガルの鍵を取り出して、鍵穴に差し込もうとして……、ふとした考えが頭の中をよぎり、

「まさかとは思うが、この扉向こう側に、『真のラスボス』的な何かがいて、わはは!よくぞここまでたどり着いたな!とかいう展開には、ならんだろうな……」

と、言った。ちまりの顔が、青ざめてひきつる。皆が思ったはずだ。ありえない話ではない……、と。

「勝道っちゃん、君にこの扉を開けさせてあげよう!ほら!」

「は?いやいやいや!これはお前がもらった物なんだから、お前が開けるのが筋だべした!」

「ちまり、お前、いけ。そして食われろ」

「はあ!?ふざけんなです!何で食われること前提なんですか!先輩が真のラスボスに食われたらいいんですよ!ばっちり撮影してあげます!」

「じゃ、やっぱ勝道っちゃん。張り切ってどうぞ!」

「いや、待て、よし、鶴岡、お前行け!」

「は!?じ、自分には荷が重いかと……、左沢!お前どうよ!」

「うわ、サイテー……!えっと、百目鬼陸曹お願いできますか?」

「なに!?いや、えーっと、あ、北岡陸曹長!ここは一番の年長者が……」

「んん!?んんんんん―――!いや、俺はあれだ。何か出て来ちゃったときの為に控えてっから、うん!」

「じゃあ、柳さん、行ってみよう!」

「のほぁ!?こっち来ますか!?いや、私はただ見学に来ただけなので、ちょっと……」

「じゃ、わたしが」

「はい?」

 春風が、わたしの手からひょいと鍵を取り上げると、さっと鍵穴にそれを差し込み、ささっと手首をひねる。鍵穴の奥から錠前が開く金属音がした。

「え――――――っっっ!!」

 皆の心の準備が整わないまま、鍵は開かれた。ごん!と、何かが動く音がして、扉の幾何学模様が光を数秒放って、そして消える。

「お?開いたのかな?」

「ははははは、はるちゃん、ちょちょちょ、ちょっと大胆過ぎですってば!」

「え?だって、開けなきゃ話が進まないじゃん」

「そそそそそ、それはそうですけどぉ……!!」

 うろたえる皆をよそに、春風は、扉の取っ手をぐっと力を入れて、引いた。自衛隊員が慌てて皆数歩下がって、小銃をがちゃがちゃしている。扉は、その大きさとは裏腹に、すうっとなめらかに開きだす。

「あれ?勝手に開いていくよ?」

 どういう仕掛けなのか、春風が取っ手から手を放しても、扉は開き続ける。もはや、もう一回閉めて仕切り直しとはいかない。

「おお、おおお、おお……?」

 ちまりが、ささっとわたしの背後に隠れた。

「あっ、お前!ずるいぞ!」

「わたしをギルガルの囮に使おうとしたお返しです!」

「兄ちゃん、見て!」

「ん?」

 春風に言われて、開いた扉のその向こう側に目を向ける。そこには、部屋があり、その中も照明用の魔法の石の光で淡く照らされている。天井の高さは4mはあるだろうか。奥行きは7~8メートルほどあり、その奥に、何かがある。どうやら、『真のラスボス』的なものはいないようだ。

「んん?」

 わたしは、部屋の奥まで歩みを進める。そこにあったのは台座に飾られるように置かれた二つの物。そして、台座の前には、ゲームなどでおなじみの形をした宝箱が一つ。

 さらに、その周りには、折れた剣や傷ついた兜、焼け焦げた盾などが散乱している。

春風がその落ちていた兜を拾い上げると、まじまじと見る。

「何でこんなに傷んだ兜とか、剣とかが落ちてるんだろ?」

「これって、あれじゃないですかね……。このダンジョンでギルガルに挑んで死んじゃった人の遺品とかじゃ……」

「ギルガルが、ここに戦利品として貯め込んでた?」

 春風の手にした兜には、頭頂部に割れ目が入り、その周りが黒ずんでいる。もしかすると、血の跡かも知れない。正直な話、こんな兜をかぶって立派な鎧を着込み、大きな武器を手にしたところで、あのギルガルに太刀打ちできるとは、到底思えない。どれほどの腕自慢たちが、ギルガルの前に敗れ去り、あえなく命を落としたのだろうか。裏を返せば、ギルガルが守っていたこの最後の部屋には、冒険者たちが命を懸けて挑むだけの価値があるものが隠されていた、ということか。

「こ……、これは……」

 ヴァンドルフが、落ちた剣と、折れた杖を前に膝をつき、声を震わせていた。

「ご友人の物ですか?」

 リリミアの問いに、ヴァンドルフは涙を目に溜めながら頷いた。

「間違いない……。この、剣に刻まれた紋章に杖の形……。我が友のもの……!」

 ヴァンドルフは、以前友人たちとともにこのダンジョンに立ち入り、そしてギルガルに挑み敗れた。その時友人二人があえなくギルガルの牙にかかり、食い殺されてしまったため、墓はあっても、中には何も収められていないと聞いた。

「これを、遺体の代わりにお墓に収めてあげればいいよ」

「ぐふぅ……!うぐう……」

 ヴァンドルフは、命を散らした友人二人を思って、ぼろぼろ涙をこぼし、泣き崩れた。ちまりがもらい泣きをしている。

 ヴァンドルフは、鍛え抜かれた大きな身体と、いかつい強面のために、中身も怖いというイメージを抱きがちだが、ここ何日かの付き合いで分かってきた。この屈強な戦士は外見とは裏腹に情に厚く、義理堅く、そして優しい心根の持ち主なのだ。

 アルドーラ伯爵はだからこそ、その腕もさることながら、何よりもその人柄を見込んで、わたしたち王女の客人の護衛役として推挙したのだ。

 あの伯爵。人を見る目は確かなようだ。


 涙にくれるヴァンドルフはしばらくそっとしておくことにして、わたしは目の前にある三つの『お宝』に目を向ける。

 杖と冠と、箱。

 箱は最後にするとして、まずは台座に飾られたもの。

「杖?で、こっちは、冠?」

 石の台座に置かれたものは、白い杖と、冠。杖の長さはわたしの身長よりもやや短いくらいだから、160cmくらいはあるだろうか。特に、宝石などは付いていない、質素な造り。

「触っても大丈夫かな?」

 恐る恐る手に取ってみる。木製ではないような気がする。かといって金属ではない。少しだが石のような質感を感じるが、石でできているにしては、手に伝わる重さはそれほどでもない。

 次に、冠を手にしてみる。こちらは、青い帽子部分に銀色の金属でできたアーチが掛けられている。

「これ、このふちを取り囲む輪っかの部分にくっ付いてる赤い宝石って……」

「さっきの台座の魔法の石にも似てますけど、綺麗にカットされてますよねえ……。もしかして……、ルビー?」

「ぼくは宝石とかには全く詳しくないが、もしもルビーだとしたら……、このでかさ……、ヤバくね?」

「ヤバいっすね……」

 もらい泣きのせいでちょっと目の赤いちまりが、ごきゅりと唾を飲む。

「あのギルガルが守っていた、このダンジョン一番のお宝ってことですよね?ですよね?てことは、何にせよ、すごいもんに違いないっすよ先輩!」

「待てお前、よだれが出てんぞ!」

「げへへへ、へ?いや、先輩だって!」

「兄ちゃん、かぶってみなよ。ちまりん、写真撮ろう」

 春風に言われるがまま、わたしは冠を頭に載せられ、杖を持たされた。もちろんこんなものを身に付けるのは初めての経験である。

「死ぬほど似合わないっすね」

 笑いながら撮影をするちまりや春風、さらにげらげら笑う勝道にむっとしながら、

「仕方ないだろ。ぼくは普通の日本人だぞ。しかも宝石には縁遠い庶民だ」

と、言い返した。さて、次は、宝箱の中身である。

「開けた途端、トラップ発動、ということにはならんだろうな」

 ゲームなどではよくあることである。やったー、アイテムゲットー!と思いきや、宝箱を開けた途端、モンスターが登場!落とし穴がぱか!天井崩落!毒ガス噴出!などなど、プレイヤーをへこませる罠が発動するのだ。再び誰が開けるかでもめにもめていると、やはり春風が前に出て、

「じれったいずねえ!開けちゃえばいいんだって!」

と、勢いよく箱を開け放った。実に男前な妹である。その男前が箱の中を確かめて、大きな声を上げた。

「おわあああ!!」

「やっぱ、罠か!?」

 皆が逃げるように箱から距離を取り、春風の様子を緊張した面持ちでうかがうと、春風がくるりと振り返り、わたしたちに手に載せた光るものを見せた。

「金!金でしょこれ!銀色のやつもあるし、宝石みたいなものもいっぱい!」

「何をう!?」

 春風が手にしていた物は、黄金色に光る、直径5cmほどの塊。箱を覗き込めば確かに同様の塊や、銀色の塊がざくざく入っている。宝石の原石のようなものもいくつか混じっていた。

 まぶしく光る文字通りのお宝を目にして、皆がただただ黙り込む。

 何をどうしていいのか、正しいリアクションが分からないのだ。庶民の出ではないはずのリリミアでさえ固まっているのだから、わたしたちのような庶民中の庶民の思考が停止しても、仕方ないだろう。

「……、ぶはあっ……!!はあっ!はあっ!はあああああ……、息すんの忘れてた!」

「どどどどど、ど――――するんですか、これ!!」

「だよなあ……?こんなの、普通は冒険のラストに見つけるもんだろ?ぼくら、まだ本来の旅に出かけてないんだぞ?どうすりゃいいんだ?」

「棚ぼたっていうんですかね?これ?」

「霞ヶ城さん、私、ちょっと興味がある高級メイドカフェがあるのですが?おごってくれません?」

 なに?そんな店が?いやいや、柳よそんな場合ではない。

 うろたえるわたしの肩を勝道が叩いた。

「お前、死ぬんじゃね?」

「何を言う!」

「だってお前、こんな幸運に恵まれたら、きっと反動で、次はものすごい不幸がやって来るべした。可哀そうに……」

「不吉なことを言うな!ただでさえ今、マジ、心臓ばくばくなんだぞ!」

 本来、冒険者たちならこの光輝くお宝を前にただただ無邪気に喜び、抱擁し、幸せをかみしめるのだろうし、それが正しい反応なのだろうが、わたしはただの日本の庶民である。一万円を超える買い物をするときにも、勇気がいるような庶民中の庶民である。こんな財宝を目にしても、胸の鼓動が異常に早くなるだけで、喜べない。いや、むしろ怖い。事実、足が震えている。

「兄ちゃん!」

「ひぃ!!」

 突然春風に呼ばれてさらにどきっとした。心臓が本当に止まるかと思うほどびっくりした。

「兄ちゃん!兄ちゃん!これ何かな!宝箱に入ってたよ」

 春風が、長方形の木の箱を手にしていた。わたしは、その箱を受け取って蓋を開けた。小さな木の箱の中には、紙が入っていた。

「……、手紙?」

 その紙には、かすれた文字が書かれていた。わたしには、ユウリが掛けてくれたデューワ王国で使われている言語を理解できるようになる、魔法が効いているはずなのに、よく分からない。その紙を、ユウリに見せる。

「ええっと……、昔に使われていた文字が混じっていますね、ちょっと待ってください」

 ユウリは、その紙をリリミアにも見せ、文字を確認してわたしたちに読み聞かせた。


「試練を乗り越え、鍵を受け取りし者へ――、

『ウルルの杖』と『導く者の冠』と、箱の中の全てを授ける。

手にした者よ、導け――」


 ぽかんとなった。

 口を開け、間抜けな顔をしながら、首を傾げる。隣りで、ちまりも同様に首を傾げている。

「ええっと、……、ユウリ、何を?」

「ですよねえ。導けって言われても、誰を?何を?分かんないっす」

「すみません、ボクにも分かりません」

「他に何かないかな?」

 春風が、宝箱の中をがさがさとあさりながら言う。もしかしたら、他にこの手紙に書かれた言葉のヒントになるものが、あるかも知れない。しかし、他に手紙のように文字が書かれたものは何も無かった。


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デューワ王国見聞録 ~ラノベ作家異世界を行く~ こやつともとも @koyatsu-tomotomo

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